第92話 アリスと白兎
俺はゲームコーナの外で、来場客に風船を配るきっしょいチェシャ猫を指差す。
「可愛く……?」
「そう」
俺はお客様の声と書かれたアンケート用紙の裏側に、サラサラっと彦根辺りにいそうなゆるキャラっぽい猫を描いて
「こんなのとか?」
命名チェシャにゃん。
自分のあまりの適当な絵に笑ってしまった。
ゆるやかなおにぎり型の輪郭に猫耳つけて、点の目と口にωを描いただけの落書き。
∧_∧
( ・ω・)<チェシャにゃん
AAみたいな絵を見て月はわなないている。
しまった流石に適当過ぎて怒らせてしまったか。
「こっ……これだわ……」
ガバっと目を見開いて、俺に熱い視線を向ける月。
「あたしも何かが足りないと思ってたの。それは可愛らしさだったのね」
「……え……ぇぇぇ……」
ま、マジか……。本気で誰もあのマスコットに突っ込む奴いなかったのか……。
「そうよね。言われてみれば、少し愛嬌が足りないかなって思ってたのよ」
少しじゃない。むしろ子供が見たらトラウマである。
「ちなみに、このマスコットのデザインってプロの方がしたの?」
「あたしがこんな感じでってマスコットの原案を描いて、デザインを起こしてもらったわ」
「ちょっと描いてみて」
月はサラサラっとマスコット原案を描いてみせると、そこにはおどろおどろしい血まみれの猫が描かれた。
「へった……」
「っさいわね、絵の才能はママのお腹に置いてきたから」
「でも凄い、キグルミのデザイナーさん完全にこの絵再現してるじゃん」
「おかしいのよね。ファンシーにしたつもりなんだけど」
「この血しぶきみたいなのはなに?」
「ファンシーっぽいエフェクト。マンガとかでよくあるキラキラ感あるでしょ?」
「この手に持ってる包丁みたいなのは?」
「傘」
「傘? なぜ傘?」
「いや、なんか持ってそうだし……」
それトト□と間違ってないか?
「ってか間違ってるならデザイナーさんが仕上げたやつ止めろよ!」
「いや、なんかこれはこれでありかなって……ちょっとゴシックパンク感あるし」
「ホラーパンクの間違いだろ。それ誰か止めなかったのか?」
「あたしがいいじゃないって言ったら、皆そうっすねって……引きつった笑み浮かべてた」
経営者の娘がデザインしてOK出しちゃったから、皆言いたくても言い出せなかったのか……。
縦社会のあかんところ出てるな。
「じゃあデザイン最初からやり直してもろて」
「ねぇ、お願いがあるんだけど」
「俺、絵描けないぞ」
「これと同じようなイラストでいいからさ、それを元にもう一回プロのデザイナーに依頼するから」
「まぁそれなら……」
俺は教科書に落書きする気分で、このアリスランドにいるマスコット全キャラを描き上げていった。
「うっま……」
「うまくねぇよ」
完全にノート端に落書きするのと同レベルである。
全てのイラストを見て「あんた画伯なの?」と言いたげに感動している月。
本当にこの子は頭が良いのか悪いのか……。
もしかしたら良すぎて、一周回っておかしなセンスになってしまっているのかもしれない。
「ちゃんとプロの人にデザイン直ししてもらった方がいいよ」
「それは勿論。あたしの知ってるデザイナーさん三石冥先生って言うんだけど」
やったよ静さん、結構デカイ仕事とってきたよ。
一通りのキャラクターを描き終えると、月はこちらを見やる。
「ねぇ、メインマスコットのアリスがいないんだけど?」
「んー、あぁそれなら」
俺は月のツインドリルを形成しているリボンをしゅるりと引き抜いて、髪をおろす。そしてパシャリとスマホのカメラで月を撮影した。
「はい、できた」
俺はその写真を見せると、月は目をパチクリとさせていた。
「どゆこと?」
「アリスはお客さんから無作為に選出したらいいんじゃない? 選ばれたお客さんにはアリスのコスチュームを貸し出す。引き受けてくれた人には割引サービスとか、グッズプレゼントするとかして、遊びながらマスコットやってもらう」
「あー……なるほど」
「日替わりアリス制度。小学生くらいの子だと思い出になるし、親は割引してもらえて嬉しい。園内に常時30人くらいいるようにしておけば、マスコットとして機能するだろ」
「なるほど……」
「記念すべきアリス第1号は君だ」
「嬉しいけど、いつもの格好じゃちょっとね」
月は自分の私服を見て苦笑いすると、ピンポンパンポーン♪と園内放送がかかった。
『来場中のお客様にお知らせします。水咲月様、水咲月様、お渡ししたいものがありますので、至急東ゲートサービス案内窓口までおこし下さい』
「なんだ?」
「さぁ? ちょっと行ってくるわね」
数分後――
頬を赤くして、握りこぶしをつくった月が帰ってきた。
なぜかスカート丈の短い水色のエプロンドレスに、白ニーソのアリスコスプレ姿に変身して。
「お帰り」
「ただいま……。行ってみたらスタッフにこれに着替えさせられた」
「完全に盗聴されてるな」
「い、いいわアリス1号としてマスコットやるから」
恥ずかしさを隠すように、フンとゴールドのツインテを弾く月。
「どうでもいいけどスカート丈短くない?」
「これしかないんだって」
「ミニスカメイドに見えるな」
「アリスになってもらうなら小学生くらいを対象にしたいわね」
ちょっとこのアリスはスタイルが良すぎる。
特に胸の辺りがぱっつんぱっつんである。
「でも似合ってると思うぞ」
「ありがと、お世辞とわかってるけどあなたから言われると嬉しいわ」
本気なんだがな。
「そうだスタッフからこれ渡されたんだけど、これはあんたがつけなさいよ」
月から手渡されたのは懐中時計とウサミミバンド。
「何このドンキで売ってそうな安物感あふれる品」
「ホワイトラビットのコスプレよ」
ウサミミバンドだけでコスプレとは片腹痛い。
「なんでホワイトラビット?」
「アリスを不思議の国に連れて行くのが白兎だからでしょ」
「あーなるほど。カップルだといいかもしれないな」
彼女はアリスコス、彼氏はホワイトラビットと。
俺はウサミミバンドを頭につけ、懐中時計を首からぶら下げる。
すると月は腹を押さえてゲラゲラと笑い出した。
「やめてよ、そのウサミミの破壊力クククク」
「笑いすぎやろ。ウサミミつけただけやぞ」
「これから語尾”ぴょん”にしてね」
「ウサギキャラなめてんのかぴょん」
「ごめんやっぱやめて……ツボに入った」
ヒックヒックと引き笑いする
「笑いすぎだろ。腹減ったし、どっか入ろうぴょん」
「ごめんごめん。じゃ、あたしの手引いていってねオタウサギさん」
「白兎だぴょん」
きっちりと訂正し、俺は差し出された月の手を掴む。
再び指を絡めたカップル繋ぎで昼食がとれる場所を探す。
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