第91話 マスコットは遊園地の看板ぞ?
朝のうちから出発して、アリスランドに到着したのは11時過ぎだった。
車内でパンフレットを見ながら、あれ乗りたいこれ乗りたいと盛り上がる月。それに反比例するように盛り下がっていく山野井と
そんな空気の悪いリムジンを降りて、メルヘンチックなアリスランドの入場ゲートを四人でくぐる。
園内は休日なので多少なりとも混雑しているだろうと思っていたが、全然そんなことはなかった。
むしろこの客の入りで、よくやってられるなと言いたくなるくらい閑散としている。
「これが閑古鳥鳴くという奴か……」
ジェットコースターや急流滑り、観覧車等、テーマパークにありそうなものは一通り揃えていると思う。しかし前に月が言っていた通り、普通の遊園地ならわざわざこんな僻地にまで来ないってことだろうか。
「テーマパーク運営も厳しいんだな」
そう呟くと、目の前に血まみれ(?)に見える不気味な猫の着ぐるみを着た係員が現れた。
「アリスランドへようこそねん。僕はチェシャ猫ねん。風船あげるねん」
俺は凄まじいダミ声のマスコットキャラから、ヘリウムで膨らんだ風船を貰う。
「夢の世界を楽しんでいってほしいねん」
「…………」
俺は某貧乏神みたいな喋り方をする、パンチのきいたキグルミ猫を見送る。
アリスランドはその名の通り童話をモチーフとしている為、不思議の国のアリスにちなんだマスコットが園内を闊歩している。
しかしながらどのキャラクターも劇画チックというか、もっとデフォルメすればいいのに、ひたすらに濃ゆい……直接的に言うとキモいキャラクターばかりだ。
例えば
さっき俺に風船を手渡した自称チェシャ猫も、風船を持つ反対側の手に血(?)のついた包丁を持っていた。
遠目で見たら可愛いなと思うかもしれないが、近くで見ると悲鳴を上げそうになるくらい不気味で怖い、そんなキャラクターのオンパレードだった。
「夢は夢でも完全に悪夢側だろ」
まるでサイレントなヒルの世界に来た気分だ。
「これじゃ客入り悪そうだな」
「そうね、集客の方はうまくいってないけど、次のイベントで巻き返しをするつもりなの」
「ほぉイベントとは?」
「マスコット総出演のドリームナイトパレードよ」
「絶対やめろ。客がトラウマになるぞ」
この気持ち悪いマスコットでナイトパレードとか、
単純にキャラクターをもっと可愛くすればいいのに、何かダメな理由でもあるのだろうか?
もしかしたら権利問題とかでデザインを変更出来ないとか、深い理由があるのかもしれない。
俺たちは気を取り直して園内を見渡す。
「そんじゃ最初どこ行く? なんか乗りたいものあるって言ってなかったか?」
「そうね、フリーフォールスターっていう凄いジェットコースターがあるの。アレアレ」
月は遠くにそびえ立つ、巨大なタワーを指差す。
「ほう。あの東京タワーみたいな奴か」
「300メートルの高さから垂直落下して、その勢いのまま螺旋コースターにレールが切り替わるの。瞬間最大速度は300キロを超えて、世界最速よ」
「それ大丈夫? 東京タワーから垂直落下して、生身でF1と同レベルの速さを体験するってことだよね?」
「楽しみね、早く行きましょ」
「嫌だ! 行きたくない!」
そんなのに乗ったら体がバラバラになってしまう。
「早く早く、男でしょ行くわよ!」
「男関係ねぇよ! 嫌だぁ!!」
嬉しそうな月は嫌がる俺の腕を組むと、無理やり拷問マシンの元へと連れて行く。
しかしながらジェットコースター前につくと、大きな張り紙がしてあり『利用者が気絶する事故が起きた為、現在運転を見合わせ中』と書かれていた。
いろんな意味で残念な遊園地だ。
◇
それからミラーハウスや、大型空中ブランゴなどのアトラクションを回り、現在は次に乗るアトラクションを探していた。
ブーム過ぎた感のあるタピオカミルクティー片手に、園内を回っていく。
こんなにデートっぽいデートは初めてなんじゃないだろうかと思いつつ、背後から負のオーラを感じ取って振り返った。
そこにはしかめっ面をした山野井と、ゆっくりと彼の三歩後をついて行く綺羅星の姿があった。
綺羅星はただただ俯いているだけで、遊園地の景色なんて一切その目に入っていないようだった。
どうやら二人は別行動するつもりはないらしく、俺達の後ろをついて回ってくる。
「綺羅星は良いとして、山野井の奴なんであんな怒ってんだ?」
普通に一緒に遊んでるだけのはずだが。
奴の視線の先を探ると、俺の手が月の手と繋がっていることに気づく。
「原因はこれか」
顔超怖いし離そうかなと思ったが、月はそのまま指を絡めカップル繋ぎにしてきた。
「今逃げようとしたでしょ?」
「してない」
「逃がさないわよ」
「後ろに今日は俺と月とのデートのはずなのに、ってハンカチ噛んでるお兄さんがいるんだよ」
「なにそれストーカーじゃないの? あたし今彼氏とデートしてるのよ」
山野井の心境をバッサリと切って捨てる月。
「そんなの気にしてないで、次あれ行きましょう」
彼女が指差したのは、やたら傾斜の高い急流すべり。
なんだあれ、学校の校舎くらいでかくないか……。
「君はほんとに絶叫系が好きだな」
「叫んだら負けね」
「負けたらどうなるんだ?」
「あたしから一生ヘタレって呼ばれる」
俺のリスクでかすぎでは?
「そっちが負けたら?」
「あたしが叫ぶ時はあんたに抱きついてあげる。カップルっぽいでしょ?」
俺の目線が、ブラウスをパンパンに引っ張る月のふくよかな胸に吸い込まれ、抱きつかれた姿を妄想する。
「……しょうがない一回だけだぞ」
「鼻の下伸びてるわよ」
「しょうがないだろ、君は可愛いんだから」
月は一瞬キョトンとした目をすると視線をそらした。
「…………カウンターは卑怯よ」
ウォータースライダーに乗って、ちびりそうになるのを我慢している写真を撮られたりと、インスタバエも意識したデートとなっております。
「凄いじゃん、絶叫マシンに乗っても全然表情かわらないわね」
「ビビって固まってるだけだ」
「アッハッハッハ、なっさけな~。SNS載せていい?」
「絶対やめろやめて下さい」
水飛沫を浴びて、黒のブラジャー透けてんだよなとは言えない。
月は年相応の少女のように、キャッキャはしゃぎながら遊園地を楽しむ。
ところどころに水咲のボディーガードと思われる黒スーツ黒サングラスのいかつい
「ねっ、次あれ一緒にやらない?」
月はテーマパークに何故か必ずあるゲームコーナーで、銃型のコントローラーを握りしめていた。
「おっ、バイオショックオブザデッドか。俺にガンシューティングで挑むとは。俺ガンシューティングは得意なんだよ」
「のび太みたい」
俺の胸に見えない銃弾が撃ち込まれる。
なんでや劇場版のび太はかっこいいだろ……。
「先死んだ方、昼おごりね」
「良かろう、吠え面かくなよ」
彼女のゲームの腕は、この前やった世界のアソビで知っている。負ける道理はない。
二人でコインを投入しゲームを開始すると、ゾンビの群れが画面いっぱいに押し寄せ、それを二人でバンバンと撃ち倒していった。
結局俺は1回コンティニューしてしまったが、月はノーコンティニューでラスボスまで倒してしまった。
「昼ご飯ゴチ~♪」
「ぐぐぐ、なぜだ。前はあんなクソ雑魚だったのに」
「あたし、水咲で出る新型ゲーム筐体は全部クリアするまで試遊してるから、ボスのパターンとか知ってるの」
「きたないぞ、ゲーム屋の娘め!」
「作戦勝ちよ」
フフンとドヤ顔する月。
しまったな、水咲の遊園地なんだから、水咲のものばっかりに決まってるじゃないか。アウェイで勝負を挑んでしまったか。
「そういえば雷火ちゃんがアリスランドは伊達と共同運営って聞いたけど、伊達はどこを担当してるの?」
「伊達はアトラクションじゃなくて、運営保守の方に回ってるわ。会場の警備や人材の雇用、施設の保守点検を行ってるの」
「なるほど、じゃあここにある施設って全部水咲が作ったものなのか?」
「そうよ。あたしも結構関わってるのよ」
月は誇らしげに胸を張る。水咲が作った遊びの塊だもんな、そりゃ誇らしくもなるな。
遊園地なんて娯楽だけで構成された施設を作るって、オタクにとっては夢のある話だ。
「それだけに、この閑散とした状況なんとかしたいんだけどね……」
確かにアトラクションは面白いものが多い。
ひと工夫ふた工夫されて、お客さんを楽しませようとしている心意気は感じられる。終わった後も、もう一回遊んでみたくなるものばかりだ。
それだけにこの集客での大苦戦は、水咲にとって大きな悩みだろう。
俺も素人目線ながら改善できるところを言ってあげたい。
「……あの、多分もう誰か言ってるかもしれないことだけど、マスコットもうちょっと可愛くしたら?」
「えっ?」
口を半開きにした月は「なにその斬新な案……」みたいな顔で俺を見てくる。
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