第161話 玲愛と首輪Ⅱ

「イベントって今日は開会式とバレーしかしないんですよね? それならたっぷり遊べますね」


 雷火ちゃんは俺の腕に自分の腕を絡めてくるのだが、水着越しの感触はいつもと違い、すべすべしていて恥ずかしくなる。


「う、うん、遊びたいんだけどね」


 しかしながら本日は別の目的がありまして……。と思いつつ、このまますっぽかしてやろうかと考えていたのだが。


「すまん、今日はあまり体調が優れないから休む。皆で遊んでくるといい」


 玲愛さんの気だるげな声が続いたので、一同はしょうがないねと諦めてくれた。

 俺としては剣心さんの依頼である、お見合いセッティングを行えるので、都合が良いといえば良いのだが……。玲愛さんの調子が悪いならやめておいた方がいいんじゃないだろうか。

 皆が楽し気に水の中に入っていくのを見送ってから、俺たちは踵を返す。


「玲愛さん具合悪いんですか?」

「あれは嘘だ」

「えっ? なぜそんな嘘を?」

「…………」


 俺が質問しても答えてはくれず、しっかりとした足取りで海の家を模した休憩スペースへと向かっていく。



 俺と玲愛さんは休憩スペースで、かき氷をかじりながらぼんやりとしていた。

 まぁぼんやりとしているのは俺だけで、玲愛さんはどこから取り出したのかノートパソコンをカチャカチャとタイプしてらっしゃる。

 やり残した仕事でもあるのだろうかと光る無線LANカードを見ながら思うが、終始無言なのが気になる。

 玲愛さんって無口キャラに見えるが、意外と口数は多く日常会話程度の雑談は挟むはずなのだが……。


「な、なんか暑いですね。ちょっと空調ききすぎかな?」

「…………」

「この前来たときは人が少なかったんですけど、お客さん増えて良かったな~」

「…………」

「皆も楽しそうで良かった。はは……」

「…………」


 く、くるしい。こんな調子で、昨日から無駄な会話をほとんどしてくれず、自分の空回り感が凄い。

 俺は玲愛さんと無言の空間でも大丈夫な人だと思っていたが、考えを改めなければならないかもしれない。


「あの、お仕事忙しいんですか?」

「これは私用だ、お前には関係ない」


 意を決して聞いてみたが、すぐに話を打ち切られる。最近ラブコメ的な展開が多かったのだが、玲愛さんの本質は恐らくこっちなのだろう。

 氷の彫刻みたいな顔でノートパソコンを眺める玲愛さん。つい気になって横目で覗くと、画面にはいつぞやに見た婚約者候補のリストがデータ化されて画面に映し出されていた。

 あぁ、見るんじゃなかった……。

 どうやら玲愛さんは婚約者のデータをチェックされている。


「結婚……されるんですか?」


 聞くつもりなんてなかったのに、つい声が出てしまった。

 玲愛さんの切れ長の瞳がチラリとこちらを向く。


「盗み見はやめろ」


 違うな、玲愛さんのいつもの理論なら「見えるところでやる方が悪い」と言う。


「すみません、つい気になって」

「お前には関係ない」


 またこれである。今まで仲良かった玲愛さんは一体なんだったんだ? と思ってしまうくらい刺々しく愛がない。


「私も近いうちに身を固める、その為の準備だ」

「そう……ですか……」


 玲愛さんは一瞬だけこちらを見たが、すぐに視線をディスプレイに戻した。

 今まで結婚するとか、そんなこと全く言ってなかったのにな……。

 俺がなぜかダメージを受けていると、スマホが震える。


『青山です、10時に玲愛君と会談予定なのですが、今どちらにいらっしゃいますか?』


 第一の見合い相手からのメールだった。

 俺は『スポーツドームのビーチにいます』とだけ返す。


 時刻は午前10時丁度、時間通り候補者の男性が目の前に現れた。

 オールバックの髪型に太い黒縁メガネをかけており、服装はビーチでは違和感のあるスーツ姿。

 年の頃は30半ばぐらいだろうか? 頭の良い教師のような雰囲気がある。


「やっ久しぶりだね、玲愛君」

「青山さん? お久しぶりです」


 玲愛さんは驚きながら立ち上がって、第一の刺客と握手する。

 青山さんのまるで本当に偶然出会ったかのような挨拶に、俺は大人のうすら寒いものを感じた。


「どうしてここに?」

「いやぁ、今日は偶然オフの日でね。そんな時に伊達さんがイベントをやると言っていたのを思い出してね。君に会えるんじゃないかと思って、つい年甲斐もなく参加してしまったんだよ」


 この嘘は会う前に考えたのだろうか? アドリブで出たなら凄いと思う。

 なぜ俺はこんな冷ややかな気持ちになっているのか。

 別に大人なら嘘の一つや二つつくだろう。別段誰かを傷つけるわけでもない処世術レベルの嘘に、何を腹立てているのか。


「本当に久しぶりだ、3年ぶりかな?」

「私が大学入ってすぐなんで、3年であってます」

「そうかい、随分と見違えたよ。男子学生は何年経ってもガキのままだけど、女性はあっという間に大人になるね。とても美人になったよ」


 ストレートに玲愛さんを褒める青山さんに、俺の方が恥ずかしくなってしまった。

 これが大人の口説きというやつなのか。子供のむずがゆいやりとりが一切ないんだな。


「私なんてまだまだです、それより移転された大学の方はどうですか?」

「ダメだね、君のような優秀な人材が少ないよ。教鞭のふるいがいがない。やっぱり君は10年に一人、いや100年に一人の人材だった」

「ありがとうございます」

「正直あの時君ともっと懇意にしておくべきだったと後悔している。僕と話のあう女性なんて君ぐらいしかいないだろう」

「買いかぶりです」

「そんなことはない。君は間違いなく天才だ。僕と同じく選ばれし上級国民というやつだよ」


 俺上級国民に良いイメージないんだよなと思いつつ、それからも次から次へと褒める言葉が出てくる。

 玲愛さんがノートパソコンにちらりと視線を移し、カチカチと何かを操作する。俺も横目で盗み見ると、青山さんのプロフィールデータが表示されていた。

 青山繁、東秋喜多山大学准教授、37才とだけ見えた。

 それ以外にも学歴や受賞歴のようなものが書かれていたが、字が小さくて読めない。唯一所感のところに、選民思想有りとだけ見えた。


「その、そちらの子は君の従兄弟か、身内かな?」


 青山さんが首を捻りながら俺の方に視線を移す。

 その顔は俺がセッティングしている三石悠介だとわかってはいるが、何故まだ居座っているんだ、早く二人きりにしろと言いたげだった。


「申し訳ございません。こちらは伊達の分家の人間で、三石悠介と言います。遊んでいたところ事故で、このように手錠がはまってとれなくなってしまいまして」


 玲愛さんは片手を上げて手錠を見せる。


「この事故を起こしたのは私ですので、責めるのでしたら私を」

「いやいやとんでもない! それは大変だね。えっ、じゃあ四六時中ずっと一緒にいるのかい?」

「はい、今週の頭くらいから。もう少しで外れる予定ですので、お互いそれまでの辛抱です」

「そうか……」


 何でそんな敵を見るような目で俺を見る。青山さんの目が明らかに「このクソガキ……」と言いたげだ。


「そうか、じゃあ仕方ないな。君も災難だね、年下とはいえ下級国……男子とずっと一緒にいるのは辛いだろう」

「人間慣れますので」

「そうだ私の知り合いに電子工学分野で良い教授を知っている。そういう電子機器を解体するのもお手の物だから、頼んでみてもいいんだが」

「いえ、ありがとうございます。お気持ちだけ受け取っておきます。後2、3日もすれば外れるものなので、このようなことでお手をわずらわせるわけにはいきません」

「いや、玲愛君の為なら瑣末なことだよ。何かあったら遠慮なく頼ってほしい」


 さいでっか、なら急に様子が変わった玲愛さんの心理分析とか頼んでもいいですかね。

 くだらないことを考えながらも、俺に出来ることは何もないので、ただ後頭部をカリカリとかく。


「そうだ自家用船舶の免許をとったんだ。今度一緒にどうだろうか? 3億程度の安物だが、乗り心地は悪くないと思うよ」

「ありがとうございます。検討しておきます」


 玲愛さんは相変わらず感情の読み取れない無表情のまま、青山さんの自慢話に相槌をうっていく。

 金持ち玲愛さんに3億の船が~とか言って、効果あるのか? ってかわざわざ買値言う必要ある? と思いつつも、これが上級国民の上級トークなのかもしれない。俺一生下級でいいわと思わせてくれる。

 あまり玲愛さんの好みの男性ではないと思うので、いつもならばサクッと切り上げているのだろうが、今回はしっかりと話を聞いている。

 やっぱり真剣に結婚を考えているからかもしれない。


 そんな話をしていると、あっという間に予定時間の30分が過ぎて、第2の見合い相手が海の家付近に顔を出した。

 タイムキーパーもセッティングのうちなのだろう、俺は青山さんに向かって終わってくださいと目で合図するが、わかっていて無視しているのか、一向にトークが終わる気配がない。

 それどころか次の話題に入り始めたので困ってしまう。

 こっそりとメールで『次の方がいらしているので、会話を打ち切って下さい』とお願いするが、青山さんは俺の言うことなんか聞く気がないらしく、結局一時間程話をしてから席をあけた。

 話を終わらせたというか、段々玲愛さんが飽きてきて話の食いつきが悪くなったので撤退したという感じだった。


 見事に一人目から予定が狂って頭が痛くなる。

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