第162話 玲愛と首輪Ⅲ
席が空くと同時に、2人目の石田さんが席に着く。
次の候補者は茶髪でピアスをつけた軽い感じの男性だった。服装もどこで買ったんだと言いたくなる紫のスーツで、見た目からしてやばい感じしかしない。
「よっ、玲愛ちゃん久しぶり」
「石田先輩お久しぶりです。先輩もこのイベントに?」
「そうそう、いやー他の女の子と一緒に来る予定だったんだけどさー、急にドタキャンにあってさー。でも玲愛ちゃんに会えたから、ドタキャンとかどうでもよくなったわー、むしろキャンセルしてくれてサンキュって感じぃ?」
ば、バカっぽい……。この人も時間守ってくれなさそう。
玲愛さんが、またカチカチとノートパソコンを操作すると、石田さんのプロフィールが表示される。
そこには某スマホゲームを運営している会社名と、役職に代表取締役と表記されていた。
うわ、嘘だろ、この人俺のやってるソシャゲのPじゃん。
二件目の見合いは、玲愛さんのいつもの無表情で終了した。石田さんは軽い見た目とは裏腹に、トークは見事なプレゼンを聞いているようで、自身の売りとなるところをきっちりPRしているように見えた。
時間通り30分で切り上げてくれたのは助かったけど、まだ30分押してる。
第3の見合い相手を席に呼んでいいかタイミングを伺っていると、玲愛さんがノーパソをカチャカチャといじりながら不機嫌そうに指示を出す。
「悠、一旦止めろ。今会った2人のデータを更新したい。お前がコントローラーをやってるんだろ?」
バレてーら。
「すみません」
「謝罪なんて必要ない。最初の青山さんで気づいた。あの人が会えるかもなんて不確かな理由で、こんなイベントに参加するわけがない。それに30分が持ち時間なんだろ? 30分過ぎてから、お前の挙動がおかしすぎる」
全部見透かされてーら。
「とりあえず、お前が私にさっさと結婚してほしいと思ってることはわかった」
はは、むっちゃ怒ってらっしゃる。安請け合いなんかするんじゃなかった。
「違うんです」
「うるさい黙れ」
弁解は許されず。
白く細長い指は、カチャカチャターンと怒りをタイピングに載せているかのような荒々しい音を響かせた。
「あそこで待ってるの都筑さんだろ? 5分時間を貰え。昼まで後何人入ってるんだ?」
苛立ちを全開にした、一番最初の玲愛さんを見ているようで俺は萎縮してしまう。
「黙るな、やることをやれ!」
玲愛さんの怒声にちょっと泣きそうになりながらも、俺は控えている都筑さんに5分待って下さいとジェスチャーする。
どうやら伝わったようなので、今度はスマホを開いて剣心さんからのメールを確認する。
「えっと、人数の方は……」
俺がしどろもどろになっていると、玲愛さんは怒りをこめて
「もういい、それを貸せ。どうせ父さんのメールだろ」
黒幕もあっさりバレ、俺はスマホを玲愛さんに手渡す。
「チッ、結構タイトだな。午前で回らなかったらイベント後に回せって、子供にそんな機転きくわけないだろうが……」
この玲愛さんが指す子供とは俺の事だろう。開き直るつもりはないが、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「30分のずれなら、昼食を取りながら話をすればいいだけだな」
玲愛さんはパソコンのメーラーソフトを起動させると、順番待ちの男性に次々に時間変更と現在の場所を通知していく。あと、偶然を装ってこなくていいぞとも。
「あの、俺はどうすれば……」
「目立たないようにゲームでもしてろ」
はい、そうですかとゲームするわけにもいかず、俺はただじっと座って待つことしかできなくて、胃が痛くなる時間を過ごす。
俺は更に玲愛さんとの関係が悪化したと痛感することになった。
午前中の会談は、玲愛さんのテキパキとした時間コントロールでイベント開始15分前に全て終了した。
今は売店で注文したカレーを片手に、ノートパソコンに高速でデータを入れてらっしゃる。
剣心さんに頼まれたお見合いセッティングがバレて、居心地の悪い空気が終始続く。
しかしながら会談中はそんな機嫌の悪さを微塵も感じさせず、どんな人でも
俺は視線を合わせるのが怖くて俯くと、手錠に赤いランプが灯っていることに気づいた。朝はこんなランプは点いていなかったはずだが。
「あの……」
「何だ」
不機嫌オーラ全開の玲愛さんに話しかけるのは、それだけで胃がすり切れそうだ。
「手錠、光ってます」
玲愛さんは興味なさげに手錠の方に視線を投げる。
「電池でも切れかかってるんだろ」
「早いですね……」
予定ではまだ2日くらいは持つと言っていた気がするが。
話している時間も惜しいのか、玲愛さんは画面に視線を戻す。
「あの…………」
「………………」
「あの、すみません……」
「………………」
集中して聞こえていないのか、それとも意図的に無視されているのか。後者だと辛いな……。
「すみません」
「なんだ」
またしょーもないこと言うつもりじゃないだろうなと言った具合に、怒りのオーラをまといながら俺を睨む。
「そろそろ、お時間です……」
俺はスマホを取り出し、時刻が12時57分であることを見せる。
玲愛さんは不快げに溜め息を吐くと、ノートパソコンをパタンとしめ、近くにあったコインロッカーにパソコンを投げ込んで、イベントの集合地点に向かった。
ビーチには既に参加者とおぼしき人だかりが形成されており、200人以上の水着姿の男女が揃っていた。
「あっ悠介さん!」
突然名前を呼ばれ振り返ると、雷火ちゃんと火恋先輩、綺羅星と天が水滴をしたたらせながらやってきた。
「あっ、皆ずっとここにいたの?」
「そうっす。聞いてよダーリン、雷ちゃん一人だけ波に流されてどっかいっちゃうんすよ」
ケタケタ笑う綺羅星に、雷火ちゃんは「ちょ、ちょっと波が高かっただけです」と苦しい弁明をする。
「もしかして雷火ちゃんってカナヅチ?」
「もしかしなくてもカナヅチです。別に泳げなくても水の中で暮らさないんで生きていけます」
腕組みしてツーンっと唇を尖らせる雷火ちゃん。
「流された雷ちゃんを、マーメイドのようなあーしが颯爽と助けたんすよ」
「綺羅星泳ぎ得意だったんだ」
「ルール覚えなきゃいけないスポーツは嫌いっすけど、ただ泳ぐだけなら得意」
確かに綺羅星は見た目からして運動神経良さそう。
「まぁ俺も泳ぎ得意じゃないから、雷火ちゃんと一緒だね」
「えっ、悠介さんも泳げないんですか?」
仲間見つけたと、パッと表情が明るくなる雷火ちゃん。
「浮いて前に進むくらいなら、なんとかってレベルだね」
「わたし浮かぶけど前に進まないんですよね……」
陰鬱そうに俯く雷火ちゃん。彼女が頭を下げた時に、プランと青のポイントカードが目に入った。
よく見ると皆赤と青のポイントカードを持っていることに気づく。
「あれ、もしかして皆イベントに参加するの?」
天の持っているポイントカードを指差すと四人とも頷いた。
「当日参加も大丈夫だって月が言ってたから、全員参加することにしたんだよ。君の義姉さんたちも今参加申請に行ってるんだ」
だから今いないのか。
「7人の強力なライバルが出来たってことだね。ペアは伊達姉妹と水咲姉妹で分かれるんだよね?」
「はい、あーしと天、雷ちゃんと火恋さんで分かれます。ペア変更のルールもあるし、どっちみちお遊びなんで気分転換にペアかえてもいいかなって」
なるほど、気軽にペア変更できて羨ましいな。静さんたちは三人いるけどどうするんだろ? そんなことを考えつつ手錠に視線を下ろす。
「あっ雷火ちゃん、急に光りだしたんだけどこれ何?」
俺は赤いランプがついた手錠を見せる。
「あっ、もうじき電池切れるんじゃないですか? そこバッテリーランプですよ」
「やっぱそうなんだ」
とうとうこの時が来たか。
「これって光り出してから、どれくらいで切れるかってわかんない?」
「うーん、多分丸一日から一日半くらいは持つと思いますよ。海外製のバッテリーなんで、わたしもちょっと正確なこと言えないですけど」
となると電池切れになるのは明日の夕方か、夜くらいの可能性が高いってことか……。
「後で解除コードをメールで送っとくんで、赤のランプが消灯したら入力してみてください。多分外れると思います」
「わかった、ありがとう」
玲愛さんは自身の手首にはまった手錠をじっと見つめている。
この拘束具がやっと外れるとせいせいしているのだろうか? その色のない表情から感情は読み取れなかった。
見合い中は今すぐにでも外れてほしいとも思っていたが、いざこの手錠がなくなると玲愛さんとの接点がなくなってしまうように思えてしまう。
この細いワイヤーがなくなったとき、俺と玲愛さんの関係も自然と消えていくのではいだろうか。
そんな不安を感じるが、希望もある。それは玲愛さんが未だに首輪をしてくれていることだ。
どれだけ不機嫌でも、怒っていても、あの首輪があるだけで俺は玲愛さんの傍にいられる気がする。
首輪なんてもので人の心が繋がるなんてありえないし、仮に彼女が出来て首輪をつけたいと言われれば反対すると思う。でも今だけは玲愛さんが首輪をしてくれていて良かったと思う。
恐らくあの首輪が外された時、玲愛さんルートが消失する。そんなオタ的なことを考えていた。
◆
その様子を遠巻きに眺める男の姿があった。
水着にパーカー姿の内海は、手錠をつけた男女の様子を遠巻きに眺めながら息をつく。
「あの玲愛ちゃんが下の子にあたり散らかしてるねぇ。君は本来そういうことする人間じゃないだろ。そんな女の子らしい行動をとられるとおじさん妬けちゃうなぁ」
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