第163話 玲愛と首輪Ⅳ
「皆様、本日は当アリスランドのイベントへのご参加、心より感謝申し上げます」
1時を過ぎて唐突に月の声がドーム内のスピーカーから響いてきた。
どこにいるのか? と探してみると、水の中に月がぽつんと佇む。
なぜあんなところに? と思っていると、その後ろに筋骨隆々のマッスルお兄さん達が水しぶきを上げて姿を現す。
その数およそ50人程。どうやらイベントが始まる直前に水の中に潜っていたらしい。
マッチョメンたちは肩を組むと、マッチョメンの上にマッチョメンが乗り、組体操よろしくピラミッドタワーを作っていく。
月はそのマッチョタワーの頂点に上り、女王の如く膝を組んで座る。
最終的に6mを超えた筋肉タワーは圧巻である。そして悪趣味である。この場にPTAがいたら今すぐやめろと言われる所業。
「皆様にはこれから三日間、他のカップルと競い最強のカップルTHEカップルを目指していただきます! 優勝者には豪華賞金に副賞、さらに三日目のグランドフィナーレにて、テレビ中継を交えての結婚式をとり行させていただきます!」
月をポイントカードを配布し、ルールを参加者全員に説明していく。
「以上がこのイベントのルールとなります。さぁ戦って戦って戦い抜いて初代最強カップルの称号を手にしなさい! 優勝者に我々は富と名声を与えます。ここに伊達水咲主催、最強のカップル出てこいや! INアリスランド、開幕を宣言するわ!」
絶好調に楽しそうな月の高笑いと共に、背後で巨大な花火がボンボンと鳴り響く。
あいつGガンみたいなこと言ってんなと、呆れを交えながら眺める。
開幕式が終わると筋肉タワーは沈んでゆき、最後にはサムズアップした月の手も沈んだ。
「君のお姉さん、何故か企画ごとになるとぶっ飛んでるよね」
「月は前に出るとサービス精神強くなるんで、あれ後で恥ずかしくなって布団頭にかぶって足バタバタさせてる奴っす……」
さすが
俺たち参加者は伊達、水咲のスタッフに案内されてビーチバレー会場に到着した。
会場と言っても砂浜にA~Fの6つのバレーコートを作り、約100組のカップルを6グループに振り分けて待機させただけだ。
俺と玲愛さんはAグループで一番水辺に近い端っこのコートだった。
残念な事に火恋先輩や静さん、天のペアは別のグループになり、恐らく勝ち上がらない限りは対戦することのない組み合わせになった。
俺と玲愛さんはコート周辺で対戦待ちをするカップルにまぎれ、スコアボード近くの砂の上に腰を下ろしていた。
「Aコートのカップルの数が16組だから、Aグループで4回対戦した後、他の勝ち抜いたグループと対戦して計7回勝てば優勝か……」
結構多いな。待ち時間が長そうだ。
「おやおや、もう勝ったつもりかい?」
俺がこの手錠でどこまでやれるのだろうかと思っていると、背中から声がかかった。
「へっ? いやそんなつもりでは」
驚いて振り返ると、そこには老けて見える無精ひげに人懐っこい笑みを浮かべるイケオジ。以前百貨店で見た内海さんが、トランクスの水着姿で立っていた。
「よっこらせっくす」
最低な事を口走りながら俺の隣に座る内海さん。
「久しぶりってほどでもないね、三石君」
「よっこらせっくすはないと思います」
「軽い冗談なんだから流してよ……。君はボケに厳しいね」
苦笑いを浮かべる内海さんの隣には、ウェーブのかかった髪を押さえる水着姿の一ノ瀬さんの姿があった。
「内海さんもイベント出るって言ってましたもんね……」
「そうだよ、僕の場合はイベントはおまけで玲愛ちゃんに会うためだけどね」
確かこの人今日の一番最後に会談予定だったはず……。この人も玲愛さんの婚約者候補なんだな……そう思うとなんだか心がざわついた。
「やぁ玲愛ちゃん」
内海さんは気軽に手を振るが、機嫌の悪い玲愛さんは完全に無視を決め込んでいた。
「あれ、もしかして機嫌悪い?」
「朝から体調が悪いので、調子とともに機嫌も崩されています」
「あっ、そうなの? 三石君大変だね。僕は機嫌の悪い玲愛ちゃんとは5分と同じ空間にいられる自信がないよ」
「伊達さん大丈夫?」
一ノ瀬さんも心配して声をかけるが、玲愛さんはコクコクと頷くだけだった。
「こりゃ本物だね、不機嫌レベル3だよ」
内海さんは真剣な顔で指を3本立てる。
「そんなのあるんですか?」
「あるよ、大学時代何度僕が酷い目にあったか。まぁでも玲愛ちゃんが機嫌悪いのは、自分の組み立てた予定がうまくいってない時か、女性の日ぐらいだけどね」
ひそひそと話す内海さんの後ろで、脳天チョップの構えをした一ノ瀬さんが立つ。
「多分玲愛ちゃん重くて無口になっちゃってる――」
ボゴンと激しい音を立てて、内海さんは砂の中ににめり込んだ。人間ってチョップの衝撃で埋まるんだな……。
意外と深いところまで砂入ってると、腰くらいまでめり込んだ内海さんを見て思う。
「内海君最低……」
蛆虫を見るような目で、一ノ瀬さんは内海さんを見下す。
「ごめんよ涼子ちゃん、深い意味はないんだよ! おじさんジョークというか、軽い下ネタ、シーモネーターさ!」
「何ターミネーターみたいに言ってるの……キモイんだけど……。ターミネーターに謝ってよ、早く!」
めり込んだ内海さんの顔面に、容赦なくローキック浴びせる一ノ瀬さん。超こえぇ……。
「すみません、すみません、ターミネーターさんすみません!」
「シュワちゃんにも謝って!」
「えっ何で!?」
「いいから早く!」
その間もボコンボコンと蹴られ続ける内海さん。
「すみません、シュワちゃんすみません」
「何で名前略してるの!? 友達なの!?」
「すみませんシュワルチュネッキーさん、すみませんでした!」
なんという理不尽さなのか。しかしながらボコボコに蹴られてるのに、内海さんは「あっあっ♡」と恍惚とした声を上げていた。
「あの……いきなりプレイに入るのやめてもらっていいですか。俺まだ未成年なんで……」
「違うから! 三石君誤解だから!」
いい大人が見境なくプレイを見せつけるとかほんとやめてほしい。
変なものを見せられていると、Aコートでホイッスルが鳴り響き、最初の対戦者達がビーチバレーの試合を開始した。
よっこらせと、ボコッと音をたてて砂の中から這い出てくる内海さん。
「本当に涼子ちゃんのせいで酷い目にあったよ」
「完全に自業自得だと思いますよ」
「ちょーっとアノ日の話しただけだよ。おじさん悪気ないよ?」
それがダメなんだと思う。
それにしても一ノ瀬さんのキャラがよくわからない。この前会ったときはキリっとした巴さんと、天然ゆるふわ系の一ノ瀬さんだと思っていたのだが……。
「内海さんと一ノ瀬さんってカップルなんですか?」
「やめてよ三石君、私じんましん持ちなんだから」
そんなわけないじゃないと、おばちゃん臭い仕草で手をパタつかせる一ノ瀬さん。
なんだか内海さんが凄く可哀想な人に見えてきた。
「カップルじゃないと今回のイベントダメって聞いてたからね。でもお友達参加も多いみたいで、おじさんハメられた気分だよ。あ、ハメるって言ってもそういう意味じゃないからね」
誰もそんなことは言っていない。
「友達同士での参加もOKにしたら思ったより多かったみたいです。グランドフィナーレ、お友達で勝っちゃったらどうするんでしょうね」
「普通の結婚式より、同性同士の方がお茶の間は盛り上がりそうな気はするけどね」
確かに美男美女の挙式をテレビ放送されても視聴者はメシマズ状態だろう。
ただ昨今は性別問題が多いので、テレビで茶化すなと怒られそうだが。
「内海さんは優勝狙ってるんですか?」
「そうだね、僕は途中でペア変更して玲愛ちゃんと優勝するよ」
「えっ?」
あんまりにもあっさりと言ってのけるので驚いてしまった。
「だから三石君、今日のビーチバレーが終わったらペアかわってくれないかな?」
「いや、それは……まずいんじゃないでしょうか。俺と玲愛さんは今手錠で繋がってるわけですし……。それに内海さんには一ノ瀬さんがいらっしゃるじゃないですか」
「涼子ちゃんには最初からペア変更するって言ってあるから大丈夫だよ。むしろ涼子ちゃんと優勝したら僕が殺されるよ」
確かにさっきのやりとりを見ていたら、新郎は華やかな舞台で血祭りにされてそうだ。
「だから僕は自分の命を守るために、優勝する前にペア変更しなきゃいけないんだ」
「そう……なんですか」
「まぁでも実際問題、その手錠がネックなんだよね。いつ外れるかわかんないかな?」
俺はそっと手錠の赤いランプを隠す。恐らく明日には電池が切れるとわかっているので、もしそのことを話したら内海さんは丁度良いとペア変更を押してくるだろう。
「明日外れる予定だ」
玲愛さんがぼそりと呟く。
「えっ?」
「だから明日外れる予定だって言っている。もう電池が切れかかってる」
隠そうとしていたことを玲愛さんに言われ、俺は頭を抱えたい気分だった。
逆に内海さんは意外そうに目を丸くしていた。
「あっ……そ、そうなんだ。いやー、玲愛ちゃんからそんなこと言ってくるとは思わなかったよ」
それ以上は会話するつもりがないのか、玲愛さんはツーンと視線を逸らしてしまう。
「じゃあ三石君、僕とかわってくれないかな。玲愛ちゃんのかわりとしては不服かもしれないけど、この
そう言った瞬間内海さんの首が180度横に曲がって、俺は恐怖した。
「ひっ」
「ねぇ内海君……ワカメゴリラってなんなの? 百歩譲ってワカメはいいかもしれないけど、ゴリラはどこからきたの?」
あかん、一ノ瀬さんが人殺しの目をしとる。
「違うんだよ! 意外とゴリラって可愛いんだよ! つぶらな瞳をしてウホウホ、なんてね、ブッ」
やばい、内海さんが自分で言って自分でウケた。
「アーーーーーーーーーーッ!!」
ドーム内に内海さんの悲鳴が響き渡る。
言うまでもなく一ノ瀬さんにギタギタにされた内海さんを尻目に、俺たちは試合の順番が回ってきたのでコートの中へと入った。
「あのバカ」
内海さんの悲鳴を聞きながらぼそりとつぶやく玲愛さん。
その声がどこか親しみのある声音だったのが気になった。
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