第164話 玲愛と首輪Ⅴ
ビーチバレーのルールは本来21点マッチを3セットなのだが、時間の関係上21点マッチを1セット。相手側のサーブを3回の打数で返し、得点したペアにサーブ権が移る。
一試合目の対戦者は女性同士のペアで、俺と玲愛さんが手錠で繋がってることに困惑しているようだった。
審判を務める水咲のスタッフには説明済みなので、審判はそのままスタートするように促す。
相手女性チームが軽いサーブを放ち試合開始。
俺はおっかなびっくりながらもレシーブすると、ボールはポーンと上空に舞い上がる。
しまった変な方向に飛んでしまったと思っていると、玲愛さんが高く中空を跳び、すさまじい威力のスパイクを返す。弾丸のようなボールが、ギュルルルと回転しながら相手側コートに叩き込まれていた。
バウンドを一切せず砂に埋まったボールを見て、相手チームは固まっていた。
サービス権がこちらに移り、玲愛さんはボールをポンと上に放り投げる。
美しいフォルムから繰り出されたサーブは、気づいた時には相手側のコートに突き刺さっている。
対戦者も全く反応できず「えっ? レベル違うくない?」と口をぽかんと開けている。
あっけにとられるのもわかる。あんなの並みの参加者が打ち返せるわけがない。ってかなまじレシーブしたら怪我しそうな威力だ。
予想通りお強い玲愛さんは、結局以降相手側にサーブ権を一度も渡さないまま勝利した。
いや、マジで俺いらない子。
一試合目を終え、疲れた様子のない玲愛さんを横目でちらりと伺うが、全くの無表情だった。
その後内海さんの試合が始まり観戦を行う。思ったよりも一ノ瀬さんの運動神経が良くて、あっさりと勝利を決めていた。
俺たちの第二試合、第三試合も全く同じ展開で、サーブ権を持った玲愛さんのパワーショットを誰も返すことができない。
気づけばオールサービスエースで試合終了。圧倒的な力を見せつける。
次がAグループ最終となり、これに勝利すると各グループの勝利者と対戦することになる。
隣のBリーグのコートで甲高い笑い声が聞こえてきて、視線を向けると、金のツインテと、もじゃもじゃ執事がダブルジャンピングサーブなんて漫画みたいなサーブを決めていた。
あれ反則にならないんだ……。ってか月の奴主催者のくせに参加してるんだな。しかも全く手加減なしのムーブで、優勝目指してそう。
Cリーグのコートでも、雷火ちゃんが顔面レシーブを決めて、火恋先輩がよくも私の妹をと叫びながら凄まじい※ファイアースパイクを放っていた。(炎を纏ったように見えるボール)
流石は伊達、水咲どの分野だろうが強い。
問題は静さんである。一応参加してはいるものの、静さんの運動神経はまぁ見た目通りと言ったところで、巨大過ぎる胸によって大きく運動を制限されている。
今は成瀬さんとペアを組んでいるらしいが、正直一回戦負けしててもおかしくない。
静さんのDリーグのコートを見やると丁度対戦しているところだ。相手は屈強そうな男性サーファー二人組で、ポイントは8-3と意外にも優勢。
あれ? なんであんな強そうなペアに勝ちそうなんだ? と思っていると、その理由はすぐにわかった。
「ママ先生行くぜ!」
「は~い♪」
成瀬さんがトスをあげて、静さんがスパイク。本来役割逆じゃない? と思うのだが、陸サーファーは静さんの遅いスパイクを一発も受け止められていない。
なぜだろう? なんて考える意味はなかった。男なら当然、静さんがジャンプした瞬間、ゆさっと揺れる爆乳に目が行き反応が遅れてしまっている。
気持ちはわかる。恐らく対戦相手は、静さんがサーブを打つ瞬間ボールが三つに!? と困惑していることだろう。
この小狡い作戦を考えたのは成瀬さんだな。静さん「なんで点が入るのかしら?」って顔してるし。
最後も緩いスパイクで試合は決まり、静さん成瀬さんペアはDリーグ勝者となった。
Aリーグも決勝戦の4試合目、俺たちはコート内に呼び出された。
対戦相手は俺たちと同じく順調に勝ち進んだ内海さん一ノ瀬さんペア。
四人はネットの前に立ち、お互い頭を下げる。
「お手柔らかに頼むよ、三石君」
内海さんは全く嬉しくないウインクをバチコーンと決めると、審判がコイントスでサーブ権を決定する。
「内海チーム、サーブ」
あっ、しょっぱなから嫌な感じ。
「ラッキー。おじさん手加減しないぞ~」
内海さんはエンドラインギリギリでボールをポーンと高く放り投げ、力強いサーブを繰り出す。そのサーブは当然俺狙い。
素早くレシーブしようと構えるが、ボールは俺の腕の側面に当たり、はるか後方へと吹っ飛んでいった。
「内海チームポイント1-0」
本日初めての失点。そりゃもう玲愛さんが強いってバレてるし、当然俺を狙うだろう。この人のカウンターは凄まじいからな。
かと言って俺の方にボールがくることを歓迎しているわけではない。
俺の運動神経は並以下だし、サッカーとかボールをもったら変な方向にパスしてしまうレベル。球技が苦手なオタクは多い。
内海さんは同じようにボールを高くあげて、俺狙いでサーブを放つ。
しかしながらそれくらい玲愛さんは読んでいたのか、俺の前に立ちダイレクトでレシーブする。
やはり男性のサーブは強烈なので、ボールは勢いが死んだまま相手側コートへチャンスボールとして流れる。
当然そんな甘い球を見過ごしてくれるわけもなく、一ノ瀬さんがピョンと大きくはねると、凄まじいスパイクを決めた。
「内海さんだけじゃなくて一ノ瀬さんも運動神経が良い……」
俺も玲愛さんも動けずに、ただ苦い表情を作る。
「内海チームポイント2-0」
ダメだ、俺がレシーブして玲愛さんがスパイクを決めない限り相手側のサーブで負ける。
相手が俺狙いってわかってるなら対応のしようがあるはずだ。じっくりボールを見て……。
再び内海さんがポーンとボールを高く放り投げる。
勢いだけなんだ、玲愛さんみたいに超理不尽な剛速球ってわけでもない。だからとれるはず、やれるはずだ。
俺と玲愛さんはコートの後ろの方で身構えたが、内海さんの放ったサーブは速球でもなんでもなく、ゆるーい山なりのサーブだった。
「まずい!」
速い球が来ると思い込んでいた俺たちは、予想を裏切ったボールに慌ててネットの方に滑り込む。
しかしギリギリ間に合わず、ボールはネット際にテンテンと転がった。
「内海チームポイント3-0」
ダメだ、完全に流れを持って行かれてる。そりゃ身構えて下がったら、今度はネット際に落とすに決まってる。そんなことにも気づかないなんて……。
隣にいる玲愛さんもイラ立った表情を浮かべている、その原因のほとんどが俺と思うと申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
こちらが何かを考える余裕もなく、内海さんは次弾を放つ。
今度のサーブは俺の少し後方、俺が下がろうとすると、既に下がっていた玲愛さんにぶつかり二人で尻餅をついた。そしてボールは当然ながらコート内に落ちていた。
「内海チームポイント4-0」
最悪だ、コンビネーションも乱れ完全にグダグダになってる。
内海さんは手錠である点を利用して、俺がとれるかとれないか微妙なところをついてきた。
当然俺はレシーブしなきゃいけないと思って下がるし、玲愛さんはカバーするために前に出るから結果はぶつかりあう。
まずい、まずい。完全なるお荷物になってる。
俺の考えはこの時点から既に、ボールをとらなきゃいけないという気持ちより、玲愛さんに怒られるという緊張感でいっぱいになっていた。
やばい、やばい、やばい。
ビクビクしてコートの中間点で腰を低くして身構えると、今度のサーブは俺を狙ったものではなく、俺とは反対の玲愛さん側後方に向かって、素早いサーブが飛ぶ。
あれなら玲愛さんが余裕でとれる範囲だろう。
そう思った俺がバカだった。
玲愛さんは後方に下がったが、俺が何をとち狂ったか下がらなかったので、玲愛さんは手錠に腕を引っ張られてギリギリでボールに手が届かなかった。
俺は手で顔を覆いたい気分だった。
俺のボケ、手錠で繋がってるんだから一緒に移動しないと行動範囲に制限がかかるじゃないか。
最悪だ、勝手に玲愛さんならとってくれるだろうなんて思ったから動かなかった。
内海さんの心理戦なのか、それとも俺がバカなのか、恐らく後者だなと思う。
「内海チームポイント10-0」
その後も内海さんの手のひらで踊らされながら失点がかさんでいく。
集中しろ、集中。そう思えば思うほど体は硬くなり、上手い具合に俺と手錠を狙った内海さんのサーブは決まっていった。
「内海チームポイント20-0マッチポイント」
一点も取れずにマッチポイント。もう絶望的な状況だった。
失点のほぼすべてが俺のミスだ。観客も俺がミスをする度に「あー、何やってんの」「あの子穴だな……」と呆れた声が上がる。
これでも頑張ってるんですよ。でも頑張れば頑張るほど足元をとられ、空回りしている。
ほとんどサービスエースで失点しているので、体力的には消耗していなかったが、俺の心臓はバクンバクンと物凄い勢いで鼓動しており、冷や汗がとまらない。
「お前、大丈夫か?」
玲愛さんがあまりにも調子の悪い俺に声をかけてくれる。
「だ、大丈夫です」
声が上ずって、全然大丈夫そうに聞こえない。
「あまり気負うな、別に負けたから何があるというわけでもない」
それはそうなんですが、俺は今貴女の顔面に泥を塗りたくってる気分なんですよ。このまま1ポイントも取れずに敗退とか、誰にも合わせる顔がない。
「絶対とる絶対とる」
内海さんが最後のサーブを放つと、勢いのない緩いボールで、今度ばかりはとれる! そう確信した。
「あいつ、大人気ないことしやがって!」
俺はボールをしっかり真でとらえるように構えたが、突如玲愛さんが前に出てきて驚いてしまった。
「はっえっ?」
なんで? と疑問符だらけだったが、その答えはすぐにわかった。
ふわりとしたボールは突如フォークボールのように軌道を下げ、俺の落下予測地点より遥か前方で落ちる。慌ててとりにいった俺の足に当たり、ボールは真横に逸れてアウトゾーンへと吹っ飛んでいく
「何で……いきなり変化したんだ?」
放心状態の俺に玲愛さんは説明してくれた。
「無回転ボールだ。ナックルサーブとも言われる。ボールを全く回転させずにサーブすると、ボールの後ろに空気の渦が出来て軌道がかわる。誰にもでも出来るわけじゃないが練習すれば出来るようになるものだ」
そんな隠し球を持ってたなんて……。
「内海チーム1ポイント21-0ゲームセット。内海、一ノ瀬ペアの勝利」
審判の声が高らかに響き、勝者を告げる。
「あれはお前が悪いわけじゃない、そんな簡単に反応できるものでもない。あまり気を落とすな」
慰めの言葉をかけてもらうが、かえって惨めになるだけだった。これじゃあ本当に玲愛さん一人の方が強いじゃないか……。
そして負けたのが内海さんっていうのも響いた。全く知らない人ならまだしも気を張ってこれだ。救いようがない。
俺と玲愛さんペアのビーチバレーは4回戦敗退となり、後に敗者復活戦も行われたが、心を乱した俺は相手チームに集中狙いにされ、結局一試合も勝つことができず、あっさりと敗退した。
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