第113話 静とスランプ作家Ⅳ

 清汁郎先生の修羅場を抜けてから数日後――

 俺は伊勢さんから送られてきた月刊ラフレシアをめくっていた。

 当然注意深くチェックするのは、清汁郎先生のマンガ『ゴブリン王子とエルフママ』


「自分の手伝った作品が本になるというのは感慨深いな」


 このマンガ俺が手伝ったんだぜ? と言っても良いわけだろう。(※但しベタオンリー)

 内容は清汁郎先生の自宅で見た時と同じものだが、最終ページにWEBアンケート実施中! 気になる作品をラフレシアツイッターで応援しよう! と書かれていた。


「今日日の読者アンケートはWEBなんだな。そりゃわざわざハガキなんて送ってられないか」


 某有名少年週刊誌では、アンケートハガキを送ってくるのはほとんど女性読者で、メインの男性読者は全く送ってこないらしい。

 そのためハガキではめちゃくちゃ人気なのに、単行本の売上は伸びない、実際の人気と乖離が起きてるって聞いたことがある。

 最初は普通のビジュアルをした主人公が徐々にイケメン化し、仲間もイケメンばっかり増えていく作品が多いのは、読者アンケートが反映された結果だろう。


 俺はスマホからツイッターを開き、ラフレシアの公式アカウントを表示する。

『今月の作品で良かったのはどれですか?』というアンケートツイートがあり、俺はその中で清汁郎先生の『ゴブリン王子』を選択する。

 更に選択理由欄に『ストーリーが凄く良くて、絵も綺麗で、とくにベタを塗っている人にセンスを感じます』と記入し送信する。


「よし、これでOK」


 俺も読者だから投票する権利はあるはずだ。

 現在ゴブリン王子の順位は全15作品中5位とかなりの高順位。

 総投票数もあまり多くないので、ワンチャントップ3狙えるんじゃないか? と思えるほどだ。

 こういうのって発売日から一週間くらいで、ほぼ順位は固定されるらしいので、ここからゴロゴロ転がって最下位というのはないだろう。

 また来週になったら順位を見てみよう。



 それから一週間後――


 フォローしていた月刊ラフレシアからの通知を見て、俺は「は?」と唸った。


【月刊ラフレシアより重要なお知らせ――

 現在レギュラーメンバーである清汁郎先生が、この度月刊ラフレシアを卒業されることになりました。

 これまでの応援、本当にありがとうございました。

 来月号からは、葉山時雨はやましぐれ先生がレギュラーメンバーに加わり、新体制で連載を行っていきます。月刊ラフレシアを今後もよろしくお願い致します】


「んなバカな……」


 これって要は打ち切りってことだろ?

 なんでこんなことになってるんだ? 先週見た時順位は良かったはず。

 慌ててアンケートツイートを見やると、先週までと大きくランキングが変動しており、ゴブリン王子は最下位に転落、逆に葉山時雨先生の『純愛ラブラブナイト』という作品が一位になっていた。


「はっ? ラブラブナイト? こんなのあったっけ?」


 慌てて雑誌を確認すると、どうやら今号初掲載の人らしい。

 確かに絵は上手いと思うが、これが一位と言われたら首を傾げてしまう。

 しかもこの絵どっかで見たことあるような……。


「静さーん! この雑誌なんかおかしいんだけどー!!」


 あまりにも不自然なランキング変動に、俺はシズエモンを呼びに行く。

 清汁郎先生は打ち切りだし、ランキングもなんか闇の意思が働いているように見えるし、おかしいんだよと伝える。


「あらあら、読み切りで一位なんて凄いわね」

「いや、そこも変なんだけど、清汁郎先生の作品が急に最下位に落ちてるんだよ。絶対おかしいよ!」

「そうねぇ……。伊勢さんに聞いてみましょうか」


 静さんは伊勢さんに連絡をとると、予想外の事実を教えられた。


「はい、はい……わかりました。はい……」

「伊勢さんなんて?」

「ん~部署違いだから詳しいことはわからないけど、今真凛亞ちゃんネットで炎上してるんですって」

「炎上? なぜに?」

「トレパク? って奴らしいんだけど、何かしら?」


 トレパクとは、作家やイラストレーターが他の写真やイラストから、全く同じ構図のものを模写しパクってくることである。

 特に商業作家のパクリは禁忌とされており、検証画像などがあげられネット上のお祭り対象となるものだ。


「いやいや、トレパクって一体何を……」


 清汁郎先生は、筋肉の参考書は見てたけどそれ以外何か見ながらやってなかったはずだぞ。

 俺はツイッターで ”清汁郎” ”トレパク” と入力すると、すぐに問題の比較画像が出てきた。

 槍玉にあげられているのは扉絵のエルフママの絵なのだが、それが別作品のイラストと似ているとか。

 拡大して画像を見てみたが、確かにポーズは被っているのだが「似てるかぁ~?」と首をかしげる感じだった。


「これはイチャモンだろ……」


 そりゃ今までエロ漫画は何万冊と出てるんだから、セクシーポーズなんて被るに決まってる。

 俺は一応、問題視されている画像をPC上で半透明化させ、重ね合わせてみたがラインは一致しなかった。

 これはトレパクではなく、ただ単にポーズが被っただけである。

 だがネット住民からはトレパクだ! 清汁郎はやっていた! トレパク野郎と大盛りあがり。

 ネット叩きの流れが完全に出来上がってしまっていた。


「アンチが水を得た魚みたいにイキイキしてやがるな……」


 俺は苦虫を噛み潰した顔で、誹謗中傷のツイートを見やる。

 打ち切りの原因はこの炎上騒動で、編集部が飛び火する前に切ったと見て間違いないな。

 ツイートの中には「いや、これ画像重ねあわせてもラインあわないから模写トレースではなくね?」と正しいことを言う人もいたが、その人はアンチによって袋叩きにされていた。


「誰かを悪者に仕立て上げる、掲示板時代のネットリンチ悪しき文化を受け継いどるわ……」


 これを見た何も知らない野次馬ユーザー達が、清汁郎という作家はトレパクをしていたのだ、コイツは叩いてもいいやつ! と決めつけ、アンチと一緒になって中傷文をツイートしていく。

 清汁郎先生のことを一ミリも知らない人間が、『パクられた人可哀想……』『謝罪しろ!』とか言い出す光景に吐き気を催す。

 正義気取りの人間にとっては、悪者に向かって石を投げつけるのは最高のエンタメだろう。


「静さん、清汁郎先生が心配だよ」

「そうね、少し様子を見に行きましょうか……」



 俺たちが清汁郎先生のマンションに着くと、彼女の部屋の前にはたくさんの段ボール箱が積まれていた。

 箱には全て引越社のロゴマークが入っている。

 するとちょうどのタイミングで、箱を抱えた清汁郎先生が外に出てきた。

 彼女の目はクマと、泣きはらした跡で酷いことになっている。


「真凛亞ちゃん」

「あっ、三石先生……」

「引っ越しされるんですか?」


 俺が聞くと、先生はコクリと頷く。


「はい。ご存知かはわかりませんが、連載が打ち切りになりまして」

「……知ってます。トレパクで炎上したってのも」

「信じてもらえるかはわかりませんが、自分はそんなことはしていません」

「はい、俺たちも先生は絶対に潔白だと思ってます!」

「ありがとうございます。ただ、もう流れは変えられないみたいなので……」


 そう、ネットで一度燃え上がった火はそう簡単には消えない。

 炎上した人間が再度活動するにはそれなりに鎮火する時間が必要であり、時間を経てもネット上にはいつまでも炎上の記録が残ってしまう。

 それは今後の彼女の活動にも大きく影響を与えるだろう。


「一度実家に帰って、しばらく休養した後にまた同人作家をやろうかと思っています……。幸い葉瑠ちゃんが、また一緒にやろうと言ってくれたので」


 出たな葉瑠ちゃん……。なんかきな臭いんだよこの人。

 変にタイミングが良いと言うか悪いと言うか……。


「…………清汁郎先生。会ってそんなに経たない俺がこんなこと言うのもどうかと思うんですけど、考え直しませんか? トレパクしてないって、ちゃんと証拠出せばなんとかなりますよ。あんなにも一生懸命読者のこと考えて、命燃やしてでもマンガ描かれてるんですから、ここで諦めるのは勿体ないですよ!」


 だが先生は首を横に振った。


「いえ、もう出版社から正式に打ち切りにすると連絡が来ています。それに元から人気も低迷していてましたし、自分の才能も……これが、限界……なのだろうと……」


 あっ、それ以上ダメだ。

 恐らく頑張ってこらえていたのだろう。彼女の目から涙がこぼれ落ちる。

 ……つれーよな。命の火を燃やして描いた我が子のようなマンガに、最下位の順位つきつけられた上に、謂れなきトレパクの汚名まで着せられて。

 本来守ってくれるはずの出版社も、炎上鎮火を優先して清汁郎先生を切った。

 泣きながら引退しても全く不自然ではない。

 だけど――


「ほんの少しだけ時間をください。数日……数日待ってもらえないですか? 俺が必ずこの問題解決してみせます」


 俺は努力してる人に石投げつけられるのを見るのが嫌いだ。

 正直者がバカを見る展開が嫌いだ。

 尊敬するクリエーターの心が折れるところを見るのが嫌いだ。

 黙って嗚咽をこらえるマンガ家を見るのが嫌いだ。

 だから――


「泣かないで。あなたは何も悪いことをしていない。努力して掴んだ夢をあきらめないで下さい。俺たちは絶対にあなたの味方です」

「…………」

「大丈夫よ、ユウ君に任せて。ユウ君はパソコンの大先生だから、こういうの詳しいの」


 お願い静さん、パソコンの大先生はやめて。


「あの……でも、もうマンション引き払ってしまって……」

「じゃあウチにしばらくいればいいじゃない」


 静さんは名案と、胸の前で手を打つ。


「そんなご迷惑をかけられませんよ」

「ウチのマンション今3部屋とってるから、心配しなくて大丈夫よ」

「そういうことではなく!」

「「ま、いいからいいから」」


 俺たちは困惑する清汁郎先生を連れて、我がマンションへと移動する。

 彼女の持ち物は最低限のものだけを用意して、後は貸し倉庫に一旦預けておく。



 現在我がマンションでは、清十郎先生改め真凛亞さんの寝室づくりを行っている。

 こういうとき問答無用で優しい静さんは無敵だ。並の拒絶では彼女の優しさは拒否できない。

 鼻歌交じりに真凛亞さんの部屋を構築していくので、当事者は黙って見ている以外にない。

 その間に俺は部屋の外で、スマホの画面を開く。


「さて、俺がやることは今回の炎上の火付け役、お前の正体を探ることだな」


 俺はツイッターのアカウント【毒りんご】を見やる。

 でっちあげの比較画像を並べ、正しいことを言うやつを尽く潰しにかかる抜け目のなさ。

 計画的でいて、清汁郎先生の動向にやけに詳しいこのアカウント。


「お前の大方の予想はついてるんだよ。なぁ……葉瑠ちゃん」


 助けにきたと言いつつ大して仕事もせず定時には帰り、俺に先生にはアンチがいるという情報を流した……柚木葉瑠さん。

 多分だが、この人はいい人じゃない。さりげなく人の悪い噂を流し、相手を貶めるタイプの人間。


 俺は電話帳から、最も同人界隈に詳しく、出版界に顔が利く『水咲月人物』を選択し、電話をかける。


「あっ、もしもし。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、ワイルドフォレストっていう同人サークル知らないか?」

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