第114話 静とスランプ作家Ⅴ

「アッハッハッハッハッハ! あるある! 打ち切りなんてあるに決まってんだろ! 元気出せよ!」


 現在緊急引っ越しを終えた真里亞さんの部屋にて、ビール缶片手にゲラ笑いするオレンジ髪の女性。

 冬場なのに上はへその見える丈の短いタンクトップと、下はダメージジーンズ姿。

 見た目にはわりと無頓着なのか、ナチュラルに男の視線を困らせるタイプなのかわからないが、タンクトップ越しに大きな胸が自己主張している。

 彼女は真里亞さんが所属していた、同人サークルワイルドフォレストの元メンバー鮎川成瀬あゆかわなるせさん。

 初対面で失礼ながら、見た目は完全に酒飲みで乳のでかいダメなお姉さんである。

 昨日ひかりに話したところ、当事者に聞いたほうが早いんじゃない? と連絡先を教えてもらった。

 俺が状況説明すると成瀬さんはすぐに来てくれることになり、今現在真凛亞さん打ち切り残念会改め、成瀬さんの一人酒盛り状態。

 ちなみに成瀬さんは真凛亞さんと元同じ高校の先輩で、二つ年上の21らしい。


「えっと、ワイルドフォレストって真凛亞さん成瀬さん、柚木さんの三人なんですね」

「そそ、麻倉あっちゃんはウチらの中で一番絵が上手かったから、プロいっても不思議ないと思ってた」


 その真凛亞さんは、成瀬さんにヘッドロックかけられて白目をむいている。


「ちなみに成瀬さんは今大学生ですか?」

「おぉ、看護学校行きながらバンドやったりしてる」

「なる先輩は歌上手かったです。同人でもCDだしてたし。今事務所所属してますよね?」


 真凛亞さんがそう聞くと、成瀬さんは恥ずかしげに鼻をかきながら明後日の方を見やる。


「ま、まぁ一応ちっこいタレント事務所で動画出したりしてるわ」

「配信者って奴ですか?」

「なる先輩歌い手系ムチューバーなんで」


 ※ムチューバー、海外大手動画配信サイトMutyubeムチューブで活動する動画配信者。


「それは凄いわね。どんなことしてるのかしら?」


 静さんがあらあらまぁまぁと嬉しそうに聞くと、成瀬さんは大慌てで首を振る。


「いやいやいや! アニメ化決まってる大先生に見せられるもんじゃないんで!」

「そうなの? 気にしなくてもいいのに」


 と言ってる間に、真凛亞さんはスマホで成瀬さんの動画を再生する。

 すると女性ボーカルの軽快なロックが流れる。


「カッコいいですね。画面見ていいですか?」

「どうぞ」

「や、やめろ! 渡すなあっちゃん!」


 真凛亞さんのスマホを受け取ると、ギターを弾く女性が映し出されているのだが、なぜかカメラは顔を映さず胸のアップになるように固定されている。

 かっこよくギターを掻き鳴らす度に、胸がブルンブルンと大きく揺れる。


「…………」


 これサ胸釣りムチューバーがやる奴では?


「う、歌上手いので、乳釣りしなくてもいいのでは……?」

「し、仕方ねぇだろ。社長がそれでやれっていうんだから!! ……事実再生数も、これやってから100倍くらい増えたし。国外からのアクセスもめっちゃ増えて、コメ欄何語かわかんねぇので埋め尽くされてるし」

「ひゃ……100倍?」


 全世界の男チョロすぎん?

 ちなみに最新の動画再生数は30万再生。かなり人気であることがわかる。多分サ胸以外にもちゃんと音楽ファンがついているのだろう。

 かっこイイ音楽が聞けておっぱいも見れる。まさしく需要と供給が合致した、WINWINの関係といえるだろう。


「つかアタシのことはいいんだよ。あっちゃん打ち切りなんか気にしなくていいと思うぜ。炎上も名前売れたと思って、割り切ってけよ」

「はい……」

「俺意外なんですけど、成瀬さんって事務所も所属してるのに看護学校行かれてるんですか?」

「音楽で食ってくってのは滅茶苦茶厳しいからな。タレントやら歌手になれたとしても、人気がなくなったらその後どうすんだってなるだろ?」

「確かに」


 静さんも売れるまでに美容師免許とってるし、マンガや同人専業で行くってのはリスキーなのかな。


「アタシはあっちゃんみたいに絵上手くねぇし、絵上手かったらアシスタントとかイラストレーターとかになれるんだろうけどな」

「ちなみに絵心はどの程度ですか?」


 俺は紙とペンを成瀬さんに手渡す。


「なんか見本がねぇと描けねぇよ」

「じゃあこれを」


 静さん原作、アニメ化決定の恋夜1巻を手渡す。


「んじゃ、この表紙のメインヒロインぽいのを……」


 成瀬さんはサラサラと絵を描いていく。

 なんだかんだ言って、やっぱり同人業界でやってきただけはあり、それなりに絵は……。


「潰れたジャガイモ」

「ヒロインだって言ってんだろうが!」


 俺は出来上がった絵に忌憚なき感想を述べたのだが、成瀬さんはヘッドロックで応じる。

 おっぱいが背中に当たって気持ちよすよすだが、意識落ちそう。


「暴力反対! ほんとに看護学校行ってるんですか!?」

「おぅ、これでもナースの卵だぜ」

「ってことは国家試験を受験……」

「やめろ勉強の話はアタシにきく!」


 (>w<;)←こんな顔しながらギリギリとしめあげてくる成瀬さん。

 どうやら成績不良ナースらしい。この人がもし仮に看護婦になったら勤務先教えてもらって、そこには行かないようにしよう。普通に注射間違えそう。


「サークルでは成瀬さんが音楽を出して、真凛亞さんと柚木さんが本を出してたんですか?」

柚木ゆずポンは最初1年くらいは本だしてたけど、途中でやめたな。なんかサークルのプロモーションの方に力入れてくとか」

「葉瑠ちゃんは宣伝がうまかったですね。大御所さんに頼んで、自分たちのツイートを拡散してもらったり」

「そう、あいつコネつくるの得意だからな」

「それってそんな凄いんですか?」

「大御所さんはフォロワー数10万とかだから、その人がリツイートしてくれるだけで単純に10万人の人の目に触れることになるから」

「なるほど、フォロワー=戦闘力もあながち嘘ではないと」


 これまでの話を聞いて、成瀬さんと真凛亞さんの関係を少しだけだが理解できた。

 姉御肌の成瀬さん、大人しく才能のある真凛亞さん、広報兼リーダーの柚木さんでワイルドフォレストはやってきたのだろう。

 結構バランスは良さそうなチームである。

 そんなことを考えていると、大きなおでん鍋を持った静さんが登場。


「はーい、沢山食べてね~」

「いやっほぅ、コンビニの100倍うめぇよママン!」


 成瀬さんは既に静さんのことをママ呼びである。


「そういや静さんってSNSやってるの?」

「アカウントはあるけど、あんまり使ってないわ」

「見ていい?」

「いいわよ」


 俺は静さんのスマホから、三石冥のアカウントを開く。

 新刊情報や、更新ツイートが大半で、あまり私生活のツイートなどはない。

 フォロワー数は4万人ほど。少女漫画家とあって、フォロワーの大半は女性ユーザーのようだ。


「勿体ねぇ。三石先生ならフォロワー数一瞬で50万くらいいくと思うけどな」

「それはサ胸釣りしたらの話ですよね……」

「顔出しせず、乳だけ出してりゃみんな喜ぶぜ」

「そのへんSNSって無法地帯ですよね」


 俺は静さんがツイッターで何を検索しているかが気になり、検索履歴を表示させる。


『弟 どこまでセーフ?』

『弟が胸ばかり見てくる』

『弟 彼女 浮気』

『弟の倫理を曖昧にさせる方法』

『媚薬アロマ』


 見なきゃ良かった!!

 こっちに一線踏み外させる方法ばっかり検索してる。

 媚薬アロマとか、もはやエロゲの世界だろ。

 俺がパンドラボックスを開いていると、真凛亞さんがおずおずと声を出す。


「あの……三石先生のマンガへのモチベーションの保ち方を教えて下さい」

「あっ、アタシも聞きたい。プロのモチベの保ち方」

「そうね……」


 静さんは何かしらと頬を押さえる。


「やっぱり……一番は妄想かしら?」


 想像だよね? 俺の聞き間違えじゃなかったら妄想って言った気がするけど。

 凄く艶めかしい吐息吐きながら言いましたけど。

 静さんの視線が、俺を頭から爪先まで舐め回すように見ているような気がしますけど。


「やはり創作は内なる妄想力リビドーってことですか……」

「そうね……恋愛って結局下心だから……」


 凄い、少女マンガ家が身もふたもないこと言い出しましたよ。

 恋夜で胸をときめかせてる読者に、その作品は作者の下心でできてるよ、とか言ったら炎上しそう。


 ちょっと静さんには目を覚ましてもらった方が良いのではないだろうか? そう思い、俺はわざとらしく検索履歴のことを告白する。


「あ、あれ~? ま、間違えて検索履歴表示させちゃったな~。静さんの履歴が丸見えだ~(棒)」


 汗をかきながら静さんの様子を伺う。普通なら何見てんのよ! と怒られると思うが、彼女の反応は想像がつかない。


「あっ……見ちゃったの?」


 ぽっと頬を染める。

 なにその、それはそれで意識してくれるから有りみたいな表情。

 お願いだから女の顔にならないで。


「え、えっと、マンガの資料用だよね?」

「…………」


 なんで助け舟出したのに乗ってきてくれないんだ! 否定してくれないとガチで検索してたってことになるじゃないか。

 俺が汗だくになっていると、成瀬さんがひょいと画面を覗き込む。


「静さん弟でエロいことしか検索してないじゃん」


 お願い口に出して言わないで。


「姉弟モノいいですよね」

「いいわよね」


 静さんに同調する真凛亞さん。二人はラーメン玄人みたいな、わかる人間の顔をしながら頷きあう。しまった、この人も近○大好きだったんだ。

 その後、この空間は俺にとっていたたまれない、近○ジャンルの良さについて作家同士の話が広がる。

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