第115話 静とスランプ作家Ⅵ
それから1時間、未だに静さんと真凛亞さんの作家のフェティッシュトークは続いている。
俺と成瀬さんはその話についていけないので、二人でヒソヒソと話をしていた。
「お前、
「いえ、とんでもない。たまたまお仕事のお手伝いをさせてもらっただけです」
「たまたまねぇ。お前彼女いんの?」
「偽の彼女が一人と許嫁が二人います」
「どうなったらそんな状況になるんだよ。それは二股なのか? 三股なのか?」
「俺にもよくわかんないです」
「そのうち後ろから刺されるぞ」
「そうなったら俺の死体をバラバラにしてエグゾディアみたいにしてほしいですね」
「メンタル強すぎて笑うわ」
成瀬さんは苦笑しつつこちらを見やる。
「……マンガ打ち切りになったとき、あっちゃんどんな感じだった?」
「……なんというか、積み上げてきたものが全部崩れたって感じでした。今後しばらく休止してから同人作家に戻るって聞いたんですけど、呼び戻したのが柚木さんぽくて、ちょっと引っかかりを覚えました」
そう言うと、成瀬さんは「ほー」と半眼でこちらに顔を寄せる。
「なんでそう思ったんだ?」
「変にタイミングが良いと言うか……はなから炎上するのがわかってて近くにいたような気がしてならないんですよね」
たまたまアシスタントした元同人仲間が、たまたま炎上して連載打ち切りになり、たまたま近くにいてすぐに救い船を出した。
「すみません、皆さんの同人仲間を邪推してしまって……」
「クククク、いや面白いな。あいつの黒さが初対面の相手にバレるとは」
「黒さ?」
「お前の予想は正しい。引き止めてくれてよかった。ワイルドフォレストが解散した理由ってのが、アタシと
「そうなんですか?」
「さっきあいつが同人で自分の本出すのやめたって言っただろ? あいつコミケで成果物も出さないくせに、プロモーション代とか言ってがっつりサークルの売上の半分持っていくんだよ。アタシもあっちゃんもそこまで金に執着してなかったからその条件を飲んでたけど、段々割合が6:4、7:3とかになっていってよ」
「それは酷いですね」
「そんだけ持ってくんだったらアタシのCDのプレス代や、あっちゃんの印刷費出せやって言ったら、それはできないよぉ。経費は各々で出す約束だよぉ。とか言い出したのが崩壊の始まり」
「それを言うなら、そもそもサークル資金の配当を勝手にいじる方がおかしいですね」
「ま、社長気分だったんだろうな。
お金を手にしたのと、売れっ子サークルのリーダーという肩書に、自分は偉いと勘違いしちゃったのか。
昔のエロゲー会社みたいだな。シナリオと作画のおかげで大ヒット飛ばしたのに、社長が売上金使い込んだせいで有能な社員が逃げるっていう。
「柚ポンへの不満がパンパンに膨らんでた頃、アタシは今の事務所受かって、あっちゃんもラフレシアから声がかかった。アタシもあっちゃんも同人のことは好きだったけど、今の状況ならプロ行ったほうがいいなって判断した」
「それ柚木さん怒ったんじゃないですか?」
「モチ。柚ポンはブチギレて、最後アタシとめっちゃ喧嘩してワイルドフォレストは完全崩壊した」
「…………成瀬さんは嫌われ役やってくれたんですね」
多分真凛亞さんがこれ以上タカられないように、ワイルドフォレストという箱そのものを壊したのだろう。壁サークルになるほど人気だったのだから、思い入れも深かっただろうに。
「ち、ちげーよ。あいつがプロデューサー気取りで、誰のおかげでこのサークルがここまで大きくなったと思ってんのぉ!? とかつけ上がったこと言い出したのが悪い」
「真凛亞さんと成瀬さんのおかげでしょうね」
柚木さんのやってることは、自分は何もしていないのに利益だけをかっさらっていく同人ゴロに近しい行為だ。
事実ワイルドフォレストは、二人が脱退した後も柚木さん一人で存続しているが、今や
「あっちゃんは根が真面目で優しいから、最後までサークル抜けるか迷ってたけど、アタシがプロに進めって背中押した」
「それが正解だと思います」
世の中って意外なほど搾取する方とされる方で分かれている。
ずる賢く声が大きい人ほど前者に回りやすく、真面目で気が弱い人ほど後者に回りやすい。
「そんで、お前はこの一連の騒動の首謀者が誰かわかってんだろ?」
「ここまで言ってわからないはないですよ」
登場者”
「一応もう少し証拠集めてから動きます」
「なんか小狡いこと考えてそうだな」
「証拠揃えないと、白切られそうなんで」
「あー……あいつは正論で殴ると逆ギレするタイプだぞ」
「……それは困りますね」
「あいつを負かすなら、あいつの裏にいるネット住民ごと黙らせなきゃ、いつまで経っても中傷は続くぞ」
「裏のネット住民……」
確かに俺から真凛亞先生への誹謗中傷やめてくださいって言っても、柚木さんはそれを認めないだろうし、逆に悪化しそうだ。
「成瀬さん、なんで柚木さんは真凛亞さんを同人界に戻そうとしたんだと思いますか?」
もし柚木さんがプロに進んだ真凛亞さんを憎んでいて、炎上させて打ち切りに追いやったとしたら動機はわかる。だが、そこでわざわざ助け舟を出す意味がわからない。
「放火犯ってのは、燃えた跡地をどれくらい燃えたかな~? って確認しに戻ってくるんだよ」
「性格悪すぎません?」
「男はどうか知らんが、女は自分でいじめておいて助け出すことは結構ある。そうすると相手はイジメやめてくれた。いい人って誤認する」
「それDVと同じ理論じゃないですか?」
暴力やめてくれた→優しい!
いや、そうはならんやろと言いたいが、事実こうなることもあるみたいだし。
「多分だが、柚ポンはあっちゃんを社員に戻してワイルドフォレストの再起を図りたいんだろ」
「なるほど」
柚木さんが炎上した元仲間を引き取って、大々的にワイルドフォレストが活動再開したら美談に聞こえなくもない。
ネットは柚木さんのことを懐の深いリーダーと称賛するし、離れてしまったファンも帰ってくる。自作自演の効果としては抜群だ。
「柚木さんにとってはいいことずくめですね」
「しかもあっちゃんは柚ポンに頭が上がらなくなる。そうなると不当な搾取でも同人活動を続けざるをえなくなるしな」
「極論9:1とかでもやってしまうってことですね」
「あいつは強欲だからな。10:0でもおかしくない」
「帝愛グルー○じゃないですか」
「はは、確かにな……。ほんと引き止めてくれてサンキュ」
「いえ、問題はこれからですから」
どうやってこの炎上を鎮火させるか、打ち切りになってしまった真凛亞さんは一体どこに納まるのが良いか、問題は大きい。
俺が深く考え込んでいると、成瀬さんがズイッと顔を寄せてくる。
「お前さ……そんな真剣に考えてるけど、あっちゃんのこと好きなのか?」
「えっ、いや、お恥ずかしいながら俺も同人業界には興味がありまして。同人界で活躍してプロにいったって、ある種オタクたちにとっては夢叶えしヒーローじゃないですか。そんな人が、ネットの悪意に燃やされて引退に追い込まれるってのが許せないですよ」
「ほー……」
「真凛亞さんの手、ジャージの袖で隠してますけど、鎮痛湿布だらけですよ。マンガを愛して、プロとして戦った努力の証じゃないですか」
「……よく見てんな」
「成瀬さんもギターで出来た傷、指にいっぱいありますよね?」
「!」
そう言うと成瀬さんは恥ずかしげにさっと指先を隠した。
「ほんとよく見てんな」
「ビール缶掴んでるときから気になってました」
「そんな目立つのかよ~。スキンケアで隠すかぁ」
「隠さなくてもいいじゃないですか。努力の証はカッコいいと思いますよ」
「そう言ってくれる人ばっかりじゃないんだよ。爪は割れるし、血豆はできるし指汚いって結構言われるしな」
「ならその人は見る目がないのでしょう。夢に向かうために刻まれた傷を、汚いなんて言う人とは距離おいたほうがいいですよ」
そう言うと、成瀬さんは「生意気言うんじゃねぇ」と少し嬉しげな声で俺の首を腕で挟んだ。
それからしばらく、機嫌の上がった成瀬さんと話していると、静さんたちの話も落ち着いていた。
「うぃー、よーしなんかして遊ぼうぜぇー」
上機嫌の成瀬さんはグイッとビール缶を煽ると、フラフラの足取りで立ち上がる。
「大丈夫ですか? 完全に千鳥足ですよ」
俺は慌てて彼女の肩を支える。
「サンキュサンキュ、おぉ、やべ、なんか世界が二重に見えてきた。ハハハハハハハ」
「飲みすぎですよ。ベッドで寝て下さい」
「おーおー悪いな弟君よーアハハハハハ」
完全にデキ上がってるな。
さっき俺と喋ってる最中も5缶くらい開けてたしな。
ほぼ泥酔状態の成瀬さんは足をもつれさせ、ベッドへと倒れ込む。
「くかー」
「凄い音速で寝た……」
絶対男と飲みに行ってはいけない人だなこの人。
てか、抱きついたまま離してくれないんですけど。
「あの、成瀬さんが離してくれないんですけど」
「なる先輩、抱きつき上古ですから」
「なにそれ、そんなのあるんですか?」
泣き上古とか笑い上古とかなら聞いたことあるけど。
「親しい人にしか抱きつかないですけど、多分なる先輩あなたのこと気に入ってます」
「そりゃありがたいですが。離してもらう方法はないのでしょうか?」
「なる先輩筋力あるから、多分夜はずっとそのまま……」
それは凄く困る。
それとは別に、静さんがその手があったかと言わんばかりの顔をしながら、ビール缶に手を伸ばしているのが恐い。
「多分暑くなったら離してくれるかも」
「じゃあエアコンを強くして――」
暖房をガンガンにきかせているのだが、成瀬さんが離してくれる様子はない。
「ユウ君大丈夫?」
「う、うん大丈夫だよ。皆は暑かったら別の部屋に移動してくれていいよ」
「ダメよ、私もユウ君のために一肌脱ぐわ!」
一肌脱ぐとは物理的にらしく、静さんはセーターを脱ぎ捨て下着姿になると、成瀬さんに掴まれている反対側から抱きついてきた。
最近思うんだけど、この人脱ぎたがりじゃない?
「これで暑くなるんじゃないかしら」
「う、うん。すんごく暑い」
成瀬さんと静さんの肌にじっとりと汗が浮かぶ。
だが、これでも成瀬さんは俺を離してくれなかった。
「真凛亞ちゃん、あなたも手伝って!」
「は、はい!」
静さんに言われ、真凛亞さんは慌ててジャージを脱ぐと『粗品』と胸に書かれたネタTシャツ姿で、俺の上に覆いかぶさった。
「上から失礼します」
粗品のわりにふてぶてしい乳が頭に乗る。
「あ、暑ぅい!」
「頑張ってユウ君!」
ほぼサウナ状態。だがこれだけ暑くしても、成瀬さんはガッチリ俺の腕をホールドしたまま離してくれない。
「あぁ、あっちぃ……な。畜生」
おっ、離してくれそうか? そう思ったが、成瀬さんはタンクトップを乱雑に脱ぎ捨てると、またこちらに抱きついてきた。
あーこの人ブラジャーも脱いでるんじゃー。
柔らかい胸の感触が直に伝わり、状況が悪化しただけである。
右と左から乳が
「頭がグラグラしてきたんじゃー」
あれ? もしかして成瀬さんが離してくれなかったら、このまま一晩過ごすのか?
翌朝――
「あぁ……キモチワル……飲みすぎたわ……。ってか何この部屋、あっつ……」
起き上がった成瀬は周囲を見渡して眉を寄せる。
そこには下着姿の静と真凛亞に抱きつかれる悠介の姿があり、イマイチ状況が掴めない。
「なんで全員半裸で肉団子状態になってんだ?」
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