第116話 静とスランプ作家Ⅶ
成瀬さんが帰った後、柚木さんとアンチを紐付ける証拠を探していたところ、意外と簡単に尻尾を掴むことができた。
理由は単純で、どうやら柚木さんは真凛亞先生の家のwifiからアンチスレに書き込みをしていたらしく、真凛亞さんの持っていたwifiルーターからアクセスログが出てきたのだ。
ログには柚木さんのスマホ端末がどのページに飛んだが詳細に記録されており、ツイッターとアンチスレを頻繁に行き来しているのがわかる。
「人の家のwifiから2chの書き込みなんかすんなよ……」
黒の確たる証拠と、真凛亞さんの家で真凛亞さんの悪口を書き込んでいた柚木さんの図太さにため息が出る。
「とりあえず、この証拠持って話してみるか」
翌日――
俺は喫茶鈴蘭で柚木さんと待ち合わせをしていた。
彼女は何食わぬ顔で15分ほど遅刻してからやって来た。
「ごめんねー、ちょっと遅れちゃったぁー」
「いえ、お忙しい中すみません。どうぞ座って下さい」
柚木さんは俺の対面の席に腰掛けると、ペラペラとお喋り開始。
「んーここのコーヒーラテおいひぃ~」
「あの柚木さん」
「なぁーにかなー?」
「見せたいものがあります」
俺はプリントアウトした、ネットの使用履歴、アンチスレの書き込み、SNSでの書き込み履歴を見せる。
ふわふわした雰囲気を纏っていた、柚木さんの目が一気に鋭くなった。
「ん~な~にこれ~? 数字がいっぱい載ってるねぇ~?」
「それは真凛亞先生の家のwifiルーターの使用履歴です」
「ふ~ん? 説明されてもよくわかんないや」
「ここにはあなたのスマホが、どの時間どのサイトにアクセスしていたか記録が残っています。わかりやすく貴女がアクセスしたサイト名も記述しておきました」
「ん~? ツイッターはいいとして、同人界の汚物清汁郎を許すなスレ~? そんなの見たことないなぁ。仮にあたしのスマホから見てたとしても、多分間違って見ちゃっただけだよ~」
んなピンポイントでアンチスレにアクセスする間違いなんかあるかよ。
「いえ、意図的に閲覧してます。だってあなたはこのアンチスレに書き込みしていますから」
「言ってる意味がよくわかんないなぁ~」
俺がわかりやすく、掲示板のスレッドから抽出したコメントを見せる。
そこにはかなり酷い内容の誹謗中傷文と共に、タイムスタンプとユーザーIDが記載されている。
「この掲示板は書き込みを行うと、サーバーに書き込み情報を送信します。その送信履歴がルーター内に残っていて、あなたのスマホからこのアンチスレに何かを書き込みをしたことがわかります」
俺はアクセスログと、書き込み時間をわかりやすく比較する。
「この14時12分32秒のアクセスログと、掲示板の14時12分32秒のアンチコメントの投稿時間が一致してます。もっとわかりやすいので言えば、前回俺達と一緒にアシスタントをした日付を見ると、16時24分の”早く打ち切りになれ、3流マンガ家”のコメント。この時間、俺はあなたがトイレに行ってたことを記憶してます」
「…………」
「つまり、あなたはトイレからアンチスレにアンチコメを投稿していたんですよ」
「…………」
これだけわかりやすく証拠を残していたのは、真凛亞先生が機械に弱いと過信していたとしか思えない。
「――ということでご理解していただけましたか? アンチスレでの誹謗中傷、ツイッターで毒りんごというアカウントでトレパク騒動を起こし、炎上させたのは貴女ですよね?」
「…………」
柚木さんは困ったような、怒ったような顔をしながらログを眺めている。
「俺としては柚木さんの名前を明かさず、毒りんごのアカウントでトレパクはでっちあげでしたと謝罪してもらえれば、炎上は鎮火すると思います。そして事態が収束した後、こっそり真凛亞先生に謝罪してもらえれば、お互い傷は少なくて済むんじゃないかと思っています」
恐らく真凛亞先生も、柚木さんを追い詰めたいとは思わないと思う。
それならば、毒りんごという悪者に全ての罪を着せて、後は内々で謝罪して終わりにするというのが一番良い形だと思う。
真凛亞さんが連載を失ったことに対する謝罪をきちんとして、自分が放火犯だと伝えてほしい。
でなければ放火犯が燃えた家を見て、可哀想なんて言うのは間違ってる。
俺は真凛亞さんの為、元仲間の為お願いしますと、深く頭を下げた。
だが――
「……やってないもん」
「えっ?」
「そのアクセスログって、本当にあたしのスマホだって断言できるのぉ?」
「履歴は携帯キャリアの回線情報と使用地域しかわかりませんが、柚木さんのスマホってmocomoですよね?」
「キャリア情報しかわかんないんだったら、他にもmocomoのスマホを持ってる人いるかもしれないじゃん」
「いや、そもそも真凛亞先生宅のルーター使える人物なんて限られて……」
「ってか、確か三石先生もmocomoだよね?」
「そうですけど、これだけ真凛亞先生の過去や内情に詳しいのは貴女しかいないですよ」
「あたしじゃないもん! きっと三石先生がやったんだ! 君はわざとあたしを悪者にしようとしてるよぉ!」
泣きそうになりながら声を荒げる柚木さん。
無茶苦茶だこの人。成瀬さんの言ったとおり、逆ギレで乗り越えようとしてる。
「わかりました。じゃあ公平に静さんのスマホと、柚木さんのスマホ両方を調べましょう。そうすれば手っ取り早くインターネットの履歴と照合でき――」
言うが早いか、柚木さんは床に自分のスマホを叩きつける。
「えぇ……」
「落として壊れちゃった」
入念に踵落としを入れて液晶を破壊する柚木さん。
この人力技で証拠隠滅したぞ。
「とにかく、あたしじゃないからぁ! 今度変なこと言ってきたら訴えるからね!」
「ちょ、ちょっと! 待って下さい!」
「あたし原稿で忙しいの! 二度と連絡してこないで!」
早口でまくしたてると、柚木さんはいそいそと喫茶店の外に出る。
その去り際。
「このこと
彼女は遠回しに脅しをかけて、走り去っていった。
◇
その日の晩、俺は自室で苛立ちをおさえきれずにいた。
「くぅ、居直りタヌキめ……」
正直裁判所通してツイッターの方のIP開示請求とかやれば、さらなる証拠は出てくると思う。
だが、最強の言い訳「家族がやった」と言われると、マジで取り押さえようがない。
それに裁判所通したりすると、とにかく時間がかかる。聞いた話によると半年から1年位の時間を要するらしい。
そんなに時間がかかったらネットユーザーが炎上に飽きて、この事件に興味を失ってしまう。1年位した後、清汁郎先生はやっぱりトレパクなんかしてませんでした! と言ったところで皆「ふ~ん」くらいにしか思ってもらえないだろう。全焼してから鎮火しても遅いのだ。
「ここで謝ってくれれば、この話はこれでカタがついたのに」
そんな殊勝なタマなら、はなからネットリンチなんかしないか。
というか、逆ギレちゃぶ台返しとかありか? バーロで有名な探偵が、きっちり30分かけて犯人を追い詰めたのに、やってねーよバーカ! ってキレて逃げられたようなもんだぞ。
「ぬわーーーー、正論が通じない相手最強すぎる!」
俺が床に倒れてジタバタしていると、静さんがぬっと現れこちらを見下ろす。
サラサラの長い髪を俺の顔に垂らしながら、そのまま唇を近づけてきた。
「ん……」
「ちょちょ静さん何してんの!?」
「えっ? キス……待ちじゃなかったの?」
どこの世界に床でジタバタしながら義姉のキス待ちする弟がいるのか。
「ユウ君怒ってたから、ちゅーすれば収まるかなって……」
「俺は赤子か?」
「ごめんね、好きな気持ちがおさえきれなくて……」
「それはライクの話だよね!?」
「…………」
なぜ黙る。
俺は話をかえる意味で、かくかくしかじかで、尻尾を掴んだものの認めてくれなかったと今日あったことを伝える。
「そうなの、柚ちゃんにも困ったものね」
「真凛亞さんは?」
「部屋で新作の執筆を行ってるわ。でも、あんまりうまくいってないみたい」
俺たちはこそっと真凛亞さんの部屋にお邪魔して中を伺うと、そこにはデスクに向かい懸命にもがいている作家の姿があった。
「こんだけ頑張ってんだから、どうにかしてあげたいな……」
真凛亞さんの成功を心から願っていると、スマホが着信音を鳴らす。
「はい、もしもし」
『あたし』
「あぁ、
『ちょっとイイ話があるから教えてあげようかなって』
「なんだ?」
『今ラフレシア編集部なんだけど、清汁郎先生のことで揉めてて、炎上した作家を使うべきではない派と、よその雑誌にとられて人気が出たら嫌派がバチバチやってんのよ』
「まともに先生を応援する派閥はいないのか?」
『編集なんてそんなもんよ。それでなんだけど、今度ラフレシア含めたコスモスグループがプロアマ問わないマンガ大賞の作品を募集するの』
「ほう、大賞は賞金と連載枠って奴か」
『まぁそんな感じ。応募作品は全部Webで公開されて、読者投票が行われるの。これにアンタの言ってた柚木さんが応募するのよ』
「ほー、そりゃ面白い」
『あたしの言いたいことわかった?』
「わかった感謝する」
俺は月に礼を言って通話を切った。
「どうしたのユウ君?」
「静さん、正々堂々正面から柚木さんを倒そう」
マンガ大賞で真凛亞さんの作品と柚木さんの作品をぶつかり合わせ、ネットのアンチ共々ねじ伏せる。
1位をとれば、編集部も
炎上中の作家がweb投票で1位をもぎとるというのは、かなりの逆風だが、これが炎上鎮火の一番の早道だ。
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