第117話 静とスランプ作家Ⅷ

「最近」

「悠介君が」

「自宅に」

「女を」

「連れ込んでいると」

「タレコミが」

「「あった」」


 ローテーショントークを繰り広げる火恋と雷火は、険しい表情をしながら悠介のマンション前に立っていた。

 謎の情報屋I野から受け取った話では、彼のマンションから黒マスクにジャージ姿のパンクロッカーみたいな女性が出てきたとのこと。


 二人の頭によぎるのは(まさか……また増えたのか?)という思い。


 姉妹は顔を見合わせ頷きあうと、インターホンを鳴らす。それと同時にけたたましくドアを叩いた。


「「開けろ、ヒロイン警察だ!! 新しいヒロインが増えてないか調査する!!」」




「はい」


 昔の借金取りみたいに激しく叩かれたドアを開けると、そこにはすこぶる笑顔の雷火ちゃんと火恋先輩の姿があった。


「うげ」

「フフフ悠介さん、うげってなんですか? うげって?」

「仮にも許嫁に言う言葉ではないよね」


 二人は不気味なくらいニッコニコな笑顔でこちらを見据える。

 まずい、この顔は浮気に勘付いているが、自白するまでわざと泳がせている嫁の顔だ。

 彼女たちとそこそこ付き合いの長い俺にはわかるんだ。


「お部屋、お邪魔しても大丈夫ですか?」

「いや、今日はちょっと……いろいろ立て込んでて」

「ではいつなら大丈夫なんだい?」

「2週間後くらい?」

「「長い」」

「わたし達に隠れて何してるんですか? 学校でもずっと何か考え事してますよね?」

「いや、その、最近のマンガ業界の流行をオタクとして考察する時間をうんぬんかんぬん」

「「あやしい」」


 ズイッと顔を寄せる二人。

 くっ、誰だ俺を売った奴は。

 冷や汗をかきまくっていると、後ろからマスクをつけた静さんが顔を出す。


「あらあら、皆来てたの? ちょうどよかったじゃない、ユウ君二人にも手伝ってもらったらどうかしら?」

「真凛亞さん大丈夫かな?」

「きっと大丈夫よ。私から言ってきてあげるわ」

「ありがとう。じゃあ二人共、部屋に入る前にこれとこれをつけて」

「マスクと」

「サングラスですか? なんですか、この雑な変装セットみたいなの」

「今ちょっと配信のテストやってて」

「「配信?」」


 二人を中へと引き入れると、部屋の中でカメラの調整を行う真凛亞さんと初対面する。

 真凛亞さんは雷火ちゃんたちに気づくと、恥ずかしげに会釈する。


「……こんにちは」

「こんにちは……悠介さんこちらは?」

「えっと、ペンネーム清汁郎で活動されてるマンガ家の麻倉さん。真凛亞さんこっちは俺の許嫁の伊達雷火ちゃんと、火恋先輩です」

「ど、どうも……」

「なんだマンガの先生ですか」

「つい新しい女ができたんじゃないかと心配してしまったよ」


 アハハハと笑う伊達姉妹。


「安心して、ユウ君は真凛亞ちゃんに裸で抱きつかれても何もしない紳士だから」

「あ、あう三石先生……あれはなる先輩が裸で抱きついてたから」


 伊達姉妹が石化し、ピシッとヒビが入った。

 その後火恋先輩に「また新しい女の名前がでてきたねぇ~」とコブラツイストをかけられた。「なる先輩って誰なんですか!」とレフェリー役をやる雷火ちゃんたちに誤解であると弁明した。



「どこから説明しようかな」


 俺は痛む体をおさえながら、二人に今までの経緯をかいつまんで伝える。


「なるほど、元同人仲間にハメられて炎上。連載も打ち切り」

「本人は証拠が揃ってるのに逆ギレして逃げたって酷すぎますよ!」

「濡れ衣を晴らす為に、今度コスモスグループが行うマンガ大賞に応募しようってことになったんだ」

「そこでライバルの柚木さん? って人を倒そうってことですね」

「倒すっていうのはちょっとニュアンスが違うけど、大賞をとってマンガ界に復帰したいなって話」


 真凛亞さんは俺の説明にコクリと頷く。


「なるほど。私はあまりネットには詳しくないが、その逆風の中大賞をとればアンチとやらも口をつぐむほかあるまい」

「わたしたちもできることがあれば協力します!」

「ああ、なんでも言ってほしい」

「……ありがとう、ございます」


 ペコリと頭を下げる真凛亞さん。


「そうだ悠介君、最初に言ってた配信テストってのはどういうことだい?」


 火恋先輩に聞かれ、俺はデスクに置かれた小型のカメラを指さす。


「今回マンガの作業を全部配信しようと思ってるんです」

「配信って動画サイトにってことですよね?」

「うん、そう。今真凛亞先生にはトレパクの嫌疑がかけられているから、このまま応募してもまたトレパクしてるって難癖をつけられるのはわかってる。だから作業内容を全部公開することで、トレパクなんかやってませんって証明するんだ」


 極端なことを言うと、配信をつけてないときは作業をせず、証拠を残すことでアンチの攻め入る隙きを減らそうという算段だ。


「でもそれだと、動画見た人漫画の内容全部わかっちゃうってことですよね?」

「まぁそうなるけど、今炎上してるってところを逆手にとって注目度にかえちゃった方が良いかなって」

「なるほど、言い方は悪いが炎上マーケティングというやつだね……」

「こっちは放火された側ですけどね。でもその風評被害をエンタメにしてしまった方が、アンチも新規もとりこめるんじゃないかと思います」

「なるほど。それで皆マスクをつけているんだね」


 火恋先輩は電源の入っていないカメラに向かって手をふる。

 配信自体はネームが完成してからの予定なので、マスクを付けるのはちょっと早かったかもしれない。


「それでママ先生が言ってた協力してほしいことってなんですか?」

「ん~とね、これを見てほしいんだけど」


 俺はスマホに映った、コミックガーベラマンガ大賞の募集要項を見せる。

 フレッシュでオリジナリティのある次世代のマンガを~などという、よくある前置きは飛ばし、必要な箇所を見せる。


[コミックガーベラマンガ大賞――


 賞金:大賞10万円 佳作3万円 審査員特別賞3万円。


 募集ジャンル:少年ファンタジー部門(異世界、異能)、ラブコメ部門、SF部門、コメディ部門、4コマ部門。


 ※プロ、アマ経験問わず未発表のオリジナル作品に限ります。

  受賞者は編集部によりコミックガーベラで連載検討!!]


「なんか……気のせいかしょっぱい大賞ですね」

「うむ、私も大賞は100万くらい出るのかと思っていた」

「300万くらい出るとこ多いんですけどね。このガーベラというのが、コスモスグループの新規レーベルらしくて。あんまりお金ないみたいです」

「お金ないにしても、10万円で原稿募集しようとするってどうかと思いますよ」


 雷火ちゃんの正論にぐうの音も出ない。


「あとこの受賞作品は連載”検討”ってのも胡散臭いですね。連載決定くらい言ったら良いのに」

「そ、そうだね」

「でも逆を言うと、ライバルは少なくなってくれるんじゃないかしら?」


 静さんの言葉に頷く。

 応募慣れしているプロやセミプロみたいな人は、この要項を見たら地雷臭を感じて応募しないと思う。


「この中で柚木さんは少年ファンタジー部門に応募するみたいなんだ」

「良かったですね、コメディ部門じゃなくて」


 確かに。コメディ部門だと、原稿公開しながらやったらネタも落ちもバレて悲惨だっただろう。

 むしろコメディマンガを配信しながら執筆するのがネタまである。


「それで今困ってるのが、真凛亞さんは今まで同人商業誌含め、エロ漫画しか描いたことがなくて一般作を描くのが初めてなんだ」

「お恥ずかしいです……」

「生粋のエロ漫画家ですね。清々しくてわたしは好きです」

「ってことで、ネタ出しをお願いしたいんだ」

「少年誌のアイディアの引き出しが……あまり……なくて」

「少年ファンタジーというのは、具体的に言うとどのようなものになるんだい?」


 俺は火恋先輩の質問に、実際にコミックを出して説明する。


「えっとですね、ドラグンボールみたいな超人系とか、ワソピースみたいな異能ファンタジー系、最近では鬼殺しの刃なんかが有名ですね。先輩の好きなリリカルサザンカちゃんも多分このジャンルです」

「なんで私の趣味を暴露したんだい?」

「やっぱり少年ファンタジーとあって、アクション系が多いですね」

「ただ範囲は広いみたいで、ファンタジーと言いつつ日常系でも良いみたいなんだ」

「日常系ってコチ亀みたいなのですか?」

「そうだね」

「まぁあれも部長と両さんのやり取りがファンタジーみたいなとこありますしね」


 ぶっちゃけ面白ければなんでもいいってことかもしれない。

 ここはプロの意見を取り入れよう。


「静さんのネタ決めってどうやってるの?」

「ん~と、とにかくいっぱいネタになりそうなワードを書き出して、それを後から選んで組み合わせてるかな」

「なるほど、じゃあ皆でテーマと主人公、敵キャラの3つのワードを書こう」

「わかりました」


 それから俺たちは思いついたネタを書き出し、テーブルに伏せた状態で並べる。


「よし、右側がテーマエリア、真ん中を主人公エリア、左側を敵キャラエリアにして並べたので、これをランダムに引いていきましょう」

「なんか神経衰弱みたいでワクワクしますね」

「じゃあ真凛亞さん、テーマをどうぞ」

「ん……」


 真凛亞さんが引いたカードを見ると『愛』と書かれていた。


「あっ、それ私ね」

「静さんのか。王道でイイね。じゃあ次、雷火ちゃん主人公引いてみよう」

「あっ、はい」


 雷火ちゃんが引いたカードには『侍』と書かれていた。


「それは私だな」

「火恋先輩ですか」

「ちなみに私はテーマを復讐、主人公を侍、敵を悪代官にした」

「なるほど時代劇ものとして一本ストーリーがありますね」


 今回のテーマは愛だから、時代劇ラブ浪漫活劇なんてのも面白いかも。


「じゃあ最後、敵役を静さんに引いてもらおうか」

「は~い」


 静さんがカードを引くと『サイボーグ』と書かれていた。


「一気にSFになったね……」

「すみません、それわたしです……」


 雷火ちゃんがおずおずと手を挙げる。

 彼女はテーマを過去改変、主人公をタイムトラベラー、敵をサイボーグにしたらしい。


「ちょ、ちょっともっかいやり直しましょうか。暴れん坊将軍VSターミネーターも面白いんですけど、イロモノ臭が強すぎますので……」

「そ、そうですね」

「時代劇とSF……両方調べるの大変なので助かります」


 気を取り直して第二回。

 全員カードを入れ替えて挑戦。


「今度は真凛亞さんに全部引いてもらいましょうか」

「はい」


 真凛亞さんは並べられたカードを伏せたまま三枚引く。


「ではテーマをどうぞ」

「……真実の愛」

「あらあら2回連続で私ね♪ ちなみに主人公は姉弟で、敵は世間にしたの」


 深くは突っ込まないから。

 下手に藪を突いたらベッドに引きずり込まれそうだ。


「今度は敵役から決めましょうか?」

「はい、ではこれで」


 真凛亞さんは伏せられたカードをめくると『チンパン』というカードを持っていた。


「「「…………」」」

「ごめんなさい、それわたしです……。テーマは脱出で、主人公は宇宙飛行士でした……」


 それチンパンの惑星やな……。雷火ちゃんSF好きやな……。


「…………やり直します?」

「最後までやります」


 真凛亞さんが3枚めの主人公カードをオープンすると『中世貴族』と書かれていた。


「……ごめん、それ俺です」


 ちょっとwebの転生小説系意識しました。


「中世貴族とチンパンって、これ奴隷を猿扱いする悪役の話では?」

「ダメだ、絶対真実の愛なんか芽生えん」


 その後何回やってもいい話にならない為、真凛亞さんが直接選ぶことにした。

 今思うと、なんでランダム性を持たせたのだろうかと疑問だ。

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