第118話 静とスランプ作家Ⅸ
「あ~あ~、あの子あっちゃんに話しちゃったかな~話しちゃうよね~。せっかく可哀想なあっちゃんを引き連れて、ワイルドフォレスト復活考えてたのにな~」
ま、いっか。
柚木はしょうがないと割り切って、アンチコメを書き込むための捨て垢を作成していた。
そんな中ツイッターにDMが届く。
『柚子の木には世話になってるから名前使っていいぜ(´ε` )b』
「やったー和田先生優しい~。おっ、丸内先生からもOK来てるじゃん」
捨て垢づくりの手を止め、自分のツイッターアカウントを開くと『関西より和田先生が緊急でアシスタントとして参加してくれました! 更に九州より丸内先生も応援にかけつけてくれました! これで百人力! 千人力~! #ガーベラマンガ大賞 #拡散希望 #和田先生 #丸内先生』
該当の人物がアシスタントとしてやってきた事実はないが、SNSで”来てくれた”、”行ってきた”と両者で疎通がとれていれば9割のフォロワーは信用する。
なぜそんな無意味なことを? と思われるかもしれないが、そうすることでお互いの持っているファン同士がツイッター内を行き来し、ファンのシェアを行うことができる。
またファンの中には、この人のツイートならなんでも
これこそが柚木の一番の強みである、人間同士のネットワークを駆使した広報戦術。
嘘もバレなければ嘘ではない
彼女のツイートにはポコポコといいねやRTの数字が上がっていく。
コメント欄にも『和田先生参戦!?』『すげぇ豪華メンバーwwww』『アマチュア絶対勝てなくて草』などのコメがツリー状に並ぶ。
「あぁ気持ちー。もっと褒めてほしー」
ハートの数が増えるだけ幸福指数の上がる柚木だったが、その中で気になる感想が書き込まれる。
『じゃあ元ワイルドフォレスト対決ですね!』
フォロワーの一人から寄せられたコメント。これはどういう意味だろう? そう思いツイッターを漁ると、3日ほど前から、真凛亞が同じマンガ大賞に応募しようとしていることを知る。
「え~あっちゃんいくらお仕事ほしいからってそれは悪手だよぅ~。ちゃんと今自分が燃えてるって自覚あるぅ~?」
案の定真凛亞の、『ガーベラマンガ大賞に応募します』と書かれたツイートには『いいから謝罪しろ!』『トレパク野郎!』『また誰かのパクるんですか?』などのアンチコメが連なっている。
「いいね~、あたしが煽らなくてももう攻撃してるじゃ~ん。そんじゃあたしも捨て垢使って、トレパクマンガ家を許すなとか書いておこうかな~」
コメントを打ち込んでいると、タイムライン上にポンと真凛亞のツイートが更新される。
『コミックガーベラマンガ大賞用の作品を執筆中。作業風景全編配信します#3』
と書かれた動画サイトへのURLが投稿される。
「……は?」
柚木は我が目を疑う。お前絶賛炎上中ぞ? そんなことしたら動画内がアンチの社交場になるのは目に見えている。
しかも#3ということは既に3回目ということ。今頃アンチがファンを駆逐し、焼け野原となっていることだろう。
「あらあらあっちゃんどしたの? 連載打ち切りになって自棄になっちゃったかな?」
どれどれ、どれくらい炎上してるか地獄の釜を見に行きますか。
そう思いツイッターのリンクを踏んで動画画面に飛ぶと、リアルタイムで原稿を執筆している風景が映し出されている。どうやらカメラで直撮りしているらしく、画質は荒いものの淀みなくペンを動かす様子が配信されている。
さすが炎上中とあり視聴者数4000とかなり多い。
さぞかしコメント欄は荒れていることだろう。
そう思ったが、動画プレイヤー横のコメント欄は全く動いていない。
疑問に思っていると、コメントがチラリホラリと流れる。
『Rはやめろ!』
『Rに効果線は荷が重い!』
『あの子は定規使ったことない子なんですよ!』
『せめてY! 最悪Yにして!』
『S先生なんとかして下さいよぉぉぉ!!』
なにこのコメント? なんで動画と一切関係ない内容が流れているのか?
荒らしによる攻撃だろうかと思ったが、その割には内容が統一されすぎている。
一体何を見て……。疑問に思っているとどうやら別枠をとっているらしく、清汁郎先生のメイン放送の他、アシスタントYの放送、Rの放送、K先輩の放送、S先生の放送と4っつ配信枠がある。
その中の一つ、Yの放送に1万人規模の人間が集まっていることに気づく。
ここで何かしてるなと勘付いた柚木は、すぐに関連動画からYの放送に飛ぶと、白熱するマ○カー対決が行われている。
「なに……これ……? なんでゲームしてんの?」
付随するコメント欄の勢いは早く『やめろR! なんでお前そんな速いんだよ!』『早く雷落とせ! 奴がゴールする前に!』『S先生2位になって!』などなど、目では追いきれないスピードで流れていく。
壮絶なレースバトルが決着すると、画面がゲーム画面から実写画面へと切り替わる。
そこにはゲームをプレイしていたらしき、額にアルファベットの書かれた覆面をつけた男女5人が映し出されている。
顔を隠すためというのはわかるが、全員全身タイツを着ているため、シュール感と底辺Mutyuber感が凄い。
「はい……。では順位は1位アシスタント
勝ったはずのRとYは酷くうなだれている。
コメント欄にも『終わった』『一番のゴミペア』『地獄コンビ再来』と流れている。
「というわけで、今回の4ページ目と5ページ目はRとYがアシスタントを担当することになりました。皆さんは引き続きRとYの放送ページでその模様を御覧ください」
どうやら先程までのゲームは、誰が出来上がったページのアシスタントをするかを決めていたらしく、勝った二人がやることになっているようだ。
ただ反応から見ると、このRとYはアシスタント性能が低いようで視聴者からの落胆が見て取れる。
試しにRの放送を見に行くと、映し出された手が激しく震えており、凄まじい緊張感がこちらにも伝わってくる。
『深呼吸、深呼吸しろ!』
『定規はさっき使っただろ!』
『一気に引くんだぞ! また線がガタってなるぞ!』
凄まじい励まし&指示厨の数。
「わかってますよ。これでもわたしは飛び級して、アメリカの大学を既に卒業――」
シャッ←効果線がコマの枠からはみ出す音。
「はっはっはっはっはっはっはっ(過呼吸) やっちゃったやっちゃった」
『またやりおった!』
『大学マウント意味ねぇ』
『早く先生に謝れ!』
「Yさん! Yさん助けて!!」
Rが助けを求めたYの配信に画面を切り替えると、こっちはこっちでベタがコマから飛び出していた。
「はっはっはっはっはっはっはっ(過呼吸) やっちまったやっちまった」
『お前もかよ!!』
『悪夢再び』
『駄目だこいつら』
RとYが大惨事になっている中、S先生とK先輩の放送を見てみると、二人は仲睦まじく料理放送を行っていた。
「S先生、どうでしょう?」
「うん、美味しい。でももうひと手間加えればもっと美味しくなるわ」
「なるほど、その技術を教えてください」
「ここに一般家庭のどこにでもある、亜鉛とマカとすっぽんを入れるの」
「だ、大丈夫ですか? かなりの量を投入されましたが」
土鍋の中にぷかーっと浮かぶすっぽんの甲羅。
「ウチはいつもこれくらい入れてるから大丈夫よ」
「な、なるほど……」
『こっちは別の意味で地獄だ』
『すっぽん普通の家にねぇよ』
『美味そうなのが腹立つな』
『What are you cooking?』
これには海外ニキも困惑。
視聴者コメントを合わせてみると。
清汁郎先生――メイン放送の主。ネット界で炎上した人物。絵が上手い。物静か。原稿汚されても怒らない。
アシスタントY――この中で唯一の男。基本的に雑務、進行役を任せられる。アシスタントとしてのスペックは平均的だが、リカバリ能力が低い。しかしなぜか他のアシスタントは、トラブルが起きるとYを呼んで解決しようとする。
アシスタントRちゃん――アシスタント内最年少で、高学歴オタクらしい。不器用でマンガの腕は壊滅的。アシスタントメンバー内で一番の爆弾と見なされているが、とても丁寧でがんばり屋さんなので、既に応援する派とトラブル起こしてほしい天の邪鬼派が存在する。ゲームの腕前が良いため、よくメインアシスタントに起用される。
アシスタントK先輩――とても器用でトーン貼りなど細かい作業が得意。ただ職人気質で仕事が遅い。ゲームの腕がからっきしで、なかなかアシスタントの出番が回ってこない。放送内では調理担当と化している。皆口には出さないがおっぱいが大きい。
アシスタントS先生――何をやらせても早く完璧な仕事をする。視聴者全員この人にやってほしいが、Kと同じくゲームがあまり上手くないのでなかなかアシスタントの番が回ってこない。皆口には出さないがおっぱいが凄く大きい。
それぞれのアシスタントが持つカメラが、マンガ作成風景を漏れることなく撮影している。ドタバタとした雰囲気が受け入れられ、動画内評価数も好評が不評を上回っている。
「ナニコレ、なんで皆に受け入れられてんの?」
この前まであんなにボーボー燃えてたはずなのに、なんで皆忘れちゃってんの?
なんで、なんでこんな楽しそうなバラエティみたいなことしてるの?
柚木は自身の爪を噛むと、動画サイトにて大量の捨て垢を作り始める。またSNSで大物作家に向けて、イマジナリーアシスタントになってくださいとDMを送るのだった。
「勝手に許されるとか許さないから……」
彼女のメガネには、モニターの青い光が反射していた。
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