第119話 静とスランプ作家Ⅹ
「マンガとはなかなか苦しいものなのだな」
プルプルと震えながらアクションポーズを決める火恋先輩。
現在彼女は片手で逆立ちをしながら、脚をピンと伸ばし開脚した状態で硬直している。
真凛亞さんの要望で、デッサン用のリアルアクションフィギュア化しているのだ。
「凄い体幹……その格ゲーポーズよくリアルで出来ますね」
火恋先輩の体を参考に、音速で下書きを描き上げていく真凛亞さん。
「鍛えているので」
フフンとドヤる火恋先輩。ポーズはカッコいいのだが、いかんせん全身タイツに覆面という
俺は放送している動画を確認すると、コメント欄も『すげー』『アクション女優?』『バレリーナ?』など驚きの声多数。
「凄いですよK先輩。視聴者もカッコいいって」
「はは、そうかい? これでも淑女だからね」
おだてられて逆立ち片手で懸垂する火恋先輩。ほんとすげぇ、Z戦士の特訓風景みたいだ。
あと淑女はツッコミ待ちか、それともただの天然なのか。
「次……ジャーマンスープレックスしてる姿みたいです」
「わかりましたY君。こっちに」
ナチュラルにベッドの上に手招きする火恋先輩。
「あのK先輩、別に実際にやらなくても良いのでは?」
「リアリティのある絵を描いてもらいたいだろう? 幸い私にはその身体能力がある」
「俺にとっては幸いというか災いという感じですが」
「では協力したまえ、行くよ」
「えっ、ちょっまだ心の準備が」
火恋先輩は俺の胴に手を回すと思いっきり後ろへと放り投げる。
「あー↑あー↓」
華麗なブリッジ式ジャーマンが決まり、俺の頭はベッドに突き刺さる。
「……凄い、面白い」
この人今面白いって言ったな。
「先生、ほんとにジャーマンするシーンが作品内にあるんですよね!?」
「次……キャメルクラッチ見たいです」
「わかりました」
「先生、それ興味本位でプロレス技見たいだけじゃないですよね!?」
「…………違います、資料……です」
ほんとだろうな!? 今結構間があったぞ!
『草』
『草』
『草』
俺と火恋先輩、清汁郎先生のリアルデッサン授業の配信中、コメント欄は9割がた草まみれになっていた。
ただ残り1割が『しねしねしねしね売名女』『おもんな』このような中傷コメントだった。
それを見た普通に楽しんでいたユーザーが『おもしろくないなら帰れ』とコメント欄で喧嘩を始め、その喧嘩を止めようとする自治厨が『荒らしに反応すんな』と荒らしに反応して、3すくみでいがみあっている。
一応この放送は、アンチの人にも清汁郎先生の真面目な姿を見てもらおうという意味合いがあるので、気に入らない奴を片っ端からブロックというのはしたくない。
そんな中、ダラッと流れる赤文字のアンチコメに顔をしかめる。
「柚木さんも頑張るな」
#3の配信後くらいから急に荒らしが増え始めた。多分この辺りで俺達の
俺は柚木さんのスマホ情報を元に、彼女とおぼしきIPは赤文字で表記されるアプリを雷火ちゃんに作ってもらっていた。そのおかげで動画サイトのコメント欄に赤字が流れまくると、柚木さんが荒らしに来ているのだとわかる。
恐らくこの画面の向こうで、必死こいてコピペした荒らしの文を貼り付けまくっているのだろう。
赤字がズラーッと流れていくのを見ると、怒るより呆れてしまう。よくまぁ一人でこれだけコメントが打ち込めるものだ。
「柚木さんのこの粘着性、マジでねらーの化身みたいな人だな」
そんなことしてる暇あるなら、自分の作品のブラッシュアップしたらいいのに。
さぞかし般若みたいな恐ろしい顔つきで、アンチコメを打ち込んでいることだろう。
こういうのは無視が一番効くので無視だ。
「YさんYさん見て下さい! わたし集中線うまくなったと思いません!?」
嬉しそうにマンガのコマを見せてくる雷火ちゃん。
ほんとだすげぇうまくなってる。でもこれ俺のベタフラッシュと一緒で、日常生活で活かす機会が欠片もない。
いや、荒らしによって荒んだ俺の心が癒やされたので意味はあるな。
雷火ちゃんが天狗になるくらい褒めていると、真凛亞さんが控えめに声を上げる。
「あの……そろそろ背景とモブ担当を……決め……たいです」
彼女の言葉に、俺たちに戦慄が走る。
ベタや効果線は別に良い。ほとんど作業と言っていい内容だし、ぶっちゃけ誰がやっても大してかわらない。
ただ、背景やモブ描きは別だ。直接原稿に自分の絵が掲載されてしまう。
「戦闘中のページなので、後ろに瓦礫を適当に。あと負傷した人が数名いるといいかなと思います。モブの服は鎧がいい……かな」
先生の指示にダラダラと汗をながしていると、雷火ちゃんはキラキラのお花トーンを持って俺に訴える。
「…………スクリーントーンで誤魔化しません?」
「戦場でそんなキラキラの花咲いてたら頭おかしなるで」
「じゃあもう雷の効果トーンでそれっぽくしたらいいんじゃないでしょうか」
トーン便利と雷トーンを手に持つ雷火ちゃん。
典型的な背景描けないマンガ家の考えである。
「戦闘中雷ばっかり落ちてたらおかしいて。それにマンガ大賞に送る作品で、そんなわかりやすい手抜きしちゃダメだよ」
「で、ですよね……」
俺と雷火ちゃんは顔を見合わせて、腹を決める。
「「すぅー…………チキチキ! 勝ったら背景&モブ描き! アシスタント絵心対決!」」
「「イ、イェー?」」
無理やりのっかる火恋先輩と静さん。
「ルールは単純、アシスタントの中で1番絵が上手かった人が背景&モブ描き担当!」
『ひよんな』
『いつもどおりゲームで対決しろ』
『S先生の圧勝だろ』
『ルール変わってんぞ』
視聴者の罵声など知ったことではない。俺達の落書きを大事な作品に載せられるか。
そんな話をしていると、玄関からキンコーンとインターホンの音と共に生贄がやってきた。
「うぃーっす、遊びにきたぞー」
「あっBGM担当の
「お前らなんか配信やってんな。先輩としてアタシがノウハウを教え――」
「確保!!」
ギターケース片手にやって来た成瀬さんの頭に、Nの書かれた覆面を被せる。
「ふがっ、何すんだお前ら!!」
「これから貴女の下手くそな絵を、1万人の視聴者に晒してもらいます」
「地獄じゃねぇか!!」
「ウフフ、わたしたちもやるので安心してください」
「一緒に死んでくださいにしか聞こえねぇよ!!」
『変なのが増えた』
『声がヤンキーだ』
『あれもしかしてサ胸釣りのなるるじゃね?』
※なるる:成瀬のMutyubeでの活動名。
◇
動画の様子をギリギリと歯噛みしながら見つめる柚木。
「ぐぐぐぐ、こんだけ荒らしまくってるのに全然反応しないしぃ。あたしのコメント見えてないとかないよね?」
視聴者の数が増える度に、ギリギリ親指をかじり彼女の爪はノコギリ状に欠けていた。
この動画配信が始まってから、明らかにツイッターでもアンチの勢いが落ちている。
恐らくだが動画を荒らしに行ったアンチたちが、逆に取り込まれてただの視聴者になり下がっている。
「ミイラとりがミイラになってどうすんのよぉ、このダボがぁ」
もともとネットで他人を煽る人間なんて移ろいやすいもので、どれだけ憎いと思っていてもいざその人の話を聞いてみると「なんだいい人じゃん、もっと悪人だと思ってた」と、あっさりアンチのマスクを脱ぎ捨ててしまうことも多い。
恐らく、このコメント欄で『N絵下手くそすぎるwww』『Rにモブ描かせようぜ』などと、全力で放送を楽しんでいる人間の内何人かは元アンチだったと見て間違いない。
「勢いあるし、荒らしコメ程度じゃ止まんないじゃ~ん……」
同接カウンターは1万2千を越え、日増しに視聴者数が増えていっている。完全に視聴者が居着いてしまっているのだ。
「炎上してるから絶対負けないと思ってたのに、このままじゃ炎上<知名度になって、いずれ世論が覆っちゃうじゃ~ん」
そうなると一番まずいのは、炎上そのものの原因であるトレパクを冷静に検証し始めるものが増えること。
これまではアンチ達のネットリンチによって、真実を封じてきたが、このままではアンチが敗けむしろ寝返るまである。
「ここの視聴者奪わないと……」
ライブを見ていてピンと頭に閃く。
「……目には目を、配信には配信をってね。どっちが人気者か勝負しようよ」
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