第120話 静とスランプ作家Ⅺ
それから数日後、視聴者からパクリでてますよとコメント欄で教えてもらった。
どういうことだろうかと思って載せられたURLから見てみると、そこでは柚子chという柚木さんがメイン放送を務める動画配信が行われていた。
『みんなー柚子チャンネルにようこそ~。これからガーベラマンガ大賞に応募する作品を描いてくからチェックしてね~』
俺達と全く同じ構図の放送が行われており、彼女の後ろに4人の女性が並ぶ。
どうやら綺麗どころのアシスタントを集めてきたらしく、とても華やかだ。
『なんと~今回のマンガ大賞作品、ページごとにアシスタントをかえていきます! このメンバーの中からゲームで勝った人が担当するよ~。マ○カ~対決とかあるからそっちも注目ぅ~』
「す、すごい。配信レイアウトから企画まで全部被せてきた……」
清々しいほどにパクりだが、まぁ同じ目的で配信しようと思ったら似通うこともあるだろう。
そう思っていると、なぜか後ろのアシスタント女性が服を脱ぎだす。
『初回放送は全員水着でアシスタントしてくれま~す! 今他でやってる清汁郎……マンガメイク配信より100倍面白いと思うんで~良かったら好評価、チャンネル登録お願いしま~す!』
マンガと水着なんも関係ないやろ。エロで上位互換に立とうとしてるなこの人。
しかも思いっきり清汁郎先生ライバル視されてるみたいだし。
まぁ俺達は気にせず配信を続けていこう。
――数日後
久しぶりに柚子チャンネルを覗きに行くと。
『今日は人気ゲーム実況者ボッチマンさんに来てもらいましたイェーイ!』
『どうもーボッチマンでーす。ウィッシュ!』
どうやらMutyubeで人気の実況者を呼んできたらしい。凄い人脈だな。
「ただ……ボッチマンって誰だろ」
俺の知ってる有名実況者とちょっと名前違うんだよな。バッタもんかな?
『さらに今日は~サプライズでなんと、アクション斎藤さんも来てもらってますぅ!』
こっちはほんとにわからない。Mutyuberかどうかすらもわからない。
『どうもハッスルマッスル! ハスマスでおなじみのアクション斎藤です!』
全くお馴染みでない挨拶で困る。多分無名のMutyuber、もしくは芸人だろう。
彼女の過去動画を見てみると、わりかし有名なMutyuberとコラボしてる。というかコラボしかしておらず、彼女一人で出ているものは一つもない。
「ってか水着アシスタントはどうなったんだ? ぶっちゃけそれ見たさで見に来たまであるのに」
一番最初の動画まで遡ると、この前見た第一回目の動画がなくなっている。
その次に公開された動画で【悲報BANされました】と、ライブ中に一時BANを食らって動画が消されたらしい。
どうやらMutyube君のAIが、エロ動画と勘違いして削除したらしい。
「そりゃそうだよな。そんなことしたら、どこまで脱げるかのチキンレースみたいになってくるしな」
さすが童貞と噂されるだけはあるMutyube君。エロに厳しい。
恐らくそのせいでコラボ方針に切り替えたのだろう。転んでもただでは起きない人だ。
それから数日、再び柚木さんの動画を覗きに行くと――
『今日のオススメカップラーメンはこちら! 博多明太ラーメンドカ盛り背脂牛脂乗せ! じゃあお湯を入れま~す』
なんだこれ? なんでこの人カップラーメンの食レポやってんだ。
『ん~いい匂い~いただきま~す。ズゾゾゾゾゾ。ん~おいひぃ~モッチモチ麺。あっ、原稿も進めますよぉ~。その前に7イレボンで買った、板チョコのレビューもするね』
コンビニ飯の食レポついでに原稿やってる……。
どうやらコラボの宛がなくなった後、
「もうこの人何したいのかわかんねぇな……」
それから更に数日――
『はいどうも~柚子チャンネルです。今日ご紹介するのはvonovo製ゲーミングノートPCVC-3000です。このパソコンはグラフィックボードに最新のものを搭載し、3Dレンダリング機能がとても強いです。最新のネットゲームでもサックサク~』
いや、サックサクじゃないだろ。なんで企業から案件貰ってるんだよ、原稿描けよ。
再び柚子チャンネルの過去動画を一覧にして見てみると、宝くじ1000枚買ったったwwwとか、10万円の寿司食ってみたwwwとか、マンガの原型すらなくなっている。
「どうしてこうなった……」
か、完全に自分を見失っている……。
◇
柚木さんが迷走している中、真凛亞先生の原稿が完成。それと同時に俺達のマンガメイク放送は最終回を迎える。
成瀬さんを交えて、全身タイツの男女6人が並んでカメラに向かう。
現在の視聴者数は1万7千人と、過去最多を記録。最後とあって今まで見てくれた人たちが集まってきてくれているようだ。
アンチやファン、初見が入り混じってコメント欄の流れは早く、目で追うことも難しい。
「あの……皆さんのおかげで、原稿完成しました。ありがとうございます」
中央に座る真凛亞さんが頭を下げ、俺達も遅れて頭を下げる。
「いろいろあったけど楽しかったね。視聴者さんも概ね納得のいく内容になったと思う」
俺が総評を投げると、皆頷く。
「大体わたしとYさんが白目むいてばっかりでしたけど」
「Rちゃんの上達は凄かったわ。効率よく勉強する人の成長過程を見てるみたいで」
静さんが嬉しそうに手を打つと、視聴者も『確かに』とコメントを打つ。多分雷火ちゃんの成長は、見ている視聴者側が一番面白かったんじゃないだろうか。
「K先輩は器用でなんでもこなすし、S先生は言わずもがな。とてもいい作品が出来たと思います」
「あ~ん? アタシはどうなんだよ?」
後ろからヘッドロックをかけてウザ絡みしてくる成瀬さん。
「Nさんのギター良かったですね、いいBGMでした。それに途中からヴァイオリンとかフルートとか使いだして凄かったですよ」
「だろ。ああいう上品な楽器だって使えんだよ」
「ええ、ほんとに育ちの良いお嬢様に見えました」
「見えたってどういうことだ、普段は下品だって言いたいのかオラァ!」
「そういうとこですよ!」
後プロレス技で乳押し付けるのやめてほしい。雷火ちゃんと火恋先輩の目が<●><●>←こんな感じでソウルジェム濁ってるから。
最後までドタバタしつつ全員が感想を言い述べる。
そろそろ締めに入ろうかと思ったくらいに、またアンチの群れがやってきて『トレパク謝罪しろ』の連投荒らしを受けた。
「……原稿が完成し、これで清汁郎先生の配信は終わりですが、最後にお伝えしたいことがあります」
そういうとコメント欄がざわつく。
『続編キター?』
『謝罪しろ! 謝罪しろ! 謝罪しろ!』
『ファイナルラスト?』
「今もなお続いている清汁郎先生への誹謗中傷のことです」
「!」
雷火ちゃん含め、全員がそこに触れるのかと視線が集まる。
ほんとはスルーしたほうがいいのはわかってるが、それでも間違ってることは間違ってると訂正したい。
「ずっと見てくれた方ならばわかってもらえると思いますが、清汁郎先生はトレパクなんてしていません。身内の言葉なんか信じられないかもしれませんが、根拠のないデマに踊らされないで下さい」
ネット炎上の裏側。都合の良い面白い事実を信じ、間違った正義感で拳を振り上げないでほしい。
誰が加害者で誰が被害者なのか。
「今一度冷静になって、本当に清汁郎先生がそのようなことをする人物なのか見極めて下さい。……どうかお願いします」
俺は被っていた覆面に手をかける。
「ちょ、お前!」
何をしようとしているか勘付いた成瀬さんが、いち早く手をのばすが俺はそのまま覆面を脱ぎ捨てた。
露わになった俺の顔を見て、コメント速度が加速する。
『ブッサコミュ抜けるわ』
『陰キャwwww』
『チー牛wwww』
「バカ! ネットで素顔晒すなんてバカのやることだぞ!」
珍しく本気で成瀬さんが怒る。
そりゃそうだ。Mutyuberですら素顔バレを恐れて顔を隠すのに、燃えてる人間の身内が顔を晒すなんてリスク以外何もない。
ここにいるネット住民は、悪者と決めつければ未成年だろうが面白半分に未来を折りに来る。
でも、真実を伝えるには誠意と覚悟を見せなければならない。
俺はカメラ前で手をつく。
「俺達は今この放送を見ている1万7千人の皆より、清汁郎先生のことを少しだけ知っています。彼女が命を削って原稿を描いていることを。炎上した後、マンガ家を諦めかけたことを。それでも再びマンガ家を目指そうとしたことを。行き過ぎた正義は悪意へと変化します。義憤に駆られて真実を見失わないで下さい。どうか……お願いします」
俺が深く頭を下げると、明らかにコメントの速度が鈍化した。
俺の言葉で清汁郎先生のことを調べに行ったもの、ツイッターで陰キャwwwと煽るもの、パフォーマンスと怒るもの、無条件で信じるもの、俺の行動に疑念を抱くもの、様々だろう。
複数でありながら一つの存在。集合思念体のようなインターネットの住民達。今視聴している1万7千もの人間の中には、きっと作られた嘘に気づいてくれる人間もいる。
その人達に対して小細工は一切無駄。ならば誠心誠意振りかざされた拳に向けて、清汁郎先生はやってないと言うしかない。
すると隣の真凛亞さんも覆面を脱ぎ捨てる。
初めて黒の立体マスクもとり、その素顔をカメラの前に晒す。
『美人やん』
『目のくますげぇ』
『俺よりイケメンでワロタ』
『やっぱコミュ抜けません』
「……自分は炎上した後、否定することなく実家に帰ろうと思っていました。でも、諦めるなと言ってくれた人のおかげで今ここにいます。自分を信じてくれたアシスタントさんと先生に感謝を。そして自分は明確にやっていませんと明言します。だからいくら謝罪を要求されても、自分は謝罪しません」
今までで一番はっきりとした口調の真凛亞さん。
「作品を書き上げた今、あの時逃げなくてよかったと思っています。……これで、思い残すこともない……です」
「先生、無実を勝ち取る戦いでしょう。終わるみたいに言わないで下さいよ」
「ああ、貴女は精神的に辛い時でも立派に己が仕事を全うされた」
気づけばその場にいる全員が覆面を外していた。
「そうよ、終わるためにマンガを描くなんて寂しいわ」
「後はこの画面の向こうにいるバカどもに委ねようぜ。一体誰がほんとのこと言ってるのか、まだトレパクトレパクって喚いてるやつは脳みそ使って考えろって」
「また……そういう火に油注ぐこと言う……」
「あっ、オメーらマンガの内容全部知っちまってると思うけど、来週にガーベラコミックのWebサイトで正式公開されるからそこで投票しろよ。最低1万7千票入らねぇとアタシはキレっからな」
カメラをガタガタと動かす成瀬さん。
「締めますよ。それでは清汁郎先生の」
「次回作に」
「ご期待」
「してね♡」
俺、雷火ちゃん、火恋先輩、静さんの息のあったローテーショントークと共にカメラに向かって手をふる。
「「「「バイバーイ」」」」
こうして配信は終了した。
その後、ガーベラコミックマンガ大賞応募作の一般公開が行われ、投票が開始されたのだった。
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