第121話 静とスランプ作家Ⅻ

 本日はガーベラコミックマンガ大賞の結果発表日。

 Webで応募作品が一般公開された後、俺たちは推移を見守っていた。

 あくまで判断を下すのは読者であり、そこに介入したくないという真凛亞さんの意見を汲み宣伝も最小限にとどめていた。

 ただ【毒りんご(柚木さんの裏垢)】からの嫌がらせは続き、宣伝ツイートにポルノサイトのURLを無限に貼ったり、トレパク犯を許すなと粘着を続けてくる。

 一応片っ端からツイッター社に通報し、毒りんごのアカウントが凍結されることもあったが、すぐにまた新たな捨て垢毒りんごが現れ荒らし始める。

 まるで無限に生き返る敵キャラと戦っている気分だ。


「こんな奴相手にしてると精神病むわ」


 柚木さんの過去を少しだけ調べたが、彼女も真凛亞さんと出会うまではまっとうな漫画描きだったみたいだ。

 だが、コミケに出展していつも自分の作品は売れ残るが、真凛亞さんの作品は飛ぶように売れていく。そこで才能の差を感じ、強い劣等感を持ったらしい。

 ここからは推測になるが、柚木さんがコミケで本を出さなくなった理由は、真凛亞さんに負けと思われるのが嫌だったんじゃないだろうか。

 サークル崩壊後、やっぱりワイルドフォレストの人気は真凛亞さんありきだと気づき、それがさらなる劣等感を呼んで徐々にインターネットモンスター化したと。


「嫉妬とSNSが産み出した現代の闇だな」


 だけど気の毒だとは思わんぞ。あなたのやってることは、立派な名誉毀損や脅迫にあたる犯罪だ。真凛亞さんが恨まれる筋合いは一つもない。


 闇を感じるツイッターを閉じると、キンコーンと玄関のチャイムが響く。

 俺が玄関に出るまでもなく、雷火ちゃんや火恋先輩、静さん、真凛亞さんが入ってきた。

 今日は全員で結果発表を見守ろうということになり、関係者が集合したのだ。

 遅れてきた成瀬さんを加え、俺のPCモニター前に全員が集まる。


「悠介さんまだですか?」

「結果発表は20時からだからね」


 現在19時55分。発表まであと5分。

 全員でカウントしながら、ガーベラコミックの公式ホームページを見やる。


「来た!」


 20時ジャスト。ガーベラコミックマンガ大賞のページが更新され、結果発表のタイトルと共に応募作品の名前が連なる。


「どうなった?」

「大賞は?」


 マウスホイールを転がし、受賞者一覧を探す。


「大賞……”異世界転生、パーティー追放された拍子に足くじいたら最強でした” ~進撃の鬼殺しチェーンソーファンタジー~ 著柚子LEMON」

「柚子LEMONって」

「柚子ポンのペンネームだな」

「うっそでしょ?」


 これが世間の解答ってことなのかなぁ……。

 動画配信時は一万人も視聴者がいて手応えはあったのだが、結局何百万といるネットユーザーのうちの一万人ってことだもんな。


「清汁郎先生のマンガ面白いのにな」


 はぁ~と大きなため息を吐く。


「あぅ……普通に嬉しいから……困ります。自分には……その言葉だけで十分です」


 うつむきがちに照れ笑う真凛亞さん。

 俺はこの笑顔を守れなかったのか……。


「なぁ、柚子ポンのマンガ見せろよ。アタシまだ見てないんだよ」

「そうですね、皆で見ましょうか」


 俺はリンクから柚木さんの作品ページへと飛び、画面にマンガを映す。

 あらすじとしては異世界に転生した主人公が、弱いという理由でパーティーを追放されるも、特殊能力チートスキルチェーンソーを取得。魔物狩り部隊鬼殺し隊に入隊し、鬼や巨人を倒すという内容だった。


「なんかどこかで見たことあるマンガを、ぐちゃぐちゃに混ぜて水で100倍くらい薄めたような作品ですね……」


 辛口な雷火ちゃんの感想だが、俺も全く同じ意見だった。


「まぁでも……これが大賞なのよね……?」


 なんでも褒める静さんですら困り顔だ。


「ふむ、私は斬新で結構面白いと思ったが」

「姉さんはマンガほとんど読まないからなんでも斬新でしょ」

「そ、それはあるが……」


 火恋先輩みたいに、マンガ知識のない人にはヒットしたのかもしれないな。


「くああああ、マジかよこんなのに負けたのかよ!? 足くじきって最初足ぐねっただけじゃねぇか。ストーリーなんも絡んでねぇだろ!?」

「色んな要素流行をうまく取り入れたんじゃないでしょうか」

「ほとんど売れてる奴のパクリだろ。これが通るならあっちゃんのトレパクなんか可愛いもんじゃねーか!?」

「トレパク……してないから」


 ちょっと怒ってる真凛亞さん。

 世知辛いなぁ……。一応賞全部を探すと、真凛亞さんの作品は佳作を受賞していた。

 佳作はよっぽどデキが良ければ編集から声がかかるかもしれないが、現状連載枠は貰えない賞だ。


「落ち着いてっけど、あっちゃんは悔しくないのかよ?」

「結果が全て……。自分たちが何を言っても負け犬の遠吠えですから。それに一応賞も貰ってますし」

「お前賞つっても、佳作なんか残念賞と同じだぜ?」

「うん。でもいい、楽しかったから」


 真凛亞さんにそう言われると、俺達周りがブーブー言うのも間違っているだろう。

 真凛亞さんは大賞をとれなくても満足げだったが、なんとなく後味の悪さを感じる。

 すると雷火ちゃんが俺に耳打ちしてきた。


(悠介さん、柚木さん票操作してる可能性ありますよ)

(俺もそれは思ってた)


 この人ならやりかねんと。


(不正って組織票だよね?)

(多分そうですね。投票システムを改竄クラックするという手もありますけど、柚木さんにそういったスキルが有ると思えないですし)

(そういう組織票ってわからないものなのかな?)

(出版社はエンジニアではありませんからね。こういう投稿フォームは別会社に依頼して作ってもらってますよ。多分結果だけしかわからないと思います)

(そうかぁ、なら出版社が不正に気づく可能性は低そうだね)

(正確には気づいてても不正の確証がないという感じですね。特に組織票って、いくらでも抜け道はありますから)


 だよなぁ。単純に柚木さんが裏で人脈SNS駆使して、いろんな人に票入れて下さいって頼んで回ってたら、不正として検挙するのは難しい。

 このまま敗北を受け入れるしかないのかと思っていると、ツイッターで大賞をとった柚木さんが、動画サイトで配信を行うと情報が回ってきた。


「柚木さんライブで勝利宣言やるみたいですけど見ます?」

「あぁ? 100円で長文嫌がらせスパチャでも送ってやれよ」


 ふんすと不機嫌そうな成瀬さん。

 一応動画をつけてみると、柚木さんはアルコール片手に盛大にパーティーを開いていた。


『みんな~! 大賞とれたよ~見てる~? やっぱり正義は勝つんだね。今日それを実感したよぉ!』


 彼女の言う正義とは一体なにをさしているのか。


『ちょっと危ないかな~ってヒヤヒヤしちゃったけど、結果はやっぱり柚子ちゃんの大勝利! みんなのおかげだよ、ありがと~VVヴィクトリ~!』


 ピースサインを繰り返す柚木さん。

 それからアシスタントを担当したという男性作家から、祝いの電凸が来る。


『ワイは柚子の木の才能信じてたで~!』

『ありがとう和田しぇんしぇ~♪ しぇんしぇ~が手伝ってくれたおかげだよぉ~♪』


 ほんとにこの人手伝ってたか? 柚木さんの動画見たけど、男の人がアシスタントに来たことはなかったと思うが。

 まぁ配信外で来てたと言われればそれまでだが。

 動画を見ていた成瀬さんが、俺の後ろにまわってヘッドロックをかけてくる。


「あぁあいつのしぇんしぇ~聞いてると、めちゃくちゃ腹たってきた」


 それには同意である。


「つかアタシたちの配信見てた一万人の視聴者はどこいったんだよ! ちゃんと投票したんだろうな?」

「ぐるじい。そ、そもそも動画配信ライブ中にマンガは全ページ公開しちゃいましたからね。多分ちゃんとしたファンじゃなければ、わざわざ投票までしてくれませんよ」


 マンガ大賞のことを忘れている人が大多数だと思う。


「ったく、これだからネット民はよぉ。それで生きるか死ぬかっていう作家がいるってのにぃぃ!」


 怒りながらギリギリと腕を締めてくる成瀬さん。俺の後頭部が彼女の乳に埋まっていく。


「と、投票はあくまで善意でやってもらってますからね。ファンの方はきっと投票してくれてますよ」

「自分は……佳作だけでも、満足ですよ」


 そう、ファンの気持ちはきっちり賞として形になってるんだよな。

 それ故に無念という感じもする。

 上機嫌の柚木さんを見守っていると、流れの遅いコメント欄に不穏なメッセージが投下される。


【ここに不正をしてマンガ大賞をとった作家がいると聞いてやってきますた^^】


 おや?

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