第322話 モデラー

 真下(父)さんが帰った翌日、談話室にノートPCやタブレットを持ったメンバーが集っていた。

 いつもは個人の部屋で作業を行うのだが、今日は主要メンバーが揃っていて会社の開発室に見える。

 なぜわざわざ全員を集めたかと言うと――


「ここのプログラムに関しては、そのようにしたほうがいいでゴザルな」

「わかりました」


 水咲から急遽応援がやってきていたのだ。

 瓶底眼鏡の鎌田さんに、カレーは飲み物の阿部さんの二人。

 彼らはSLGパートの制作を始めた俺たちグループに、開発のノウハウを教えてくれていた。

 雷火ちゃんたちは実際のプロの技術を聞いて、深く勉強になっている様子だ。


「すみません鎌田さん、お忙しい中お世話になります」

「なに、社長からの指示でゴザル。こうして小規模の開発サークルを見ると昔を思い出すでゴザルな。決定的に違うのは、こんな美女ばっかりじゃないでゴザルが」

「鎌田さんも同人ゲーを作ってたことあるんですか?」

「拙者、5年ほど前はエロゲー会社で働いてたでゴザルよ」

「えっ、そうなんですか?」

「社長が売上金持ち逃げして潰れたでゴザルが」


 壮絶な話がサラッと出てきて、なんと言っていいか困る。


「やっぱり社長が経理やってる会社はダメでゴザルな。三石殿も、就職するとき気をつけた方がいいでゴザル」

「は、はは、気をつけます」


 俺は黒い話から逃げるようにして、阿部さんと天に近づいていく。


「ふ~む、ドット絵ポチポチもいいでふが、アクションシーンが膨大すぎて、一人でやると1年くらいかかるでふ。ロボットは3Dにしちゃった方がいいかもしれないでふね」

「3Dですか」


 天が顔をしかめる。それもそのはず、彼女のタスクは既にパンクしかかっており、そこから更に新たな3Dソフトを使ってモデリングを行うなんて不可能に等しい。


「フリーのブレンダーとかだと、ネットに情報がいっぱいあるしすぐに使えるようになるでふ」

「う~ん、ロボットの3D化か……できるかなぁ」


 不安気になっている天。イラストと3Dだとそんなに違うのだろうか?

 気になって阿部さんに聞いてみることにした。


「阿部さん、イラストと3Dって別物なんですか?」

「う~ん、イラストはそのまんま脳にあるものを描写していくけど、3Dは粘土こねて立体的に作っていく感じ? イラスト描けないけど立体フィギュアは作れるって人もいるから、見本みながら自分でパーツ作って組み上げていけるならできるでふ」

「なるほど……」

「まぁどっちにしろ、彼女はその作業で潰れちゃうから、できれば違う人がやった方がいいんじゃないかと思うでふ」


 確かにメインイラストレーターの天が、3D制作で手が塞がってしまうのは痛手だ。

 かと言って、本業がある静さんや真凛亞さんに頼むのも厳しい。


「わかりました、俺が3Dソフト触ってみます」

「それ大丈夫でふか? 制作進行ディレクターが兼業すると地獄どころか破綻するでふよ」


 それもわかる。俺は言わば船頭みたいなもので、皆こっちに向かって船を漕ぎましょうと指示を出している。その人が自分の作業で手一杯になってると、メンバーは次どっちに漕げばいいんだって困ってしまう。

 船が迷走する可能性があるが、現状俺がやる以外選択肢は……。


「ねぇねぇダーリン見てみて、デコレーションスーパーガンニョムMK2、超可愛くない?」


 キラキララメ塗装されたガンニョムMK2を持って、遊びに来た綺羅星。


「おぉ随分うまくなったな」

「そうっしょ? もっと褒めて」


 前まで素組みしかできなかったが、今ではちゃんと墨入れしてピンク色に塗装してる。オリジナルのモールドまで自分で掘ってるし。

 俺が教えた部分もあるが、大半は自分で勉強してるっぽい。

 精密な化粧やってるだけあって、どうすればえるかわかってるし手先もかなり器用。

 配色はピンクと金を多用する傾向はあるが、ロボット好きで毎日のように作ってる……。


「……綺羅星」

「なーにー?」

「ロボットを3Dで作ってみないか?」

「えっ、そんなことできるの?」

「3Dモデリングの仕事があるんだけど」


 綺羅星にはちょっと難しい仕事かなと思ったが、彼女は瞳を星のように輝かせる。


「えっ、あーしがやっていいの!?」

「ゲームで使うロボットの3Dが必要なんだが、皆ソフトの使い方から始めないといけなくて、絵が描けなくても見本通りに作ればできる仕事だから」

「ほんとにいいの? あーしバカだよ?」

「綺羅星、自分を卑下するのは良くない。やりたいかやりたくないかだよ」

「やるやるやる!! あーしも皆と同じ死んだ魚の目になりたい!」


 そのやる気の出し方はどうなん? と思ったりする。


「あーし役に立つならめっちゃ頑張る!」

「なら綺羅星は3Dモデラーだ」

「なにそれ、よくわかんないけどチョーカッコいい。アガる」

「阿部さん、この子全然経験ないんですけどお願いしていいですか?」

「ふんむ~、ならスパルタでやるでふよ」

「スパルタって何かわかんないけど、よろしくお願いします師匠!」

「師匠……綺羅星三等兵、ぼくのことは鬼軍曹と呼ぶでふ。受け答えもサーイエッサで返すことでふ」

「サーイエッサ!」

「よろしい、ならばソフトのインストールでふ!」

「サーイエッサ! インストールってなんですか軍曹!」

「そんなことも知らんのか! そこで見てるでふ!」


 阿部さんは若い女の子に遊んでもらって気を良くしたのか、綺羅星にソフトの使い方を教えていく。

 数時間もしないうちに、ロボットが使用する武器のモデリングを行っていた。


「なんでふか、この円柱二本並べた武器は!?」

「ダブルビームライフルっす!」

「そんな鉄パイプみたいなライフルで敵が倒せるかでふ!」

「サーイエッサ!」

「外見は分厚く、容量は軽くがモデリングの基礎でふ!」

「サーイエッサ!」


 綺羅星は素人だが、好きなことに関しては知識の吸収が凄まじいので、阿部さんの指導次第でもしかしたら化けるかもしれない。

 これで彼女が開発として活躍してくれれば、俺たちメンバーにとって大きなプラスになるだろう。


「さて、開発は少しだけ鎌田さんたちに任せて……」


 俺は一式たちと話をしてこよう。

 彼女のお父さんの言葉をちゃんと伝えて、それでも声優界に復帰しないと言うのならば。


「俺の元を去ってもらわないとな……」

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