第323話 罪と罰
一式の部屋にて、俺と一式の間に気まずい空気が漂っていた。
「あの、一式さん?」
「…………はい」
ベッドに膝を揃えて座る一式は、こちらを見ようともしない。
俺も彼女にクビを宣告しなければならないと思うと、なかなか口を開きづらい。
「御主人様は何か嫌なことを言いに来た気がします」
ぐっ、さすが役者。相手の纏ってる雰囲気だけで、何を言おうとしているか察することができるのか。もはや能力者レベルだ。
「いや、その……うやむやになってることを正しに来たんだ」
「…………」
完全に後ろを向いてしまった。倦怠期の限界を迎え、別れ話をしているカップルみたいだ。
「君はやっぱり声優に戻るべきだと思うんだ。才能もあるし、情熱がなくなったわけでもない。無人島で聞いたあの歌声は今でも耳に残ってる」
「…………」
「君のお父さんからも言伝を貰ってるんだ。もう少し頑張ってみたらどうかって」
「本当にお父さんが……」
「あぁ、君の夢に理解を示してたよ」
「……多分、御主人様の口添えがあったからだと思います」
「俺は何も言ってないよ」
変な勘違いはされているが。
俺のラインには、真下(父)さんから『結納はできれば和式でやってほしい。一式がどうしてもというのなら洋式でも構わない』という怪文書が届いているが。
「お父さんから話聞いてるよ。君は今しかできないことをするために家を出たんだろ?」
「…………」
「君は努力して、結果もついてきてるしファンも多い。限りある時間を、こんなところで浪費するなんてもったいないよ」
「浪費……ではありません。自分はもう声優には戻らないと決めましたから」
そんな唇噛みながら、断腸の思いで夢を諦めましたって顔をされてもな。
「一式、君は声優が嫌になったわけじゃない、親からの反対もない、歌への情熱もある。それなのに無理やり自分のやりたいことをねじ伏せて、俺の元でメイドをやってる。君が何か原因になることを隠しているのはわかっているが、それを話してくれないと折衷案も出せない」
なんとかお互い納得できるところに落とし込めないだろうかと聞いてみるが、彼女はそれでも話せないと黙秘を続ける。
「……一式、そうまで頑ななら俺も君を解雇せざるをえない」
「!」
「ここで君を強制的に切り離して自由にしてあげないと、一生俺に縛られたままになってしまう」
「…………」
「君を籠の鳥にしたくないんだ」
俺が解雇を告げると、一式の目にジワジワと涙がたまっていく。
俺だってこんなことしたくないんですよ!? できることなら「一式、お前は一生ワシのメイドじゃ」って言ってやりたいんですよ!
でも、このままだと真下一式によって歌われるはずだった曲や、アフレコされるキャラクターも皆世にでなくなる。それはオタク界にとって大きなマイナスだ。
「ごめんな。俺といない方が、君の未来はもっと輝くんだ」
「…………うぐっ」
謝罪と共に一式の涙腺が決壊する。
すると、部屋の扉をバーンっと開けて、一式と全く同じ顔の少女が入ってくる。
「あなた何をしてますの! ファーストが泣いている気配がしますわ!」
「お前姉の部屋に盗聴器でもつけてるんじゃないだろうな。……君の約束通り一式を解雇したんだ」
「あ、あぁそれで……」
「…………グスッ、うっ……あっ……」
弐式は泣き崩れる一式を見て、オロオロとしている。まさかここまでダメージを受けると思っていなかったのだろう。
「ファ、ファースト、ここはあなたに相応しくありません。さっ、解雇されたことですし貴女のステージに戻りましょ。ねっねっ」
弐式はしどろもどろになりながらも、なんとか立ち直らせようと声をかけるが、一式は涙を拭いながら部屋を飛び出していく。
「追いかけて!」
「えっ?」
「ファーストを追いかけて! 泣いていたでしょう!」
「いや、俺が解雇した側だよ!? どの面下げて追いかけるの!?」
「いいから早く行きなさい! あのまま歩道橋から飛び降りたらどうするつもりです!」
俺は弐式に蹴り出され、一式を追いかける。
そんな簡単に見つからないだろうと思ったが、メイド服を着た少女というのは相当目立ったようで、通行人に聞いたらすぐ見つかった。
駅近くの公園のブランコに座り、深く俯くメイド服の少女。一式で間違いない。
「一式」
彼女は俺を見て一瞬逃亡しようとするが、すぐに諦めて再び俯く。
俺は彼女の隣のブランコに座って、しばし無言でキィキィと錆びた金属音を響かせる。
「なぁ一式……さっきは解雇って言ったんだけどさ、その……君がちゃんと声優に復帰しない理由を話してくれたら――」
「すみません」
言い切る前に彼女は首をふる。
どうしても理由は話せないらしい。
「…………これを話すと、人として軽蔑され二度と元の関係には戻れなくなります」
「俺には君がそんなことをするとは到底思えないんだけどな」
彼女を軽蔑するなんて、何があったらそんなことが起きるのか。
「俺が軽蔑されるならわかるんだけど」
「御主人様が軽蔑されることなんてありませんよ」
「……なぁ一式、お前が隠してる理由当てていいか?」
「えっ?」
「……カラオケで俺と添い寝写真撮った件か?」
「!!」
一式の奴、愕然としすぎて瞳のハイライト消えてるな。
カラオケ添い寝写真とは、俺と伊達家の許嫁関係を白紙に戻したスキャンダル写真のことだ。
その写真は誰が撮ったかわからなかったし、相手女性にもモザイクがかかっていて、同じクラスの女生徒以外特定できていなかった。
「お気づき……だったんですか?」
「まぁ……消去法だよな。俺を陥れて得をする人間なんて知れてるし。あの一件以降、一式変な感じだったし。時たま思い詰めた顔してるし」
そして今回の、二度と元の関係に戻れなくなるという発言。
「…………じゃあわかってらっしゃると思いますが、自分は将来を心配してもらえるような人間じゃないんです。あなたの……幸せを引き裂きました」
「それで贖罪として、自分の未来を捨てて俺に尽くそうと思ったと」
「…………自分があんなことをしなければ、御主人様はきっと伊達家でうまくいっていました」
「それは、君個人がやろうとしたわけじゃないんだろ?」
多分遊人さん……いや、あのとき遊人さんはほとんど俺に興味がなかった。一番裏で指示を出していたのは剣心さんだろうな。
「ですが、自分がやったことは事実です。そのような写真を撮ればどういうことに使われるか、容易に想像はつきました」
そうだな、確かにあのとき俺はどん底だった。
「しかも事が露見することを恐れて、今まで黙っていました。自分は臆病で、どうしようもない卑怯者なのです」
俺はブランコを小さくキコキコと漕ぐ。
「でも、夢も未来も全部捨ててまで俺に謝ろうとしてたんだろ?」
「…………」
「俺から見ると一式も被害者だ。むしろすまない」
「なにがですか?」
「もう少し早く話聞くべきだったな。”辛かっただろ”」
一式は一瞬息が止まったかのように固まると、見開いた目から大粒の涙をこぼす。
「…………優しくするのやめて下さい」
彼女は時折ウチのメンバーを羨ましそうな目で見ていた。
俺の気の所為だと思っていたが、あれはやっぱり創作に対する強い興味だったんだと思う。
本当は歌いたい、キャラクターに声を当てたい。そう思っていても、彼女の良心が「人の幸せを壊したお前が、幸せになる権利はない」と責め立てる。
何をやってもその声は付きまとい、楽しそうに創作している俺たちを見るのは拷問に等しかっただろう。
皆が楽しんでいる中、自分は常に一歩引いた立ち位置に居続けなければならない。
特にウチは仲間意識が強いから、優しくされればされるほど辛くなる。
彼女は俯くと、ポタリポタリと地面に雫が落ちる。
「すみません……すみません……」
「一式、お前に罰を下していいか? 多分、このまま何にもなしだと気持ち悪いだろ?」
「……はい。目に見える罰を与えて頂いたほうが助かります」
「じゃあ……声優辞めろ、弐式の影武者を使うのもダメだ」
「はい」
一番の夢を辞めろと言われても、一式は覚悟をしていたのか深く頷く。
「そんでウチで曲作って、ゲーム完成と同時に一式と弐式でもう一回デビューしろ」
「?……あの、それでは辞める意味が」
「意味はある。一式と弐式、本当は二人いましたって世間に公表するんだ」
「…………」
「そしてもう一つ、メイドも辞めるな。どっちもやれ」
「…………」
「めちゃくちゃハードワークだ。売れっ子声優をやりながら、家に帰ったら俺や大福の世話が待っている。静さんと飯を作ったり、成瀬さんと歌のレッスンをしたり、雷火ちゃんと最新のゲームの傾向を探ったり、火恋先輩とコスプレしてもらうこともあるだろう。天とジムに行って体を鍛えたり、綺羅星の噛み合わない話につき合わされたり、超怖い玲愛さんの視線に耐えたりと、これはもう地獄としか言いようがない」
あまりにもヘビーな罰に、一式は小刻みに首をふる。
「やめてください……御主人様」
「嫌とは言わせないぞ。俺の可能性を潰した罪は重い」
「そんな……優しい罰にしないで下さい。そんな幸せな罰辛いです」
「甘えるな。ウチはな、家族意識が強いんだ。だから一旦輪の中に入ったら最後、抜けられない心地よさを提供してやる。そしていつか来る別れのときに、心をかきむしられ嗚咽をあげずにはいられない痛みをプレゼントする。それがお前の罰だ」
「…………承りました」
一式は涙声で頷くと、立ち上がって俺の座っているブランコに足をかけ対面になって座る。
「一式、これはカップルがやるやつや」
「御主人様の罰は、別れがこなければ一生発動しない罰ですよね?」
「それはそうだが」
「じゃあ……自分が心をかきむしられて嗚咽をあげるときは来ませんね」
「それは……」
一式の潤んだ瞳が近づいてくる。
あれ? 一式なんかリミッター外れてない?
今まで俺たちのことは一歩離れて見なきゃダメですよって自分で制限してたのに、それがなくなってほぼ0距離なんですが。
「お慕いしています……この言葉が言いたかったです」
彼女はブランコの鎖から手を離し、俺の首に手を回す。
これあかん、人目をはばからないバカップルがやってるやつや。
しかし、首筋にあたる彼女の涙を感じてふりほどけない。
「ん」
一式が耳噛んできてる。
ほんとにリミッター外れた、ワンコのような甘えっぷりだ。
しばらくリアルASMRを聞いていると
「あなた達何をしていますの!?」
追いかけてきた弐号機が俺たちを発見して怒り狂っていた。
そりゃブランコで対面座位、耳舐めASMRやってたらそりゃ怒るか。
その後、俺が華麗な蹴り技で蹴り飛ばされたのは言うまでもないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます