第324話 メス顔

 一式を連れて帰った翌日――

 俺は談話室にメンバーを集めて会議を開いていた。

 囲炉裏を囲むように正座するメンバーの前に、俺と一式が並び立つ。

 一式はとても緊張しているようで、冷や汗が滲んでいるし顔色も青い。


「えー、皆さんに集まってもらったのは他でもありません。もう既に事情は昨日お話しましたが、一式に我がサークルに加わってもらおうとしています」


 雷火ちゃんや綺羅星、静さん達はパチパチパチと拍手をする。


「なぜそんな変な言い方になるかと言うと、この話は俺だけの問題ではなく皆と話し合って決めたいからです」


 本来なら人気声優の加入で、やったぜ今夜はパーティーだと大騒ぎしたいところだが、彼女の経緯にはいろいろ事情がある。

 そのことを含め、全部話してから皆に加入の是非を問わなければならないと、リーダーの俺が判断した。


「整理がてらもう一度お話しますが、伊達家許嫁が破談になったのは彼女の撮った写真によるものです。しかしながら、真の原因は彼女にあると思っていません。玲愛さんに確認をとってもらいましたが、剣心さんが遊人さんに俺をハメるように依頼していた裏がとれました」


 本来この話は伏せておいたほうがいいのだが、一式にこれ以上隠し事をさせるのはあまりにも可哀想だ。

 それに俺たちの仲ならば彼女の罪を飲み込めると思って、全部話すことにしたのだ。


「俺の脇の甘さにも原因が有ったと思っているし、この件は一式がやらされただけで、彼女がやらなかったら別の誰かがやってただけだと思う。一式はこの事件について、深く反省し罪の意識に苦しめられていた」


 彼女がそのことで声優を辞めようと思ったこと、生涯俺に尽くして贖罪をするつもりだったことを話す。


「明るく見えて、とても苦しんでらっしゃったんですね……」

「めちゃくちゃ努力して勝ち取ったアイドル声優を辞めるとか、あーしには多分無理」

「お姉ちゃん聞いてるだけで胃が痛くなってきちゃった」

「皆思うことはあるかもしれないが、一式を仲間に入れてほしい。彼女の内には創作への強い情熱がある。きっと良いものを生み出してくれると信じてるんだ。どうか……頼む!」


 俺が深く頭を下げると、慌てて一式も頭を下げる。


「す、すみませんでした」

「こちらこそすみません。ウチのパパが……今度あったら殺しておきますので」

「あーしも殺しておくから」


 話を聞いてシュンと顔を伏せる妹コンビ。


「受け入れてくれるか?」

「ボクらは完全に加害者だもん……。一番の被害者である兄君が許すって言ってるのに、ボクらが許さないわけにはいかないよ」

「うむ……一式君に命令を出したのが水咲遊人氏で、彼に命令を出したのが父剣心ならば、本当の意味で一番悪いのは伊達家だ」


 正座した火恋先輩は、三つ指ついて俺と一式に頭を下げる。

 それを見て雷火ちゃんも同じ様に頭を下げる。


「伊達家当主の非道、どうかお許し頂きたい」

「パパがすみませんでした」

「すみません、自分があんなことをしなければ皆さんは幸せにいれたのに」


 天達も「いやいや、悪いのはウチです」と同じく頭を下げ、伊達水咲家一式の謝罪合戦となった。


「よし、この辺にしとこう。全員で謝りあっててわけわかんなくなってきた」

「悠介君、本当に君はいいのかい? 正式に我々を訴えることもできるよ」

「そうですよ悠介さん、パパから慰謝料ふんだくって良いですよ」

「まぁ……剣心さん今国外だからね」


 伊達家当主は、玲愛さんとの約束を果たせず現在アフリカにある無人島で持ち金0の旅行をしているらしい。

 どうやって一式の件裏取ったんだろ。


「それにもう過ぎた話だからね。今こうやって皆と楽しくゲーム作れてるし、わりと幸せなんだ」


 そう困り笑いで言うと、泣きそうな目で綺羅星と雷火ちゃんが俺の手を掴む。


「悠介さんは必ずわたしが幸せにします!!」

「ダーリンはあーしが幸せにしてあげるから、任せて!!」

「あ、ありがとう?」


 で、いいのかわかんないけど。


「まぁ後は慰謝料ってわけじゃないけど、一式が俺たちのゲームの曲を作ってくれることになったから」

「すごいじゃん、あーしらのゲームどんどんやばたんになってくっしょ!」

「よろしくね、一式」

「はい。真下一式、誠心誠意、御主人様に尽くさせていただきます」


 一式がもう一度深々と頭を下げると、メスの匂いを嗅ぎ取った天と火恋先輩がピクッと反応する。


「あのー、一式ちゃん声優界に復帰するんだよね?」

「はい、こちらのサークルでゲーム作りを終わらせてからになりますが」

「それで兄君のメイドも一緒にやるってのはハードなんじゃないかな~。う~ん、すごくきつそうだよね~」

「そ、そうだな、私もそう思う。悠介君には我々や頼れる義姉上もいらっしゃることだし、君は本業に専念したほうがいいだろう。うん、それがいい」

「いえ、御主人様にはお世話になった分、これまで以上に深い奉仕を行いたいと思っています」


 ほんのりと赤面メス顔した一式を見て、二人は更に苦い顔になっていく。


「よくない傾向だな」

「うん、ボクには彼女の瞳にハートが浮かんでるのが見えるよ」



 なんとか話し合いが終わってホッとする。

 もしこの話で、誰か一人でも一式のことを許さないと言い出したら、サークルが瓦解するかもしれなかった。

 まぁそんな性格悪い人間、この中には一人もいないとわかって話したけど。


「悠君、弐式ちゃんの方はどうなの?」

「弐式にもお父さんの話含め、メンバーに加わってくれないか話したんだけど、ちゃんとられた」


 もう一式の影武者をしなくてもいいんだよって言ったのだが「それって、もうわたくしはいらないってことですの!?」と怒ってしまった。

 彼女とは、また後日話をしなくてはならないだろう。


「じゃあ悠介さん、今日は歓迎会開きますか?」

「そうしたいところだけど、これから一式と成瀬さんでサウンドの打ち合わせしないといけなくて。というわけで成瀬さん、今から打ち合わせです」

「お、お前ふざけんなよ、いきなりプロと一緒に音作れってのかよ!?」

「勿論です。なんならサウンド部門だと成瀬さんが上司ですから、ちゃんと面倒見てくださいね」

「よろしくおねがいします、成瀬様」


 深々~っと頭が下げられ、成瀬さんは頭をかく。


「様はやめてくれ、調子が狂う」


 皆に笑いが漏れ、我がサークルに正式に一式が加わる。

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