第53話 オタの義姉はラブコメブレーカー

「♪~♫」


 エプロン姿で鼻歌を歌いながら掃除機をかける人妻、静さん。


「…………」


 俺はベッドに座りながら、その背中を見やる。

 彼女が我がマンションの隣に引っ越してきて数日、最初は同居という話だったがさすがに1ルームのマンションで同居は無理があると、隣の部屋を借りたのだ。

 現在【ハイツペンペン草】303号室が俺の部屋、その隣304号が静さんの寝室部屋、その隣305号がマンガを描くお仕事部屋となっている。

 本来は寝室部屋と仕事部屋を行き来するはずなのだが、静さんは基本俺の部屋で掃除したり料理したりと甲斐甲斐しく世話をしてくれる。

 その様子は姉というより、もはやオカンの域である。


「静さん人の世話好きだからな……」


 掃除洗濯料理をこなし、職業は売れっ子漫画家と美容師の二足のわらじ。栗色のロングヘアに糸目爆乳とスペック的に超人寄りの静さんだが、弱点は意外と多い。


 弱点その1 優しすぎてとにかく押しに弱い。

 この前確認したら勧誘を断りきれず、新聞紙を4っつもとっていたほどだ。

 俺が一つを残して全部解約した。


 弱点その2 悪いやつをおびき寄せる容姿をしている。

 これは静さんのせいではないのだが、彼女の周りには変な男が集まってくる。

 商店街に買い物に出ると、八百屋、肉屋、米屋、花屋の店主がこぞって静さんの周囲を囲み、サービスをしてくる。

 それだけならいいじゃないかと思うかもしれないが、商品と一緒にラブレターや連絡先を同封してくるので下心がすごい。

 確認したラブレターにはドストレートに「愛人になってください」と書いてあって引いた。


「♪~♫」


 しかしとうの本人は邪な好意に全く気づいていない。

 ちなみにそのラブレターは、全て各店の奥さんに返送しておいた。

 恐らく今頃激しい家族会議が行われているだろう。


「静さん、婆ちゃんと暮らすことは考えなかったの?」

「おばあちゃんはお爺ちゃんと二人っきりがいいからね」

「そっか……」


 三石ゲンさん。俺は合ったことがないのだが、おばあちゃんの最愛の人で、とても仲が良かったと聞く。今はもう骨壷に入ってしまったが、ばあちゃんの心の中に生き続けている。

 子育てから解放され、余生を楽しむ婆ちゃんは、仏壇にいる爺ちゃんと二人で暮らすのがいいだろう。


「婆ちゃん、爺ちゃんのこと愛してたんだね……」

「ここ数年、お婆ちゃん右京さんと結婚したいしか言ってないけどね……」


 おやおや、おじいちゃんの立つ瀬がありませんね。

 高齢層の愛棒人気がすごすぎる。


「静さんは彼氏いないの?」

「うっ、ユウ君のイヂワル。マンガ描いて、お店手伝ってるお姉さんが誰かと付き合ってるわけないじゃない」

「喫茶店とか出会いありそうな気がするんだけどな」

「鈴蘭は9割女性客だから」


 確かに、何日か店で過ごしたが男の人は片手で数える程度しか見ていない。

 それもそうか、妖怪婆さんの守護する喫茶店だからな。一つとなりのフロアにこんな美人がいるのに。


「でも喫茶店はいいのよ。女子高生たちの恋バナを聞けるの」

「なるほど、それをネタにして恋夜マンガを描いてるんだ」

「そうそう、あと髪を切ってるときに相談を受けたりもするし」

「へー女子高生の悩みか。インパクトのある悩みってあった?」

「え、えぇ……赤ちゃんデキちゃったとか……」

「それは……焦るね」


 静さんに相談してる場合ではないだろう。

 そんな話をしながら、静さんは洗濯機から二人分の洗濯物を取り出し、ベランダに干し始める。

 なんだろう、静さんの紫レースの下着と一緒に俺のトランクスが風に揺れていると、なんだか恥ずかしい気持ちになる。

 ご近所さんに「同棲始めたんですか?」って聞かれたときに「義姉のです」って言うのが恥ずかしい。


「ふぅ、いい天気ね」

「そうだね、こんな日はアキバに行きたくなるよね」

「ユウ君はいつでもアキバね」


 クスクスと微笑む静さん。洗濯かごを持って、ベランダから部屋に戻ろうとした時、彼女の動きがピタリと止まる。


「どしたの?」

「…………」


 静さんの眉がハの字になり、一気に顔面蒼白になっていく。


「ユ、ユウ君。虫が……」

「虫?」

「虫が落ちてきて……お、お姉さんの服の中に……入った」


 どうやら天井に張り付いていた虫が落ちてきて、服の中にホールインワンしたらしい。


「えっ!? 噛んだり刺したりする奴だと大変だから、早く脱がないと!」

「そ、そうね」


 静さんの弱点その3 虫が死ぬほど苦手。Gが出た日には失神するほどやばい。

 静さんは着ていたセーターを脱ぎ捨てて、ブラジャー姿のままパンパンと服を払ってみるが虫は落ちてこない。


「いない?」

「もう落ちたのかしら?」


 そう思い彼女は自身の胸元を確認すると、胸の谷間から小さなクモが「やぁ」と顔を出した。


「※●▽∂∀♀◇*♨☆!!?」

「ど、どしたの!?」

「ユウ君クモ~! とって~!」


 静さんは泣きそうになりながら胸の谷間を見せてくる。

 小さなクモが「なんて深い渓谷なんだ」と言わんばかりに、胸の谷間をクライミングしている。


「と、とるから動かないでね!」

「お、お願い~」


 静さんの胸の谷間を大冒険するとは、なんて羨ましいクモなんだ。

 そーっと手を近づけると、こちらのプレッシャーを察知したのか、クモはピョンと胸の谷間からジャンプしてきた。


「逃がすか!」


 俺は慌ててクモを捕まえようとするが、誤って静さんの胸をむにょんと揉んでしまう。

 くそ、クモめ! ちょこまかと!

 俺は何度も捕まえようと試みるが、胸の上半球をすばしっこく反復移動する為、なかなか捕まらない。

 これじゃただ静さんの乳を揉んでるだけじゃないか!


「ユウ君とれた~?」


 ぐにゅんぐにゅんと乳を揉んでいるのだが、静さん的には恐怖>>>羞恥になっており、それどころではない。


「このっ!」


 今度こそと思い強く掴むと、クモは身の危険を感じてブラジャーの中へと潜り込んでいった。


「お前、それは反則だろ!」


 そこは無敵ポジじゃないか! なんて羨ま、卑怯な虫なんだ。


「ごめん静さん。虫がブラジャーの中に入っていった!」

「え、えぇぇ~~! お願いとって~」

「わかった」


 本当はこんなことしたくないが、泣きそうな静さんの為だ。やるしかあるまい!

 俺はブラジャーを掴んで少しずつずらしていく。頼む目玉焼きが出てくる前に出てきてくれ。そう思っていると黒い小さな影が、ピョンとジャンプして下に落ちていく。

 床に落ちたクモは小刻みなジャンプを繰り返しながら、自分からベランダの外へと出ていった。


「た、助かった。静さん、もう虫はどっか行ったよ」


 そう言いながら、俺は自分の手が未だに静さんの胸を鷲掴んでいることに気づく。

 あっ、これは怒られるやつ。

 そう思ったが、静さんは目尻に涙をためて俺に抱きついてきた。


「ありがと~」

「う、うん、もうダイジョウブだよ」

「やっぱり男の子がいてくれると心強いわ」


 潤んだ瞳でこちらを見やる静さん。

 なぜだろう、怒られなくてよかったのに物足りない気分になってしまう。

 お約束的な「何触ってんのよスケベ!」と1発ビンタをもらって「そりゃないよ~」とオチをつけたかった。

 その時俺はオチをつけるのがラブコメで、感謝されるのが恋愛モノと気づいた。




――――

ラッキースケベ回でした。

明日は多分休みです。

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