第54話 オタと義姉と心理テスト

 平日の昼下がり。悠介たちが学校に行っている時間。

 静が家事に勤しんでいると、キンコーンとチャイムが鳴り、玄関へと出る。


「は~い、どなた~?」


 扉の前にはキラリと光るメガネにスーツ姿、肩口で切りそろえたショートカットのデキル女性感漂う人物。

 静の前担当編集、伊勢恵子いせ けいこ(34)が微笑みをたたえながら立っていた。


「ひっさしぶりね~静」

「お久しぶりです恵子さん。お仕事復帰できたんですね」

「ええ、もう大丈夫。これ編集長からお詫びの品」


 伊勢は持参した高級ケーキの箱を手渡す。


「なんかあたしの代理がやらかしたみたいで悪いわね」

「いえ、弟のおかげでなんとかなりましたので。どうぞ、中入ってください」

「じゃ、失礼するわ」


 伊勢は案内された部屋で腰をおろし、内装を見渡して眉を寄せる。


「あなた随分オタク趣味になったのね……」


 美少女フィギュアやガンプラが所狭しと並んでいる部屋を見て、趣味かわったなと思うのだった。


「いえ、ここ義弟の部屋なので」

「ああ、なんか半同居みたいなの始めたって言ってたわね」

「ええ。隣と、その隣の部屋を仕事で使ってます」

「へー……って、なんであんた自分の部屋にいないのよ?」

「義弟の部屋の片付けをしていたので」

「相変わらずね。悠介君だっけ?」

「ええ。可愛い子ですよ」

「はいはい、何度も聞いたわよブラコン先生。先仕事済ませるわよ」


 伊勢は鞄から原稿を取り出して広げてみせる。


「3ヶ月分のネームを貰ってるんだけど、編集部としてはこれで進めてもらっていいわ。いつもどおりのクオリティが担保されてる」

「わかりました」

「アニメ化の話なんだけど、ほんとにウチで全部決めちゃっていいの? 希望とかあったら聞くけど」

「そのあたりはプロにお任せします」

「ま、webコスモス初のアニメ化でウチも気合入れてるから、下手こかないと思うけど。編集部会社には何度か呼ぶことになると思うけど大丈夫?」

「はい、わかりました」


 テキパキと連絡事項を伝え終えると、原稿片手に軽い雑談タイムへと入る。


「ネームいい感じね。三石冥先生の恋愛が描けてるわ」

「そうですか?」

「アニメ化決まって更に脂が乗ってきたか……それとも静、あんたもしかして男デキた?」

「そ、そんな……からかわないで」

「おんや~? いつもならそんな人いませんって言うのに~。何か悩んでるなら、人生の先輩である伊勢さんに任せなさい」


 伊勢の薬指には既婚者の証である、結婚指輪がキラリと光る。


「その……恋愛相談ってわけじゃないんですが。義弟と同居できて今嬉しいんです」

「義弟くん高校生で一人暮らししたって言ってたわね。あれ二年前? 静が一人で暮らすようになったのも同じ時期よね?」

「はい……その頃、私義弟に避けられてて……」

「へー、意外。あんたのこと嫌う男が人類にいるのね」

「その……義弟は、親を亡くした後親戚間をたらい回しにされて、かなり酷いネグレクトを受けてきて……。三石ウチに来たときは本当に心を閉じて、ただアニメやマンガの世界に逃げ込む子だったんです」

「苦労してたのね……」

「でも一緒に過ごしているうちに、段々と心を開いてくれたんです」

「そこはあなたの母性的な性格が、いい影響を及ぼしたんでしょうね」

「私もとっても可愛がっていたんですけど、彼が中学3年に上がったくらいから、急に私のことを無視したり一緒に遊んでくれなくなったんです……」

「繊細な年頃だもの。なにか心境の変化や、トラウマが蘇ったりしたんじゃないのかしら? 具体的にはなにされたの?」

「一緒にお風呂に入ってくれなくなったり、一緒に寝てくれなくなったり……うっ」

「いや、それはあんたが悪いよ」


 涙ぐむ静に呆れた声で言い放つ。


「姉弟なら一緒にお風呂くらい普通では?」

「いや、普通じゃねーから。義弟君の苦労が知れるわ」

「どういうことです?」

「エロい体した義姉が、ユウく~んママと一緒にお風呂入りましょ~なんて言ったら精神もたんわよ」

「ママじゃないですよ?」

「やってることがママみたいなもんなのよ。今は一緒に暮らせてるのよね?」

「義弟に彼女ができたので」

「ああ、それで精神的余裕ができたってわけ。ってことはもうヤッてるわね」


 伊勢がニヤニヤとした笑みを浮かべると、普段は温厚な静が、バンっとテーブルを叩く。


「ヤッてません! ユウ君はまだそんなことする歳じゃありません!」

「あんた今完全にママの顔になってるわよ」


 伊勢は鞄の中から女性雑誌を取り出して見せる。


「アンケート結果、中、高校生の性行経験は約37%。30人クラスなら3人に一人以上が経験あり」

「ユウ君はそんな特別側の人間じゃありません! 大体その雑誌は一体誰にアンケートとってるんですか!? 雑誌ってよくアンケート結果だしますけど、わたし一回もアンケートとられたことありませんよ!」


 伊勢は静の面倒なとこ出たと、困った表情になる。


「そんな怒らないでよ。じゃあ……これあげるわ」


 彼女が鞄から取り出したのは、カバーに心理テストと書かれた本。


「アメリカの心理学者が書いた奴の和訳版なんだけど、当たるって評判なの。それ使ってこっそりと聞き出してみたら?」

「…………心理テスト」


 静はじっとカバーを見やった。



 ばあちゃんの店で手伝いを終えて帰宅後。

 俺は静さんと一緒に夕食を終えたあと、対戦型ゲームに没頭していた。


「くうぅ、雷火ちゃん強すぎでは?」


 現在雷火ちゃんとオンラインバトル中。ほどなくして俺の画面にLOSEと表示される。それと同時に雷火ちゃんからラインが届く。

『お風呂入ってくるので、上がってくるまでになんで負けたか考えといてください(σ⁎˃ᴗ˂⁎)σ』


 くぅ、有名サッカー選手みたいなこと言われてる……。

 絶対に同じこと言い返してやろうと自主練を試みるも、オンラインであたった上手い人にめちゃめちゃボコられてやる気を無くす。


「俺は……負け犬だ」

「ユ、ユウ君、ゲーム終わったら心理テストしない?」

「心理テスト?」

「今日担当の人が来て、よく当たる心理テストの本をかしてくれたの」

「ほーいいよー」


 静さんの手には、ハードカバーの本が握られている。

 心理テストなんて、当たり外れよりも、意外性のある結果を楽しむ娯楽である。

 殊更ラブコメや恋愛マンガではよくでてくるネタであり、恋愛漫画家の静さんは多分俺とのやりとりでマンガのネタを作りたいとみた。


(ってことは面白くしたほうがいいな)


 それならばちょっと面白そうな場所に、静さんの名前を当てはめていこう。


「じゃあ第1問ね。あなたは無人島にいます。持っていくなら何を持っていきますか?」

「静さんかな」


 ノータイムで答えると、彼女はキョトンとした表情をする。


「…………ほ、ほんと?」

「うん。答えは?」

「え、え~っと大切な家族かな」

「へーあってるね」


【※本当の答え:あなたが有事の際、本当に必要とするもの】


「じゃ、じゃあ第2問。今から言う色を知っている女性のイメージであてはめてね。赤、青、黄、白、紫」


 これはわからないから、普通にあてはめてみよう。


「ん~赤が火恋先輩、青が玲愛さん、黄色が雷火ちゃん、白が月、紫が静さんかな」

「ユウ君のエッチ!!」

「えぇっ!? こ、答えは?」

「知らなくていいです!」


 えぇ、出題者が答えを投げた……。


【※赤:恋人 青:尊敬する人 黄:結婚相手 白:ライバル 紫:セフレ】


「第3問。暗い洞窟の中に松明があります。一体何本ありますか?」

「え~10本くらい?」

「10本!!?」

「そんな驚く? 答えは?」

「え、えっと心細さを表すテストで、5本以上は怖がりさんです」

「へー普通」


 そんなに驚くことかな?


【※一度に何人の女性と付き合いたいと思っているか】


「だ、第4問。あなたは彼女とドライブしていました。その時、もうひとり女性が乗せてほしいと頼んできました。その女性は誰ですか?」

「ん~彼女とドライブ中にか……」


 そういう空気読めない行為してくるのは月だと思うんだけど、ここは静さんにしておくか。


「静さんかな」

「! そ、そうなんだ……」

「答えは?」

「え、えっと、あ、あなたが気になってる人」

「そうなんだ」


 あっ、もしかしてなにげに際どいことを言ってしまったか?


【※浮気したい相手】



 静は確信する。


(ユウ君はわたしを愛人にしようとしてる……)


 どうしましょうと顔を赤らめ、頬を抑える静。


(ユウ君には許嫁がいるのに……)


「じゃあ、最後ね第5問。恋人に穿いてほしい下着はどんな色と柄?」

「んー黒の凄いやつ。赤でも可。エロいのね」

「…………」

「答えは?」

「ユウ君、明日買い物に行きましょうか……」

「えっ?」


【※恋人に穿いてほしい下着の色と柄】

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