第55話 オタが彼女と姉の下着を選ぶのは当たり前

 休日の午前――


 本日悠介は雷火と火恋の3人でデートの予定が入っていた。

 彼女たちは彼のダサい服を見直すために、服屋へと出かける予定である。


 悠介を迎えにマンションまで来た伊達姉妹は、キンコーンとチャイムを鳴らす。


「悠介さーん、デートに来ましたよー」


 雷火はもう一度、キンコーンとチャイムを鳴らす。


「悠介君は留守かな?」

「そんなバカな。さっきまでラインしてたんですよ?」

「お前がオンラインゲームでボコボコにしすぎて、心が壊れてしまったんじゃないのか?」

「そんなメンタル弱い人、ネトゲやらないでください」

『は~い』


 二人は部屋の中から女性の声が聞こえ、ピクリと耳を動かす。

 遅れて扉が開くと、エプロン姿の女性が姿を現した。


「どなた~?」

「で、でかい……」

「どうも先生、雷火でーす」

「ユウく~ん、彼女来たわよ~」

「うああああ、なんで出るんだよ!?」


 遠くから悠介の声が聞こえる。

 火恋は目の前の爆乳女性を指差しながら震える。


「あ、あ、あ、あの、あなたは?」

「ユウ君の妻です♡」


 火恋は後ろ向きにビターンと倒れた。


「姉さんしっかりして姉さん!!」

「ブクブクブクブク(泡吹いて白目剥いてる)」

「姉さん、嫁入り前なのにそんな面白い顔しちゃ駄目よ!」

「まぁまぁ、冗談だったんだけど大丈夫かしら?」



 俺が外に出ると、火恋先輩が白目をむいて倒れていた。

 一体この数分で何が起きたというのか。


「どうなってんのこれ?」

「ママ先生の自己紹介が、あまりにもショッキングすぎて姉さんが倒れました」


 俺は静さんを見やる。

 すると彼女はテヘッと舌を見せた。

 どうやら何かいらんことを言ったらしい。

 そういえば火恋先輩と、静さんは初対面だったな。


「あの、誤解だから……。この人俺の義姉で、三石静さん」

「三石静です。ユウ君がお世話になってます」


 ペコリと頭を下げる静さん。


「ちょっといろいろあって、今隣の部屋に住んでるんだ。食事とかの面倒を見てくれてる」

「姉さん前話したと思うけど、静先生は恋の夜が来る!っていう人気恋愛マンガを描いてらっしゃるの」

「あ、あぁ妹からかねがね噂は聞いています。……とてもおっきいマンガ家だと……しかし実物を見ると想像以上ですね」


 復活した火恋先輩は静さんを胸を見やる。

 やっぱ女の人から見ても、やべぇんだろうな。


「今日はデートかしら?」


 静さんが聞くと、二人はピンと背筋を伸ばし敬礼を行う。


「「はい、お姉さん! これから悠介君(さん)とショッピングに行きます!」」

「あらあらいいわね。お姉さんも一緒に行きたいわ」

「ダメに決まってるでしょ。静さんはお留守番」


 前回心理テストのあとに買い物に誘われたが、雷火ちゃんたちの先約があったので断ったのだった。

 だが――


「「一緒に行きましょう!」」

「えぇっ!?」

「やったぁ、ほんとにいいのかしら?」

「「はい! むしろお願いします!」」

「じゃあちょっと支度してくるわね」


 ルンルン♪と自室に戻る静さん。


「ふ、二人共、ほんとに気にしなくていいんだよ」

「悠介さんの義姉さんってことはつまり」

「私達にとっても義姉さんということだよね?」

「ま、まぁ結婚すればそうなるのかな」

「「義姉と家族ぐるみの付き合い――」」



 以下雷火の妄想


「雷火ちゃん、許嫁二人という変わった交際だけど、本当はあなたにユウ君のことを任せたいと思っているの。ユウ君の友達であり、妹であり、彼女であり、そして妻……なんでも言い合える、友達のような伴侶になってあげてほしいの」

「お義姉様! わたし頑張ります!」


 以下火恋の妄想


「火恋ちゃん、許嫁二人という変わった交際だけど、本当はあなたにユウ君のことを任せたいと思っているの。ユウ君の先輩であり、姉であり、彼女であり、そして妻……彼の一歩後ろを歩き、その背中を守る大和撫子のような伴侶になってあげてほしいの」

「お義姉様! 彼のことは私に任せてください!」


 二人に頭上に稲妻が迸る。

 お互い一歩決め手が足らず、主導権を握れずにいるこの勝負。義姉さんに気に入られた方が勝つと。

 彼女こそがこの許嫁レースの勝敗を決定づける重要因子ファクター。最後の1点であると。


(この戦い)

(義姉様を味方につけたほうが)

((勝つ!!))


 伊達姉妹は視線をぶつかり合わせ、火花を散らす。

 それからしばらくして、静さんは首元をふわふわの毛が覆うコート、深いスリットの入ったロングスカート、足元は踵の高いロングブーツ。セレブな奥様みたいな姿で外に出てくる。


「ごめんお待たせ~。じゃ、行きましょうか?」

「「はい、お義姉さま!」」

「軍隊みたいだ……」



 それから俺たちは、以前ヒーローショーを行った百貨店へと向かった。

 店へ入ると、俺の服の買い物は3時間もの長い時間を要した。

 女性陣三人から、あれでもないこれもでないと完全に着せ替え人形にされ、現在は精根尽き果てて休憩所のベンチで座り込む。


「一応全員が納得するものを買えたが……」


 紙袋の中にはかっこイイというよりかは、大学生とかが私服にしてそうな普通な服が入っている。

 内訳は紺のジャケットに、グレーのパーカー、下は細身のデニムパンツ。合わせてみたが、俺としては普通と言った感想。

 しかし女性陣からすると、これが一番当たり障りなくカッコいいとのこと。

 多分俺の顔が凡庸だから、変にかっこいい服だと浮くんだろうな。


「コーディネートを楽しめるイケメンに産まれたい人生だった」


 そんなことを呟いていると、女性陣は男子禁制のカラフルな下着エリアへと進み、あれやこれやと話している。


「悠介さーん、黄色と水色どっちがいいですかー?」


 色の違うストライプ柄の下着を掲げる雷火ちゃん。

 周囲の客の視線が俺に集まる。


(えっ、嘘でしょ? あれ彼氏?)

(でも彼氏じゃないと下着選ばせないだろ……)

(セクハラよセクハラ。彼女かわいそう)


 どっちかというとセクハラされてるのは俺の方である。

 俺はラインで『黄色』と選択して送る。

 彼女は下着売り場から「黄色ですね、わかりましたー!」と嬉しそうに手をふる。

 許して……許して……。


「ユウく~ん、これとこれどっちが似合ってる~?」

「悠介くん、どっちが似合ってるだろうか?」


 雷火ちゃんと同じように、静さんと火恋先輩が下着の選択権をこちらに委ねてくる。

 許して……許して……。

 普通の服ならいくらでも選ぶから……。

 俺は雷火ちゃん、火恋先輩、静さんのライングループチャットで『お願いだから、下着売り場から大きな声で呼ばないでorz』と送ると

 火恋先輩から『君が離れるから声が届かない』

 静さんから『こっち来て♡』と返ってきた。


「は? あの中に飛び込めと?」


 色とりどりの下着が並ぶコーナー。あんなとこ入ったら、変態のレッテルを貼られ社会的に死ぬぞ。

 だが、再び聞こえてくるヒソヒソ声。


(あの子なんで他の女性の下着選んでるの?)

(姉弟?)

(弟が姉の下着選ぶわけないじゃん)

(やっぱ彼氏?)

(ただれた関係?)

(ふざけんなよ悠介)


 ゲスな勘ぐりがひどい。

 なぜ見知らぬ人間に、下の名前で呼ばれなくてはならないのか。

 くっ、行くしかないか……。

 全周囲から突き刺さる視線を背に、俺は下着売り場へと足を向けた。

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