第55話 オタが彼女と姉の下着を選ぶのは当たり前
休日の午前――
本日悠介は雷火と火恋の3人でデートの予定が入っていた。
彼女たちは彼のダサい服を見直すために、服屋へと出かける予定である。
悠介を迎えにマンションまで来た伊達姉妹は、キンコーンとチャイムを鳴らす。
「悠介さーん、デートに来ましたよー」
雷火はもう一度、キンコーンとチャイムを鳴らす。
「悠介君は留守かな?」
「そんなバカな。さっきまでラインしてたんですよ?」
「お前がオンラインゲームでボコボコにしすぎて、心が壊れてしまったんじゃないのか?」
「そんなメンタル弱い人、ネトゲやらないでください」
『は~い』
二人は部屋の中から女性の声が聞こえ、ピクリと耳を動かす。
遅れて扉が開くと、エプロン姿の女性が姿を現した。
「どなた~?」
「で、でかい……」
「どうも先生、雷火でーす」
「ユウく~ん、彼女来たわよ~」
「うああああ、なんで出るんだよ!?」
遠くから悠介の声が聞こえる。
火恋は目の前の爆乳女性を指差しながら震える。
「あ、あ、あ、あの、あなたは?」
「ユウ君の妻です♡」
火恋は後ろ向きにビターンと倒れた。
「姉さんしっかりして姉さん!!」
「ブクブクブクブク(泡吹いて白目剥いてる)」
「姉さん、嫁入り前なのにそんな面白い顔しちゃ駄目よ!」
「まぁまぁ、冗談だったんだけど大丈夫かしら?」
◇
俺が外に出ると、火恋先輩が白目をむいて倒れていた。
一体この数分で何が起きたというのか。
「どうなってんのこれ?」
「ママ先生の自己紹介が、あまりにもショッキングすぎて姉さんが倒れました」
俺は静さんを見やる。
すると彼女はテヘッと舌を見せた。
どうやら何かいらんことを言ったらしい。
そういえば火恋先輩と、静さんは初対面だったな。
「あの、誤解だから……。この人俺の義姉で、三石静さん」
「三石静です。ユウ君がお世話になってます」
ペコリと頭を下げる静さん。
「ちょっといろいろあって、今隣の部屋に住んでるんだ。食事とかの面倒を見てくれてる」
「姉さん前話したと思うけど、静先生は恋の夜が来る!っていう人気恋愛マンガを描いてらっしゃるの」
「あ、あぁ妹からかねがね噂は聞いています。……とてもおっきいマンガ家だと……しかし実物を見ると想像以上ですね」
復活した火恋先輩は静さんを胸を見やる。
やっぱ女の人から見ても、やべぇんだろうな。
「今日はデートかしら?」
静さんが聞くと、二人はピンと背筋を伸ばし敬礼を行う。
「「はい、お姉さん! これから悠介君(さん)とショッピングに行きます!」」
「あらあらいいわね。お姉さんも一緒に行きたいわ」
「ダメに決まってるでしょ。静さんはお留守番」
前回心理テストのあとに買い物に誘われたが、雷火ちゃんたちの先約があったので断ったのだった。
だが――
「「一緒に行きましょう!」」
「えぇっ!?」
「やったぁ、ほんとにいいのかしら?」
「「はい! むしろお願いします!」」
「じゃあちょっと支度してくるわね」
ルンルン♪と自室に戻る静さん。
「ふ、二人共、ほんとに気にしなくていいんだよ」
「悠介さんの義姉さんってことはつまり」
「私達にとっても義姉さんということだよね?」
「ま、まぁ結婚すればそうなるのかな」
「「義姉と家族ぐるみの付き合い――」」
以下雷火の妄想
「雷火ちゃん、許嫁二人という変わった交際だけど、本当はあなたにユウ君のことを任せたいと思っているの。ユウ君の友達であり、妹であり、彼女であり、そして妻……なんでも言い合える、友達のような伴侶になってあげてほしいの」
「お義姉様! わたし頑張ります!」
以下火恋の妄想
「火恋ちゃん、許嫁二人という変わった交際だけど、本当はあなたにユウ君のことを任せたいと思っているの。ユウ君の先輩であり、姉であり、彼女であり、そして妻……彼の一歩後ろを歩き、その背中を守る大和撫子のような伴侶になってあげてほしいの」
「お義姉様! 彼のことは私に任せてください!」
二人に頭上に稲妻が迸る。
お互い一歩決め手が足らず、主導権を握れずにいるこの勝負。
彼女こそがこの許嫁レースの勝敗を決定づける重要
(この戦い)
(義姉様を味方につけたほうが)
((勝つ!!))
伊達姉妹は視線をぶつかり合わせ、火花を散らす。
それからしばらくして、静さんは首元をふわふわの毛が覆うコート、深いスリットの入ったロングスカート、足元は踵の高いロングブーツ。セレブな奥様みたいな姿で外に出てくる。
「ごめんお待たせ~。じゃ、行きましょうか?」
「「はい、お義姉さま!」」
「軍隊みたいだ……」
◇
それから俺たちは、以前ヒーローショーを行った百貨店へと向かった。
店へ入ると、俺の服の買い物は3時間もの長い時間を要した。
女性陣三人から、あれでもないこれもでないと完全に着せ替え人形にされ、現在は精根尽き果てて休憩所のベンチで座り込む。
「一応全員が納得するものを買えたが……」
紙袋の中にはかっこイイというよりかは、大学生とかが私服にしてそうな普通な服が入っている。
内訳は紺のジャケットに、グレーのパーカー、下は細身のデニムパンツ。合わせてみたが、俺としては普通と言った感想。
しかし女性陣からすると、これが一番当たり障りなくカッコいいとのこと。
多分俺の顔が凡庸だから、変にかっこいい服だと浮くんだろうな。
「コーディネートを楽しめるイケメンに産まれたい人生だった」
そんなことを呟いていると、女性陣は男子禁制のカラフルな下着エリアへと進み、あれやこれやと話している。
「悠介さーん、黄色と水色どっちがいいですかー?」
色の違うストライプ柄の下着を掲げる雷火ちゃん。
周囲の客の視線が俺に集まる。
(えっ、嘘でしょ? あれ彼氏?)
(でも彼氏じゃないと下着選ばせないだろ……)
(セクハラよセクハラ。彼女かわいそう)
どっちかというとセクハラされてるのは俺の方である。
俺はラインで『黄色』と選択して送る。
彼女は下着売り場から「黄色ですね、わかりましたー!」と嬉しそうに手をふる。
許して……許して……。
「ユウく~ん、これとこれどっちが似合ってる~?」
「悠介くん、どっちが似合ってるだろうか?」
雷火ちゃんと同じように、静さんと火恋先輩が下着の選択権をこちらに委ねてくる。
許して……許して……。
普通の服ならいくらでも選ぶから……。
俺は雷火ちゃん、火恋先輩、静さんのライングループチャットで『お願いだから、下着売り場から大きな声で呼ばないでorz』と送ると
火恋先輩から『君が離れるから声が届かない』
静さんから『こっち来て♡』と返ってきた。
「は? あの中に飛び込めと?」
色とりどりの下着が並ぶコーナー。あんなとこ入ったら、変態のレッテルを貼られ社会的に死ぬぞ。
だが、再び聞こえてくるヒソヒソ声。
(あの子なんで他の女性の下着選んでるの?)
(姉弟?)
(弟が姉の下着選ぶわけないじゃん)
(やっぱ彼氏?)
(ただれた関係?)
(ふざけんなよ悠介)
ゲスな勘ぐりがひどい。
なぜ見知らぬ人間に、下の名前で呼ばれなくてはならないのか。
くっ、行くしかないか……。
全周囲から突き刺さる視線を背に、俺は下着売り場へと足を向けた。
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