第56話 オタは水咲月がわからない
最近の俺は少し困ったことがあった。
スキンシップが激しく、隙の多い義姉の話……ではなく。
このところ連日、通学前になるとインターホンが鳴り外へ出ると
「グンモーニン、ダーリン。爽やかな朝ね」
ブルーのブレザーにミニのスクールスカート、ゴールドのツインテの毛先を縦にロールさせた立ってるだけで目立つお嬢様。
水咲
「曇ってますが」
「天気なんて些末なことよ。あたしの心は地獄のように晴れ渡ってるから爽やかなの」
「俺あんまり地獄が晴れてるイメージないけどな」
俺は行ってきますと、当たり前のように俺の部屋にいる静さんに声をかけて外へと出る。
「おはようございます三石様」
リムジンの前には、笑顔の執事藤乃さん。俺には天パにしか見えんが、スパイラルパーマという髪型に、高身長、甘いマスクとマンガなら終盤で裏切りそうな風貌をしたイケメン。歳は多分20代前半ってところだろう。
俺はどんよりした表情で抗議してみせるが、爽やかな笑みで軽く受け流された。
俺がリムジンに乗り込むと、すぐに車が発車する。
対面に座る月は、迎えに来ておいて特に何か話すわけでもなく、脚を組んで窓の方を向く。
そして時たまこちらをチラリと確認するのだが、一体何が目的なのか。
どうでもいいが、この子脚むちっとしてんな。
「君、毎日来るよね」
「交際してるんだから、朝の通学くらい普通でしょ? お姉さん調子どう?」
「おかげさまで公私ともに好調。原稿も早く上がって、今は美容院開けてるよ」
「良かったわね。恋夜のアニメ化、楽しみにしてるわ」
「あれ、アニメ化の話ってしたっけ?」
「恋夜のアニメは水咲出資だもの」
スポンサーかよ。
聞きたくなかった情報だ。
「あの、君毎日大変じゃない? どこの学校に通ってるの?」
「朝上女学院。ここから山一つ越えたとこにあるわ」
「今からじゃ間に合わないでしょ!」
「大丈夫よ。車で向かえば」
「それちゃんと法定速度守ってるんだよね?」
にっこりと微笑んでノーコメントを貫く月。
俺との通学の為だけに、なぜそれだけの労力をかけているのだろうか?
俺の方は車で送ってもらう分楽ではあるのだが、学校ではすでに変な噂が広まりつつあった。
学校の前でリムジンを降り、月を見送ってから教室へと入る。
すると女生徒たちの視線が、一瞬俺に集中した後、ヒソヒソと声が聞こえる。
「今日三石君、
「昨日もじゃない? 真っ白なリムジンから出てきたよね」
「えっ、三石君って確か伊達さんと許嫁って聞いたけど、もしかしてあれって違うの?」
「本当だと思うけど……」
「じゃあ女の子をとっかえひっかえしてるってことなの? あの顔で?」
顔は関係ないだろうがと言いたい。
ただ地味なオタクで通っている俺が、女連れで登校してきたなんて面白すぎる話なわけで、ゴシップ好きの女生徒の良い餌食だった。
「絶対三石君なんか勘違いしてるよ。だってほら、髪型と眉毛だけ異常にカッコいいじゃん」
「わかる芸人でいたよね、自分をカッコイイと思い込んでる人」
「MON STYLEのツッコミの方でしょ! 似てる!」
似てねぇよ。井上さん面白いだろうが。
しかもあれはそういう芸だ。
ヒソヒソとやまない女子たちの話し声。
俺も井上さん見習って、「君の笑顔可愛いね」とか、空気が凍りつくこと言ってやろうか。
その様子を見て、
「そのへんどうなんですかね、三石さん?」
「お家事情だ」
「またまたそんなノーコメントを貫かないで、朝女の子とどういう関係なんですか? 教えてくださいよ」
相野は
「彼女だ」
「はぁ!?」
相野は俺に手渡す前だった、コーヒー牛乳のパックを握りつぶす。
灰色の液体が溢れ、ぶじゅるるるとパックが汚い音をたてる。
「掃除しとけよ」
「彼女て、おま、ひま」
雷火ちゃんたちの話によると、玲愛さんの帰国はまだ先になりそうなので、この事態が沈静化するにはしばらくかかることだろう。
いや、よく考えるとタイミング的におかしくないか? 突然海外に呼び出し食らうって……。
しかもそんな急を要する案件でもなかったみたいだし。
意図的に伊達家から遠ざけられた? だとしたらそんな簡単には帰ってこないかもしれない。
「そうだ相野、お前水咲
「綺羅星?」
「俺らより一つ年下で、金持ちで有名人だと思う。見た目ギャル風な感じ」
「あぁ、じゃあ
「そんな有名なのか?」
「悪い意味でな。六輪高校って、こっから二駅くらい行ったところにある高校だ。バカ学校なんだけど、スポーツは強くて特にサッカー部は群の抜いて強……かった」
「なぜ過去形?」
「確か不祥事起こして、今は公式試合に出られないらしい」
「なにやったんだ?」
「暴力事件じゃなかったかな? 運動部にありがちな後輩へのイジメとかそんなんじゃね? ただ去年もタバコと飲酒が見つかって謝罪したところだ。そのせいで高校自体のイメージが、スポーツ学校ってよりヤンキー学校になってる」
「そうなのか」
「綺羅星ってのは、確かそのサッカー部のキャプテンと付き合ってる女じゃなかったかな」
「マジで?」
「確かチア部とか聞いたな。それの繋がりでどうとかって……今はどうなってるか知らんが」
なるほど、聞くだけで厄介そうな妹だ。月が手を焼くのもなんとなく頷ける。
「それがどうかしたのか?」
「そいつの姉に今捕まってるんだよ」
俺は相野に事のあらましを伝えた。
「お前もまたよくわかんねぇことになってんな」
「伊達姉妹と付き合う為の試練だそうだ」
「サッカー部、チア部、ギャル、陽キャ、暴力事件、オタの嫌いな要素の役満じゃねぇか」
「できる限りお近づきになりたくない人種だ」
「そんでお前は、なんとかこの子を口説かなければならないと……天地がひっくりかえっても無理だろ」
「口説くんじゃなくて説得だけどな」
「オタクのお前が何を説得するんだよ」
全くだ。マウントとれる要素が一つもない。
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