第320話 真下(父)
オヤジはアパートにつくなり、俺の部屋を見たいと言い出したので連れて行くことにした。
「お前の部屋にしては物が少ないな」
「俺もここに移ったのは最近だから。荷物は前のマンションに置きっぱなしだよ」
「家賃はどうしてるんだ?」
「婆ちゃんがタダで良いって。オヤジ、そんな目を皿にしても何にも出てこないって」
「果たしてそうかな?」
オヤジは俺の布団をスーッと撫でると、長い髪の毛を俺に見せる。
「女性の髪だ。これだけじゃない、金髪の短い髪もある」
「ぐっ、掃除したはずなのに……」
「髪の毛を完全に掃除しきるのは難しい、布団の裏側などにくっついてたりするからな」
「浮気調査員かよ」
オヤジは更に、ゴミ箱を覗き込むと中から化粧品の空箱を手にする。
「お前、化粧する趣味でもあったのか?」
「変なとこ漁るなよ!」
「他にもピンクのリップスティックに、口紅を拭いたティッシュ。ゴミを見るだけで、その家に何歳くらいの人間が何人住んでるかわかる。証拠を消すなら、まずゴミ箱からだ」
「探偵かよ」
「父さん、この中から使用済みコンドームとか出てきたらどうしようかと思った」
机の中の二重底の下に、クリスマス関連のコンドムの箱がある。あれが見つかったら何を言われるかわからないだろう。
これ以上ウロつかれるとブツを発見されかねない。オヤジを談話室に案内し、そこでじっとしておいてもらおう。
囲炉裏の前で、オヤジは上着を脱いでから座布団に腰掛ける。
俺は入り口の障子を閉めて、囲炉裏に火を灯す。
「本当に皆で暮らしているんだな。女子寮みたいで面食らってしまった」
「どこまで聞いてるかわかんないけど、今ゲーム開発やってて彼女たちはメンバーなんだよ。開発期間中は、ここにいてもらう予定なんだ」
「お前がリーダーなのか?」
「う、うん、まぁ企画とか品質管理とか」
「ほぉ、品質管理なんて言葉よく知ってるな。若いうちに商売すると良い経験になるぞ」
本来子供がゲーム開発? 何を言ってるんだと責められてもおかしくないところを褒めてくれるオヤジ。
この人は、本当に頭ごなしに否定をしない良い大人だと思う。
「久しぶりにあったんだ、どうしてゲーム開発しようと思ったのか最初から話しなさい」
「う、うん。遊人さんに勧められて――」
父と息子の久々の話し合いに花が咲く。
「――無人島では大雨にあって、結局中止になっちゃって」
「家族でアウトドアも長らくしてないな。今度休みがあったら母さん連れて山にでも行くか」
「いいよいいよ、仕事で疲れてんだろ」
「何を言っている、父さんまだ若いんだからな」
エピソードトークが一段落つくと、オヤジがところでと声をひそめ、黒縁メガネのレンズを光らせる。
「……それで、どの子がお前の本命なんだ?」
「本命て」
「いろいろと思い出も増えて、そろそろ決断のときなんじゃないのか?」
「ん、ん~……そうだな……ん?」
俺は気配を感じて談話室の障子を開く。すると聞き耳を立てていた、伊達水咲姉妹がドサドサっと倒れ込んできた。
「君たち……ってか静さんまで」
「あははは……失礼しました」
「お茶持ってくるわね」
全員慌てて廊下を走っていく。
その様子を見て笑うオヤジ。
「随分仲がいいな」
「良すぎるくらいだよ。もうほぼ家族だ」
「家族を早くに亡くしたお前が、こんなにたくさんの家族と呼べる人に囲まれるとはな」
「うん、俺は良い出会いをしたと思う」
「お前がどのような結果を迎えるのか、親として興味深くもある。伊達に入るのか、水咲に入るのか、それとも全く別の人と結ばれるのか」
ギャルゲで言うと
「なぁオヤジ、誰かを選ぶってことは誰かを選ばないってことなんだよな」
「なんだ、急に深いことを言うようになったな」
「あっさいあっさい言葉だよ」
「……そうだな……誰かを選んだら、きっと選んだ人以外はここにいられないだろうな」
俺は薄々と彼女たちとの楽しい物語に、ゴールが近いことを感じつつあった。多分、このゲーム作りが終わったら何かしらの答えを出すと思う。
俺は暖かいお茶でも持ってこようと思って立ち上がると、オヤジのスマホに着信が鳴る。
「はい三石です。はい、はい」
さすが
通話を終えると、オヤジはこちらに向き直る。
「悠介、お客さんがもう来るそうだ」
「そうだ、俺に会いたいって人、結局誰なんだよ?」
「真下さんと言ってな、ここに住んでる女の子の父親だ」
「えっ、オヤジ真下さんのお父さんと知り合いなの?」
「そうだ。私が近いうちに息子の様子を見に行くと言ったら、一緒に行きたいと言われたんだ」
オヤジがそう言った直後、談話室の外でガチャンと何かが割れる音が響く。
障子を開けて外を確認すると、真下さんが慌てて割れたグラスを片付けていた。
どうやら運んできたお茶を落としたらしい。
「大丈夫? ケガない?」
「は、はい。ご、御主人様。じ、自分、今、今すぐ隠れないといけません。申し訳ありません!」
彼女は割れたグラス片を持ったまま、二階へと駆け上がっていった。
「浮気してる最中に、嫁が帰ってきたみたいな逃げ方だな……」
よっぽど父親と会いたくないらしい。
かわりに濡れた床を片付けていると、インターホンが鳴る。
俺とオヤジが玄関に出ると、白髪交じりのオールバックにビシッとしたグレーのスーツ、強面でダンディな男性が立っていた。
絵に描いたようなザッ重役といった感じで、体のいたるところから貫禄がにじみ出ている。
「どうも三石さん。真下です」
「どうぞどうぞお入り下さい。せがれです」
「ど、どうも初めまして」
真下さん(父)を談話室に連れて行き、囲炉裏を挟んで対面に座る。
「三石さん、これを。つまらないものですが」
「どうもすみません」
オヤジは真下さんから紙袋を貰う。
どうやら中身はブランデーのようだ。箱がチラリと見えたが、随分と高そうだ。
「三石さん、よければそれを開けてもらえませんか? 酒もあったほうが話が進みやすいでしょう」
「そうですね。すぐに用意します」
オヤジはグラスと氷を取りにキッチンへと向かう。
残された俺は、真下さんと一対一になり非常に気まずい雰囲気が漂う。
俺が正座しながら視線を左右に彷徨わせていると、真下さんが口を開いた。
「君が娘の奉公先かね?」
「は、はい……ご存知なんですね」
「同い年の娘をメイドとして扱うのはどういう気分だね?」
「エロゲみたいで背徳感を感じ、いえ、なんでもありません」
あやうく変なことを言いかけて、真下さんの眉がピクっと動く。
「あ、あの、ウチのオヤジとはどういうご関係なんでしょうか?」
「私は元々、伊達、水咲と取引のある銀行で働いていてね。偶然三石さんと仕事をする機会があって、今では友人のような仲だ」
「な、なるほど」
一式のお父さん銀行員なんだ。相当育ちが良いと見た。
「先週、三石さんと食事をしながら子供の話をしていたら、君と私の娘が同じ学校かもしれないと知ってね。どうやら学校だけじゃなく、一緒に暮らしているかもしれないと、話しているうちに気づいたんだよ」
「は、はは……気づいちゃったんですね」
一式が大慌てで逃げ出す、真下パパの視線が全身に突き刺さる。
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