第319話 孫

 どういう縁なのか、今俺の目の前には真下さんのお父さん、真下浩三ました こうぞう氏が鎮座されている。


「君が娘の奉公先かね?」

「は、はい……」

「同い年の娘をメイドとして扱うのはどういう気分だね?」

「エロゲみたいで背徳感を感じ、いえ、なんでもありません」



 時間は今から数時間ほど遡る。

 我がサークルメンバーは急な仕様変更によってバタバタしており、修羅場になりつつあった。

 俺自身、新たな工程管理表や一からの仕様書の作成で大忙しになっている最中、オヤジからラインが入る。


【母危篤すぐ帰れなう】という不謹慎な呼び出しだった。


 母危篤はわりとオヤジが俺を呼び出す常套句で、これで危篤になっていたことは一度もない。

 あと”なう”とか舐めた語尾なので100%嘘だ。


【今回はマジで危篤なう】


 既読スルーしたら、今度はマジでなうとかいう、なんとか若者の言葉を使おうとする痛々しいオヤジのラインが来た。

 無視しても続きそうなので【息子忙しいなう】と返すと、【じゃあこっちから行くなう】と返事が返ってきた。

 最初はこのオヤジ何言ってんだ? って思ってたら当人から電話がかかってきた。


『もしもしパパだが』

「人違いです」


 即切ろうとすると、電話越しのオヤジは慌てて引き止めてくる。


『待て待て、お前さっきラインしただろ』

「あぁ、あのふざけた奴?」

『もう近くまで来てるんだ』

「えっ、ちょっと待って、いきなりホラーみたいなこと言わないで」

『というか最寄り駅にいる』

「俺今マンションにいないよ」

『婆ちゃんのアパートにいるって聞いてるが、場所がわからない。迎えにきなさい』

「いきなり来られても困るよ! こっち掃除もなにもしてないのに!」

『構わんさ。何か困ったことでもあるのか?』

「いや、それは、その……」

『お前の話は伊達さんから聞いていて、父さんの聞き違いじゃなければ今女の子10人くらいと生活してるって』

「……………」

『黙るな息子よ。父さん、今お前の立ち位置がわからんのだ。伊達の許嫁を首になったとか復帰したとか、水咲の許嫁になったとか。挙げ句全員で暮らしてるとか』

「それはまぁ……いろいろあるんだ」

『父さんはな、そのうちお前が過ちを犯して、複数人を孕ませたとか言うんじゃないかと思って戦々恐々としている』

「俺にそんな甲斐性があると思うの?」

『少し前ならないと断言していたが、世の中にはブサイクや、どうしようもないダメンズに惹かれる女性も存在する。伊達姉妹や静はその傾向がある』

「自分の息子ボロカスに言うやん」


 だけど俺もその可能性を否定できないのが悔しい。


『父さん賠償金まみれになるのは嫌だからな。とにかく、お前が過ちを犯さないか見に行く』


 くそっ、オヤジめ抜き打ちチェックに来たな。


「わかったよ、迎えに行けばいいんだろ」

『そうだ。あと、お前に会いたいという人がいる』

「俺に?」

『とにかく駅前まで来てくれ。待ってるぞ』

「あっ、ちょっ!」


 オヤジは言いたいことだけ言って通話を切ってしまった。

 俺は慌てて今アパートにいるメンバーを招集して事情を話す。


「――ってことで、ウチの義父さんが来る」

「えっ、今から来るんですか!?」

「ちょ、ちょっと待ってほしい、今すぐ美容院に行ってくる!」

「ボクも!」


 火恋先輩と天は慌ててスマホを取り出すと、美容院の予約を入れようとする。


「いらないいらない。別に普通にしてれば大丈夫だから! ただ、オヤジは女性が多い環境を心配してるから、そういう匂わせアイテムを隠してほしい」

「ダーリン匂わせって何ー?」

「悠介さんとわたしたちで、肉体関係があると思わせるものですよ」


 雷火ちゃんの説明に綺羅星はなるほどと頷く。


「悠君、洗面所にある悠君と私の歯ブラシはダメ?」

「あれは同棲してるカップルに見えるからダメ」

「御主人様の下着と、我々の下着が一緒に干しっぱなしですが」

「それもアウト!」

「えっと、わたしは何かあるかな」

「雷火ちゃん、それ俺のジャージだからすぐ着替えて!」

「あぁそうだった」


 雷火ちゃんはナチュラルに俺の服を着るので気づいていなかった。


「綺羅星、俺の部屋にある君の化粧品片付けて! 静さん、寝室にあるYES×NO枕も押し入れの中に!」

「それ両面YESなの~」

「ほんとだNOがない……ってそういう問題じゃなくて! 成瀬さん、洗面所に転がってるエグい下着なんとかして下さい!」


 どったんばったんどったんばったんと掃除している様子を見ながら、大福が「んなー」と鳴く。恐らくなにやってんだコイツら? って思ってるだろうな。



 掃除を任せてから駅前にオヤジを迎えに行くと、相変わらずのビシッとした七三分けに黒縁メガネ、パリッとしたビジネススーツを着こなした中年男性が立っていた。


「駅前でボッ立ちしてるとリストラされたみたいに見えるぞ」

「やかましいわバカ息子。これでも部下100人を超える有能サラリーマンだぞ」


 軽口を叩いて合流すると、二人でアパートに向かって歩き出す。


「悪いな急に来て」

「ほんとだよ、勘弁してくれ」

「別にやましいことがなければ構わないだろう」

「そ、そうだけどぉ↑」


 思いっきり声が上ずってしまった。


「父さん昨日な、怖い夢を見たんだ。孫ができる夢だ」

「? いい夢じゃない」

「最初に静が孫を連れてきて、次に伊達姉妹がこの子も孫ですよって、他にも知らない女性がこの子も孫ですって」

「…………」

「いきなり10人の孫に囲まれるお祖父ちゃんになって怖かった」

「それは……俺も怖いよ」


 わりと正夢になりそうなところがホラー感をアップしてる。


「それで俺に会いたいって人は?」

「その人は1時間くらい遅れて来る予定だ。女の子を期待するなよ、相手は50過ぎたオジサンだ」

「オジサンが俺に一体何の用なのか」


 そんな話をしていると、すぐにアパートに到着した。


「綺麗なところに住んでいるな。少し前までは幽霊が出そうなボロアパートだと聞いていたが」

「玲愛さんが直してくれた」

「金持ちというのは凄いな」

「あの人が規格外なだけだよ」


 アパートに入ると、玄関で着物やドレスに着替えた伊達水咲姉妹が三つ指ついて待っていた。


「「「「いらっしゃいませ、義父様」」」」

「…………悠介、今から私の孫が急に10人くらい出てくるとかないだろうな?」

「ないよ……今はね」

「今?」

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