第318話 変態の目

「一式、怒ってくれてありがとう。でも俺の為に喧嘩なんかしなくていいからね」

「……御主人様は、他者からの攻撃に耐性がありすぎです。時たま本当に時たまですが、とても悲しい表情で笑ってる時がありますよ」


 どの時のことを言っているのだろうか。わりとどれだけ貶されても笑ってる自信はあるのだが、一式のように役に精通していると笑顔の裏顔の表情まで読み取ってしまうのかもしれない。


「ごめんな。心配かけて」

「謝らないで下さい……」

「一式、少し弐式と話してくるから下のカフェで休んでて」

「……はい」


 彼女は悲しげな表情を浮かべながらカフェへと向かう。

 俺はさてと一息ついて、弐式が残る収録スタジオへと入った。

 残されたメイドはどことなく放心しているような、視線の焦点が定まっていないような感じだった。

 彼女は俺に気づいた瞬間、目に光りが戻り怒りの眼光をぶつけてくる。


「あなたもわたくしに何か言いたいことがあるのですか? 言っておきますが、わたくしは間違ったことは何も言ってませんわ」


 弐式はガーターベルト付きストッキングに包まれた足を組み、座っている椅子にぎぃっと音をたてて背中を預ける。


「うん、俺も君が正しいと思う。ちょっと言い方は厳し目かもしれないけど、素人のリーダーなんて信用できないよね」


 俺がへらっとした笑いを作ると、弐式は自分の感情を爆発させる。


「何へらへら笑ってますの! あなたを見ていると本当に腹が立ってくる。なんの能力もないのに、ただ周りの優秀さとコネに甘やかされてる。実力のあるファーストが、あなたなんかの為に夢を諦めようとしているのに!」


 薙ぎ払うように、机の上に置いてあったメールの紙束を落とす弐式。

 まぁやっぱ一番の問題はそこだよな。多分弐式は一式のことが好きで、アイドル声優として活躍してほしかったのだろう。

 今まで努力してきた姉が、急に俺の専属メイドになるって言い出して、怒りの矛先が俺に向くのは当然とも言える。

 俺はバラバラに散らばった紙束を拾い上げ、一枚ペラリとめくる。


「私は真下さんのような声優になるのが夢です」

「はっ?」

「私は真下さんのように歌が上手で、声優のお仕事もできるようになりたいです」

「何言ってますの?」

「真下さん、声優ってどうやってなるんですか? 練習方法を教えてください」

「わたくしを煽ってるんですの!?」

「俺、こっち側なんだよ」


 俺はリスナーの夢が書かれた、メールの紙束をポンポンと叩く。


「俺はこのメールを送った人達と同じで、所詮は素人がやりたいですって息巻いてるだけなんだ。だけど縁があって優秀な人たちが協力してくれてる。プロや会社の社長まで応援してくれてる」

「…………」

「君のように技術も実績もないのに、コネでゲーム作ってんじゃねぇ。完成して良いものができたとしても、お前の実力じゃねぇって言われると思う。でも別にそれは事実だからしょうがない。俺の実力が見合ってないんだから」

「…………」

「逆に失敗したときは、俺みたいな無能にリーダーをやらせたから、プロを使ったのに失敗したって、めいいっぱいバッシングしてもらって構わない」

「成功したらプロのおかげ、失敗したらあなたのせい。デメリットしかありませんわね」

「名声を借りるってそういうことだからね。最大のメリットは、俺が今楽しいってとこかな。今日も遊人さんに、もっとクオリティ上げろって言われて、これからデスマーチの話を仲間にしにいくとこなんだ」


 ちょっとした苦労話をすると、弐式は首を傾げる。


「苦しんでるのに楽しい?」

「君にこう言うとまた怒られるかもしれないけど、今ゲームを作るゲームをしているような感覚でもあるんだ。この企画どうやって達成しようとか、時間のやりくりどうしようとか、開発者のモチベをあげるにはどうしたらいいかとか」

「急にニヤニヤして気持ち悪いですわ」


 俺はへらっとした頬を叩いて顔を引き締める。


「ごめんね、ゲーム開発の話になると俺のキモオタの部分が出てきちゃうんだ。今ウチのメンバーすごい人ばっかりだから、どこまで面白いものが作れるだろうかって、アイデアが頭の中でぐちゃぐちゃに渦巻いてるんだ」

「爛々として、変態の目をしてますわ」


 酷い言われようである。キラキラした目と言ってほしい。


「ゲーム作りってわりと変態じゃないとできないよ。自分のエゴをエンタメ化して、お金取ろうとしてるんだもん。君の作る音楽も、一式が演じるアニメキャラもきっとどこか普通の人には理解できない熱があるんじゃないかな?」

「…………」

「ゲーム開発は異様な熱を持った人間たちの集合体だ。一般人には理解できない部分はたくさんあると思う」


 弐式の奴が、完全にやべぇ奴を見る目でこちらを見てくる。


「俺はこれからクリエーター見習いとして、ぶっ叩かれながらゲームを作っていくよ。急な目標にして悪いけど、君はちゃんと俺のことを敵として見てくれそうだから、君に認めてもらえるように頑張る」

「…………」

「それと……君は一式が俺の世話をしているせいで、夢がつぶされるって言ってたよね」

「……えぇ」

「一式は必ず声優に戻す」

「専属メイドであるかぎり、それはできないでしょう。……あなたまさか」

「うん、俺の側にいても一式にとって良いことはないからね。彼女は水咲に返すよ。必ず」



 悠介が去った収録スタジオで、弐式は未だにじっと座っていた。

 望みであった一式の声優復帰を、彼の口から告げられた。

 恐らく、そう遠くないうちに一式は専属メイドを解雇される。

 あれだけ復帰を望んでいたはずなのに、今はそれでいいのか? 姉が解雇になってもいいのか? という気持ちで揺れている。

 本当に不本意ながら姉は悠介に対して、主従以上の感情を持っていることはわかっている。

 解雇になった時、姉の悲しむ姿が想像できて自分のことのように苦しい。

 姉を悠介から引き離せばいいと思っていたのに、事はそう単純な話ではない。


「ゲーム作りってなんですの? あんな目の色かえて、人生みたいに語ることなの?」


 弐式は自分がゲーム開発に興味を持ち始めたことに気づいていなかった。

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