第314話 泥舟

 2日目の夜、空にはたくさんの星が輝いていた。

 俺たちはトロロの木の下で焚き火とカレー鍋を囲み、夕食を作っている最中だった。


「はーい、皆できたわ~」


 鍋に移されたレトルトカレーには、サザエとカニが一緒に煮込まれており、よいシーフードの香りがする。

 静さんにカレーをよそってもらうと、バカでかいカニの爪がご飯の上で鎮座しており、茶色いルーの中には薄く切ったサザエが並ぶ。

 贅沢シーフードカレーを一口食してみると、レトルトとは思えないスパイスの風味と、弾力のあるサザエの食感が感じられる。

 続いてカニの爪を一口頬張ると、ジューシーな肉汁が口の中いっぱいに広がり、カニの甘みとカレーの辛さが絶妙に調和し、口の中が幸福感に包まれる。


「んまぁぁい! けど、レトルトカレーにカニを入れるのって若干の勿体なさを感じる」

「そうですか? 十分美味しいですけど」

「私は袋カレーって初めて食べるが美味しいものだ」


 雷火ちゃんと火恋先輩は、初めてらしいレトルトカレーをいけるいけると食していく。

 さすがお嬢様、やっぱそういうインスタント系は食べないんだな。

 それに対して、ガツガツと品なく食らう成瀬さん。

 味わって食べるというよりかきこむような食いっぷりは、野生動物のようでワイルドだ。


「いや、マジで今まで食ったカレーの中で一番美味いかもしんねぇ。サザエがコリコリしてやがる。これは上物だ」

「成瀬さんは、そんな繊細な味わかんないでしょ」

「そうそう、あたしは腹に入ればなんでも一緒……んだとテメェ! あたしだって歯ごたえの違いくらいわからぁ!」


 ガラの悪い姉ちゃんだ。

 でも、こういう見てて気持ちのいい食い方をする人は好きだ。


「俺の食いさしのカニの爪あげるんで許して下さい」

「半分以上食ってるじゃねぇか、バカにしてんのか」

「いらないんですか? かじると無限に味出てきますよ」

「貰うけどよ」


 成瀬さんがカニ爪に手をのばしてくると、その前に玲愛さんが俺の食いさしのカニを奪い、自分の新品のカニ足を成瀬さんに渡す。


「あぁすみません姐さん。新しいの貰っちゃって」

「気にするな。私にはこっちの方が価値がある」

「食いさしがですか? あたしの食いさしいりますか?」

「それはいらん」

「???」


 謎の3点交換が成立し、玲愛さんは俺の方を見ながらカニ爪をちゅーっと吸う。なんか仕草がやらしいんですけど。

 ってか成瀬さんと玲愛さんの絡み始めて見たけど、成瀬さん玲愛さんのこと姐さんって呼ぶんだな。


 全員が海の幸贅沢カレーを食べ終え、心地よい満足感と幸福感に浸りながらオレンジに煌めく焚き火を囲む。

 こうしてると家族でキャンプに来たみたいで楽しい。

 

「あんたさ、どうやってこの焚き火作ったわけ? ライターなかったんでしょ?」

「太陽光でつけた」


 俺は月の問に、ポケットから小さなレンズを取りだして見せてやる。


「なにそれ、玩具?」

「ザヌのスナイパーライフルのスコープ」

「それってガンプラのパーツよね?」

「そう、最近のキットには本物のレンズが入ってることもある」

「それを虫眼鏡がわりにして火をつけたと、ガンプラすごすぎない?」


 ルアーになったり着火剤になったりと、本当に今回の道具部門MVPガンプラまである。


「ただ、明日は太陽が出ないだろうから、この焚火が消えたらもう俺たちは火を起こすことが出来ない。終わりだ」

「終わりとか言わないでよ。じゃあ絶対守らなきゃいけないわね」


 一応明日持つ分の薪は用意しているが、雨風の強さによっては消えてしまうこともあるだろう。

 交代で火の番をしないといけない。

 そんなことを考えているうちに、空には黒い雲が広がり綺麗だった星を覆い隠してしまう。

 そして予想通り、ポツポツと雨が降り始めてきた。


「あっ、降ってきましたね」

「トロロの木が傘になってくれてるから、あんまり濡れなくていいね」


 と言っても、後数時間もすれば本降りになるんだろうけど。


「なぁ一式、雨にあう曲一曲歌ってくれない?」

「わかりました。何がよろしいでしょう」

「あたしがギター引いてやるぜ」


 俺たちは小雨の降る中、一式と成瀬さんの美声に聞き惚れる。



 その頃、足立チーム――


「三石チームはカレーね」


 ベニヤ小屋のコテージにて、足立チームは漂ってくるカレーの匂いに腹をすかせながら、メロンパンを食べていた。

 田沼は口の中の水分を全て奪ってくるパンに顔をしかめる。


「パサパサ。美味しくない」

「とっしぃさん、もうちょっとマシなのおいといてくれればいいのに。これちゃんと動物性油入ってないよね」


 リタイア者用に用意された食事は、お世辞にも美味しいものではないが、彼らがそれらに対して文句を言える義理もなかった。

 シトシトと雨が降り始め気温が下がってくる。

 足立は小屋にあった携帯用電気ストーブをつけてみるものの、弱々しいヒーターに眉をひそめる。


「全然暖かくならないじゃないか」

「多分、電池があんまりないんじゃない?」


 田沼の言う通り、携帯ストーブは充電がされておらず発熱力が著しく下がっていた。

 オレンジの光を放っていた発熱灯は、30分もしないうちにゆっくりと光を失っていく。


「ダメだ、電池切れだ」

「なんとかしてよ足立君」

「僕にそんなこと言ったってしょうがないだろ」

「新しい電池、とっしぃさんにもらいに行くとか」

「日が暮れて雨降ってる中、島の反対側とっしぃさんのキャンプまで行けっていうのかい? 予備電池ないって言われたらどうするんだ、考えて言ってくれ」

「イライラしてるからって当たってこないでよ」


 質素な食事と寒さ、リーダー足立の頼りなさによってコテージの空気は最悪だった。



 翌日――


 島全体が雨雲に覆われ、激しいスコールに見舞われる。


「おー降っとる降っとる」


 俺はテントから顔を出して外を見やると、ズドドドドっと大粒の雨が地面を打っていた。

 泥混じりの茶色い水が高台から流れ、濁流を作っている。

 大自然が形になったような濁流は木々や岩を飲み込み、複雑に入り組んだ地形を猛スピードで駆け巡っていく。

 その様は、島全体を洗い流そうとしているようにも見える。

 俺たちが拠点にしていた洞窟からも水が吹き出しており、昨日のうちに高台に移動したのは大正解だったとホッとする。


「いやー凄い雨、自然って怖いねー」


 天が俺の背中に抱きつきながら外を見やる。


「他の参加者も無事だといいんだけどな」


 まぁとっしぃさんも軍人チームもプロだし、大雨が降ってもちゃんと岩場や木の上に避難するだろう。

 もう1チームいたような気がするが、そいつらは知らん。


「兄君、今なんか言った?」

「いや、なにも。なんか聞こえた?」

「今ぴゃーみたいな声が……」


 そんな面白い声したか?

 トロロの木から島を見下ろすと、小屋が流されているのが見えた。

 ベニヤで出来た小屋は、濁流に押されてスイーっと地面を滑っていく。

 

「便所が流れてるな」

「あれ、トイレじゃなくてセーフハウスじゃない? 昨日ボクらの道具捨ててくれた人が使うって言ってた」

「あぁそういやそんなこと言ってたな……。さすがに脱出してるだろ」


 このまま行くと、流れに乗って海まで行くな。

 すると小屋の中から足立チームが出てきて、我先に外へと逃れようとするが、全員が足を引っ張り合って誰も脱出できていない。

 時折「邪魔するな、僕が先に出るんだ!」「ふざけないで、あんた良いのは顔だけで性格最悪ね!」と仲間割れする声が聞こえてくる。


「……ちっこいタイタニックを見ている気分だ」

「人間って醜いよね」


 人類はいつかあんな感じで滅ぶかもしれないな。

 俺たちが見ている前で、セーフハウスは横倒しになると島の外まで濁流に流されていく。

 ずぶ濡れになった足立さんがなんとか這い出てくるものの、その頃には既に海に出てしまっており、無人島からゆっくりと遠ざかっていく。


『たすけてくれ~』


 そんな断末魔が聞こえてくるが、どうにもならない。

 俺たちは大自然も怖いが、やっぱり真に怖いのは人間同士の争いかもしれないと思う。


「彼らどうなるんだろうね?」

「さぁ、無人島サバイバルから海洋サバイバルにかわるだけじゃないかな」


 その後、海に流された足立さん達を救うためにとっしぃさんのスタッフがボートを呼び出し、彼らは海の藻屑になる前になんとか救出された。

 しかしながらこれ以上のゲーム続行は困難として、サバイバル企画は三日目にして中止を余儀なくされたのだった。

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