オタオタ A7

第315話 P対D

 サバイバルから帰ってきた俺たちは、ゲーム制作を続けていた。

 月はスランプを乗り越え、今ではバリバリとシナリオを書いている。恐らくこのまま最後まで書き上げてくれそうだ。

 彼女以外にも天のグラフィックや雷火ちゃんのプログラムも好調で、無人島での経験は良いリフレッシュになったのだろう。

 俺も出来上がった素材の精査を行いながら、テストプレイを続ける。


「何かが足らない気がする……」


 ディスプレイに映る、自作アドベンチャーゲームADV、【ブレイド(仮)】を見つめながら小さく息をつく。

 プログラムもグラフィックも問題ないのに、クオリティが求めている域に達していない。

 開発の進捗は60%を越えて、ゲームの全体像が見えてきているのに納得いっていない。


「これは※完成前症候群だ」


 ※完成しかかったものに対して、本当に面白いかどうか判断ができなくなってしまう事である。

 概ねこの時の感情に耳を貸していいことは一つもない。

 俺は、雷火ちゃんたち開発者全員がいるディスコードを見やる。


雷火『完成が見えてきて、いいものができてますね』

静『そうね。これにボイス? がつくともっとすごくなりそうね』

天『皆のサポートがあって、グラフィックも順調だよ』

火恋『このようなゲームを作れるなんて本当にすごい』

成瀬『ゲームって素人でも作れる時代になったんだな』

綺羅星『なる先輩おばさんくさーい(≧∇≦)』


 開発者のモチベも高い。

 俺は間違ってない。面白いものを作ってる。

 でも……何かが足りない。


 そんな漠然とした悩みを抱えたまま数日が経った頃、遊人さんからゲームの品質チェックが終わったから、一式と共に水咲本社ビルまで出社しろとメールが来た。

 無人島サバイバルに行く前、遊人さんにα版のゲームデータを送っておいたので、その評価を聞かせてもらえるらしい。



 俺は言われた通り、一式を引き連れて本社ビルへと出社。

 エレベーターに乗りながら小さく息をつく。


「き、緊張しますね」

「一式、俺より顔色悪いよ」

「社長のチェックはとても正確で、開発段階でよくない評価が下ると、それ以降何をやっても面白くならないと聞きます」

「水咲という大企業を率いてきた人だからね。面白いものや流行りに対するセンサーは誰よりも敏感だろう」

「心配ではないのですか、御主人様は?」

「緊張はしてるんだけど、もしかしたら俺の悩みの答えを聞かせてくれるかもしれない」

「悩み……ですか?」


 エレベーターが最上階に到着し、俺たちはノックをしてから社長室へと入る。


「やぁ我が息子」


 いつも通り、PSVINTA片手に業務(?)を行う遊人さん。

 デスクにはゲームソフトやプラモが散乱していて、世界一汚い社長席だと思う。


「息子じゃないですけどね」

「時間の問題だ。宿題の話を聞きにきたんだよね」

「学校の先生みたいな言い方しないで下さいよ」

「結論から言うと、君たちのゲームは悪くない」

「本当ですか、良かったですね!」


 一式がパンっと手を打って喜ぶが、俺は喜べなかった。

 なぜなら現状の評価は”面白い”ではなく、”悪くない”だからだ。


「先に問題点をいくつか話そう」

「はい」

「まずはジャンルだ。恋愛アドベンチャーゲームというのが、既にオワコンと化しかけている。そこに挑戦しようというのがまず無謀。更に題材がロボットSFって、もう焼き畑の上で商売しようとしてるようなもんだ。一応他の作品の名誉の為に言っておくけど、ADVもSFも面白くないって言ってるわけじゃない。圧倒的に売れにくいと言ってる」


 その通り、遊人さんは全てビジネスの視点で話をしている。

 売れるものだけを考えるならば、この企画ははなから通らない。

 もし俺が新米プランナーで、ディレクターにこんな企画考えてみましたと企画書を渡しても「ロボットモノのSFに恋愛? ロボットって女性層に全く受けないんだよね……」と苦い顔をされるのは間違いない。

 商品戦略を考えるのであれば、人気のジャンルを刺しに行くのは当たり前であり、今現在空前のファンタジーブーム。

 ファンタジーというだけで一定の客が確保できるかもしれないのに、それに乗っからずコアな層をターゲットにしようとしている。

 そんな初歩的なマーケティングを、遊人さんが指摘するのは当たり前である。


「同人ゲームだから好きなものを作ればいいとは思っているが、あまりにも自分の好きなものを押し付けすぎると、独りよがりになることもある」

「はい」

「そしてアドベンチャーゲームの宿命と言えば宿命だが、絵柄が地味だ。これはキャラグラのことを言ってるんじゃなくて、紙芝居的なプレイ画面の話だ。ここはなにか工夫が欲しい」


 遊人さんは、俺が感じていたところをズバッと言い切る。


「1話目のCGはとても迫力がある。しかしながら音がちょっとしょぼい。もっと盛り上げたまえ。昔のように、ユーザーが買ったゲームの元をとるために、つまらなくてもプレイするという時代は終わった。面白くなかったら1時間でやめる。このゲームは1話毎に区切られていてプレイしやすいが、逆を言うと1話目で面白くなかったら大半がプレイしなくなる。勝負の1話目なんだ、もっとドラマティックにして」

「わかりました」

「わりとからいことをいくつか言ったが、設定は好みだし天の絵は素晴らしい。背景も多分プロが書いているのだろう? 細部まで綺麗だ」

「ありがとうございます。つまり現状では絵とシナリオが良い、凡作になりつつあるってことですよね」

「はっきり言えばその通りだ。君はある程度エロゲやギャルゲをやって気づいていたんだろう? 悪くはないけど、これじゃ良ゲーの域を出ないって」

「…………」


 沈黙した俺に、遊人さんはため息を付いた。


「息子よ、言いたいことがあるなら言うんだ。第三開発室にいたとき、君はもっと暴れん坊だと聞いたよ」

「…………実は、ADVの地味さを解消するためにSLGシミュレーションゲーム要素を加えたいんです」

「……ふむ、続けて」

「俺もプレイしていてプレイヤーの介入点が少なすぎると思って。プレイヤーにもっとこの世界にのめり込んでほしい、もっとできることを増やしてキャラクターに愛着を持ってほしいと思うんです」

「それでなぜSLG? プレイヤーの操作を増やすならアクションゲームじゃないのかい?」

「アクションゲームだと、自分の操作に夢中になっちゃうじゃないですか。このゲームの主人公はあくまで部隊の指揮官なんです。味方部隊を指揮して、戦局を切り開く。そういった展開のほうが面白いと思って」

「理にかなってる。……企画書はあるの? 君こういう話する時、大体準備してからするんでしょ?」

「あります」


 俺は念のため持ってきておいた、企画書の入ったUSBを取り出す。

 遊人さんはノートPCに映し出された企画書を見ながら、難しい顔を浮かべる。


「ふ~む……好感度ボルテージシステムに、換装システム、合体攻撃ね」

「…………」

「君はなんでこれを実装しないの?」

「当初の制作はADVでしたので。SLG部分を作るっていうのは、もう一本ゲームを作るのと同義ですので……」

「プログラマー一人だっけ? SLGを作って、既存のADVに組み込む技量はあるの?」

「あります。ただ戦闘のバランス面での調整経験が、俺含めありません。またSLGに必要な素材が膨大で」

「敵のアルゴリズム組んで、SLGのチップ作ってとなると、時間が厳しいのは事実だねぇ~。今作業遅延あるの?」

「ありません。でも、SLG要素を作れるほどの余裕は正直……」

「君さ、いろいろと理由をつけて嫌がってるけど、一番の理由はさ……君のスタッフに死んでくれって言えないからじゃないの?」

「…………」


 遊人さんの言葉に押し黙る。彼の言っていることは正しく、俺は雷火ちゃんたちに、作業量倍以上になっちゃったと言えないのだ。


「第3にいた頃は、わりと気軽にデスマーチを提案できたけど、開発のリーダーになって、無茶する怖さがわかっちゃったってところじゃない?」

「…………はい。俺が出した企画で、皆をボロボロにするのがつらいです。そして新規で追加した部分で、新たに生じるトラブルも怖いです」

「だろうねぇ。それの100倍くらいの重さを背負っていたのが居土君だ。彼には会社の売上と部下の生活を守る責任があったからね」

「今度あったら、生意気なこと言ってすみませんでしたって謝ろうと思います」

「でも居土君は後悔してなかったと思うけどね。例え死にそうな思いをしても面白いものを作る。それがクリエーターってものだ。君、今身内でゲーム作るんじゃなかったって思ってるでしょ?」


 ニヤニヤ顔の遊人さんが憎たらしい。


「ほんの少しだけ。お金で雇った人なら、契約の範囲内で新たな仕様の交渉できますけど、相手は友人ですから」

「これがディレクターと、他クリエーターが仲悪くなる理由だよね。あいつら思いついたこと、ばんばん下に投げてきやがるって怒られるんだよ」

「……SLGはとりあえず一作目を完成させてから、次の企画に回せばいいんじゃないか。今から新しい仕様を乗せて完成しなかったらどうするんだって、冷静に止めようとしている自分もいて」


 俺の弱気な発言に、遊人さんは社長席の背もたれをキィっと鳴らす。


「息子よ、アドバイスしておくがゲーム開発は完成させるのが目的か?」

「いえ」

「違うだろ? 面白いゲームを提供するのがゲーム開発だ。とりあえず処女作を完成させよう。一つの仕事を綺麗に終わらせようなんて考えるな。無難に作り上げた作品に次はない」


 遊人さんの言葉は重く、俺の胸に突き刺さる。


「君はもうこの面白い企画を思いついちゃったんでしょ? 無茶苦茶だけど、僕が待ってたのはこういう突拍子もなく面白くできる企画なんだよ。この企画は守りに入ってない。こういう攻めたのを僕もユーザーも待ってるんだ」

「……現実問題、開発が重くなってしまいます」

「そんなことはわかってる、誰もやりたくないから価値が生まれるんだ。現状ADV好きの顧客しか取り込めていないところを、SLG好きを取り込める。君たちが死ぬ以外メリットしか無い」

「恐ろしいことを言いますね」

「君は優しいから言えないだろうけど、僕は大事な息子に言えるよ。三石悠介、この企画を実行するんだ。やらないなら帰れ」


 俺は両手を組んだ、ゲンドウみたいな遊人さんプロデューサーに向かい合う。

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