第169話 玲愛と首輪Ⅹ

 エレベーターを下りて、急いでフロントに走ると、雷火がサロンで経済新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。


「雷火、悠を見てないか? 急にいなくなった!」


 ぜぇぜぇと息を切らせながら雷火の顔をみるが、私の必死な様子を特に気にすることなくあっけらかんと答える。


「あぁ悠介さんなら、さっき手錠外れたって言ってましたけど。てか酷い格好ですよ、頭サイヤ人化してますし、シャツの下ちゃんと下着付けてます?」

「そんなことはどうでもいい、さっき会ったのか!?」

「え、えぇホテルの玄関で。悠介さん今日フリーになったからプールでぷかぷか浮いてくるってましたよ」

「ほんとにリタイアしたのか……。別に私がいなくても天と参加するんじゃなかったのか……?」

「えっ、本気で言ってますか?」


 雷火は何言ってんだコイツ? と言わんばかりにアホを見る目で私を見る。


「悠介さん、姉さんが内海さんと組むからあぶれちゃったんじゃないですか」

「あいつなら変えのペアはより取り見取りだろ」

「悠介さん、パパに姉さんとイベントに出ろって言われたから出てるんですよ。その姉さんが違う人と出るならイベント自体出ませんよ」

「いや、しかし天が……」

「昨日天さんとちょっと喧嘩したって聞きましたけど、そんなにうろたえたないでください。ってか、悠介さん相当凹んでましたけど、八つ当たりしたんじゃないでしょうね?」

「…………」

「うわー……その顔やりましたね」

「あいつが生意気に私の見合いをセッティングしたりするからだ」

「パパに言われて無理やりやらされたからでしょ。悠介さんが好き好んでそんなことしませんよ」

「だとしてもだ、つまり早く私に結婚しろという意味だろ?」

「そんな意味絶対ないですよ。ただ単にパパに言われて断れなかっただけですって。……候補者からも結構怒られてたみたいですし、それに姉さんからも恨まれて悠介さん可哀そうとしか言いようがないです。一応聞いておきますけど、悠介さんって多分相当なこと言わない限り姉さんから離れないと思うんですけど、他にも心当たりあるんですか?」

「……天とぶつかったとき、ほしければくれてやると」


 そう言うと雷火は「うわ、それは引く」と顔をしかめる。


「犬じゃないんですから……。悠介さんが姉さんに恋愛感情を持っているかは知りませんけど、憧れや好意に近いものを持ってたのは間違いないです。それをそんな風に言われたら傷つきますよ。それに……」


 雷火はちらりと私の首筋を見やる。


「首輪、とったんですか? あれ大事なものでしょう」

「悠が持って行った」

「それは悠介さんが姉さんの首から外してですか?」

「いや……私が外していたのを持ち去った」

「寝る時もつけてたのに外したんですね。それで内海さんとペア変更もしたと」

「何が言いたい」

「姉さん自分に好意持ってるってわかってる男の子に、よくそこまで酷いことできますね。わたし的にその首輪って結構重い意味合いがあるものだと思ってました。姉さんが肌身離さずつけるってことは、かなり深い絆の具現化でしょ? その認識は悠介さんも同じだと思います」

「…………」

「それを外して内海さんとペア変えたってことは、悠介さんのことフった……っていうと付き合ってみたみたいで、わたしが認めたくありませんけど、そういう意味に捉えられてもおかしくないです」

「…………」


 雷火は新聞をテーブルに置いて脚を組む。


「姉さん、聞きたいんですけど、悠介さんを追いかけてどうするんですか? ペアも変えたし、手錠も外れちゃってるなら追いかける意味ないですよね?」

「あ、あいつが何か勘違いしてるいるから……」

「勘違い? 勘違いって何ですか? 姉さんはキャンキャン懐いてる悠介さんの顔を蹴り飛ばして、あっち行けって言ったんですよね?」

「そ、それは天がつっかかってくるから……」

「ごめんなさい、わたしには悠介さんがいろんな女性からアプローチかけられてるから、姉さんが腹いせでやり返してるようにしか見えないです」


 雷火はこれみよがしなため息をつくと、指を一本ずつたてていく。


「1”ペア変更”、2”ほしけりゃくれてやる暴言”、3”首輪外す”。スリーアウトです。こんな明確に拒絶されたら誰だって離れますよ」


 妹に言われ、私は自分が悠介のメンタルを傷つけたことを後悔する。

 それと同時に彼を拒絶した過去の映像がフラッシュバックする。

 【僕もそっち側が良かったな】

 胃液が逆流する嫌な感じ、また私はあいつを拒絶してしまったのか。


「顔白いですよ。どうするんですか姉さん?」

「どうするって……」

「酷い事しちゃったんでしょ?」

「………………」

「……謝りましょうよ、悠介さんに。それで内海さんには悪いですけど、ペア変更はなかったことにしてもらいましょう。今回はちょっとライン超えたって自分でもわかってますよね?」


 雷火が諭そうとしていることはわかる。

 しかし私はしばらく考えた後、一つ大きなため息をつく。

 冷静になれば別に悠が水咲にとられたわけでも、妹との関係が壊れたわけでもない。

 ただ私との関係が良好ではなくなっただけ。それは当初の計画からすれば誤差の範疇。あくまで重要なのは妹であり、私ではない。

 むしろこれは好機でもある、私が悠介離れする為の。

 私が一般の幸せを手にする資格はない。

 伊達を、妹を、悠介を守るために、私はその輪の中には入れない。ならばすることは決まっただろう。


「結婚……するか……」

「えっ? マジで悠介さんと結婚する気ですか? 謝れとは言いましたけど、謝罪と一緒に求婚されるとさすがに愛が重いというか、悠介さん普通に受けそうで怖いというか、負けヒロインが確定しそうで心の準備ができてないと言いますか」

「違う、何テンション上がってるんだ。悠以外の誰かだ。幸いここには”偶然”にも用意された婚約者候補が揃っている。私は身を固め、伊達を盤石なものにする」


 そう言うと雷火は鼻で笑い「あぁ内海さんとですか」と冷めた態度をとる。


「姉さん意地になっても意味ないですよ。姉さんも悠介さんのこと好きなんだから、一言謝って、それでまた一緒にヒロインレース走りましょうよ。わたし運動会で皆一等賞とかふざけたこと言うなって思う人ですけど、これに関しては三姉妹で手をつないで一等賞もやぶさかではないですよ」

「初めからそんなもの走っていない。私の婚約相手をお前にとやかく言われる筋合いはない」

「そういうとこですよ! ヒロインレース単独首位で走ってるくせに、外野気取ってるから天さん後続がキレるんです!」

「わけのわからんことを言うな。どのみち謝罪したところで許される罪ではない」

「許してくれますよ、悠介さんなら! 多分あの人なら自分悪くなくても俺が悪かったですって言いますって!」

「もう決めた。私はこのイベントで優勝して内海と結婚する」

「姉さんのわからずや! そんな意地で結婚するなんて内海さんにも失礼ですよ!」

「わかった口をきくな。今更私もあいつも愛だの恋だので結婚相手を選んでいない。条件と利害が一致すれば婚約者としてお互いを利用する」

「そんな企業戦争みたいな結婚絶対幸せになりませんよ!」


 雷火を無視してホテルを出ると、後ろから「姉さんのバカァ!!」と大声が響いてきた。

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