第303話 チーム足立

 月のスランプ克服の為、急遽サバイバル企画へと参加することになった我がサークルメンバー。

 移動時間約6時間、東京港からフェリーに乗ったり高速ボートに乗ったりを繰り返して、やってまいりました無人島。

 青空の下に浮かぶ、直径約8キロほどのまん丸い島。

 海岸地帯は白い砂浜に囲まれており、内陸部には熱帯に生えてそうな背の高い植物が青々と茂っている。

 当然ながら人工建築物の類はなく、日本にこんなとこあったんだなと驚かされる。


「日本にこんな島あったんですね」

「俺も同じこと思ってた」


 双眼鏡を持つ雷火ちゃんが、島の全体を眺めて「ほえ~」と驚く。

 その隣で、パーカー姿の天が暑い暑いと手で顔を扇いでいた。


「今日めっちゃ気温高くない?」


 確かに彼女の言う通り、季節外れの猛暑に見舞われている。

 空高く光り輝く太陽は、容赦なく屋根のないボートを照りつける。


「サバイバルするなら、寒いより暑いほうがいいだろ」

「限度があるよ」


 天はパーカーのジッパーを開くと、ビキニに包まれた、たわわな胸が露わになる。

 イケメンのくせに、脱いだらボロンって感じで出てくるので驚く。


「なんで水着なんだよ」

「無人島なら泳げるかなって」


 完全にバカンス気分だな。

 すると同じくパーカー姿の金髪ツインテ、シナリオ担当の月が両手を腰に当てて遊びムードを怒る。


「遊びでいくんじゃないわよ。これはキャラクター達がどういう場所で戦ってるか、詳細に描写する為に必要な経験なの。あんたもグラフィッカーなんだから、島の動植物の形や色覚えておきなさい」

「うぇ~兄君、うるさい妹がボクをいじめるよ~」

「月ちょっとこっち来てくれ」

「なによ」


 俺はあくまで取材の為と言い張る、月のパーカーのジッパーを下ろした。

 すると、こいつも下にストライプ柄のビキニ着てやがった。


「お前もか……」

「これはサバイバルの為に、汚れても大丈夫なようにしてるだけよ。勝手に見ないで」


 慌ててジッパーを締める月。

 その様子を雷火ちゃんが恨めしそうな目で見ていた。


「どいつもこいつもデカパイなんですから……」



 俺は高速ボートに乗る20名ほどの参加者達を見やる。

 モスグリーンの軍服を着こなした、屈強そうな30代くらいの男性が5人談笑をしている。多分この人達が1チームなんだろうな。

 他には男2人、女3人の陽キャ大学生グループがいる。

 この人達と競うのかと思っていると、成瀬さんが参加者たちの解説を入れてくれた。


「知ってるかわかんねぇけど、この企画の主催者は”とっしぃズ”っていう4人組のムチューバーで、登録者は40万人くらいだな。わりと体はった平成初期くらいのバラエティ企画が多くて、子供よりおっさんに人気のあるグループだ」

「ムチューバーの企画で、無人島借り切るって凄いですね」

「まぁ動画で得た収益のほとんどを企画に回してるらしいから、そっちの方でも体はってる。あっちの軍人っぽいのは、見たまんま全員元軍人で先に島についてる主催者チームと戦う。向こうの大学生グループは、主催者の友達だな」

「なるほど。とっしぃズ、軍人、大学生、俺たちの計4組で戦うわけですね」

「そうだな」

「一応動画企画ですし、俺たちも何かしたほうがいいんですか?」

「メインはほとんど主催者チームVS軍人チームで、あたし達とあの大学生グループはほぼ賑やかしだ。多分動画もほとんど使われないと思うから、そんな気にすんな」


 それじゃあ、ほんとに取材旅行と思っていいかもしれない。

 すると、大学生グループの女性が声をかけてきた。


「なるる、あんたこんな企画に乗ってくるなんて初めてじゃない?」

「明美!?」


 どうやらこの女性と面識があるらしい。

 歳は成瀬さんと同年代くらいで、ショートヘアにスレンダーな体つき。ベージュのワンピースに、白いつば広の帽子を被っている。


「成瀬さん、お知り合いですか?」

「あぁ、こっちは田沼明美。同じ配信業者だ」

「どうも~。たろいもチャンネルって名前で活動してるから、よければチャンネル登録しといてね」


 にこやかにピースする田沼さん。社交性が高そうだ。


「つか明美、お前参加するのかよ」

「当たり前じゃない。売名のためならなんでもやるわよ。こっちはあんたと違って再生数ガタガタなんだから。ここで勢いのあるグループとコラボして、息を吹き返さなきゃチャンネル消滅よ」


 ムチューバーって大変なんだな……。


「逞しいな」

「そっちの男の子は?」

「三石悠介です」

「一応ウチのリーダーだよ」

「じゃあこっちもリーダー紹介しとかないとね。足立く~ん」


 呼ばれてやってきた茶髪の大学生。


「初めまして、足立拓巳あだちたくみです」 


 礼儀正しく頭を下げる足立さんは、色白でかなりのイケメンだ。身長は180弱くらいだろうか。鼻筋が通っていて、シャープな顔立ち。優しそうな表情をしており、背景にキラキラとした光が見える。

 服装はちょっと個性的で、ベルトが多くついた黒のジャケットを着ている。パンクバンドでもやるのだろうか?


「どうも、なるるです」

「三石です」


 俺は差し出された手を握り返すと、足立さんはハニースマイルを浮かべる。


「こちらこそ。若いリーダー君だね」

「動画関係者ですか?」

「いや、僕はとっしぃさんの知り合いなんだ。僕がいたら面白くなりそうって言ってくれて」

「へー。サバイバル能力に自信があるんですか?」


 俺が聞くと、足立さんは前髪をかきあげ、ふっとセクシーな吐息を吐く。


「それほどでもないんだけどね。自然保護活動を趣味としているんで、山に登ったりしてるよ」

「すごいんですね」


 自然保護活動のライバルか。いい人そうだから、バチバチに戦うことになったらやだな。


「狩りとか特技あるんですか?」

「いや、そんなのないよ。僕は元から菜食主義で野菜しか食べないんだ。人間は野菜だけで十分生きていけるからね」

「えっ、じゃあ肉は食べないんですか?」

「いや、肉もたまには食べるよ」


 俺と成瀬さんは顔を見合わせ、菜食主義ってなんだっけ? と首を傾げる。


「命は大切にしなければいけない。それが例え動物でもね。このサバイバルでも、その主義を貫いていきたいなって思ってる」


 でも肉食べるんですよね? と言いかかったが、無理やり言葉を口の中に押し込んだ。

 まぁ肉食べる菜食主義もいるんだろ。知らんけど。


「人間たちが、いつか真の意味で自然と調和するときがくるといいよね」


 足立さんは崇高な人類目標を掲げながら、アンニュイな表情を浮かべる。

 すごくナルシスト臭がすると思っていると、後ろから黄色い声が飛ぶ。


「足立君かっこよすぎ」

「自然を大事にする姿、素敵」


 大学生チームの残りのメンバーが、目をハートにして足立さんを見ている。

 田沼さんも同様に、アイドルを見たかのようにはしゃいでいた。


「なるる、足立君めっちゃカッコ良くない?」

「そうかぁ? あたしは普通の奴がいいわ」


 俺と成瀬さんは”チーム足立”には近づかんとこ、と暗黙の了解を作った。

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