オタオタ A5

第273話 同人サークル

 俺はスマホにかかってきた電話に出ると、相手は水咲の社長遊人さんだった。


『やっ、僕の送った刺客はどうだった?』

「真下さんのことですよね。いきなりあんな物騒なの送ってこないで下さい」

『僕は別に爆弾なんか送ってないよ』

「十分爆弾ですよ。どこまで知ってるのか知りませんけど、今俺、伊達姉妹と一緒に住んでるんですよ」

『ボロアパートにでしょ? 水臭いなぁ、ウチの娘をのけものにするなんて。一応彼女には、君が他の女の子とくっつかないようにするお仕事もあるから』

「そのせいで俺はゴルゴダに囚われたウルトラマソみたいに、磔にされて異端審問されたんですよ」

『愛されてる証拠じゃないか』

「大体真下さんって売れっ子声優なんでしょ? 俺の世話なんかやらせていいんですか?」

『そっちはね、一応代役がいるんだよ。真下弐式っていう』

「本当に弐式って人いるんですか?」

『いるよー彼女そっくりの妹』

「嘘くさいですね。真下一式の妹設定のAIとか、アンドロイドじゃないでしょうね?」


 水咲なら、疑似電脳声優とか作っててもおかしくない。


『いいとこつくねぇ。でも秘密だ』


 あくまで本当のことは教えてくれないらしい。


『彼女について本当のことを話すなら、彼女は役者だ、もうひと回り成長するには君と一緒にいたほうがいいかなと思って』

「どういう意味です?」

『恋をすると、役に深みがでるんだよ』

「冗談ばっか言わないでください」


 この人、全然真剣に答える気ないな。


「そもそも彼女、なんでメイドやってるんですか?」

『一応保険だったんだよ。あの子、今でこそ声優で当たったけど、やっぱり声優で食っていくのってめちゃくちゃ厳しいの』

「それはよく聞きますけど」


 声優で食っていけるのは1万人中300人程度で、ほんの僅かなトップ層以外はバイトが必要とか。


『声優をやりながら、ハウスキーパーの仕事も与えて食いっぱぐれないようにしたの。今は売れてるから、本当はメイドやめてもいいはずなんだけど、彼女自身がメイドも好きだから続けてるんだ』

「遊人さんが面倒見てるんですか?」

『オーディションで彼女を発掘したのは僕だからね。彼女田舎を出てきてるし、声優デビューさせて売れませんでした、実家に返しますじゃ申し訳が立たないだろ?』

「意外と面倒見いいんですね」

『水咲所属の子は全部僕の息子娘だと思ってるからね、はははは』

「自分の娘の面倒は見ないのに」

「んがっ」


 グサっときたのか、遊人さんの高笑いは止まって変な声が出た。


『あと彼女声優になるって言った時、親御さんと激しく喧嘩してるんだ。そんな安定しない仕事やめろって言われてる』


 まぁ親が子供のことを考えるなら、安定した職についてもらいたいと思うだろう。


『でも彼女の熱意は本物だし、なんとかしてやりたいと思ったから面倒を見てるんだ』

「じゃあ、余計俺の世話をさせてる場合じゃないでしょ」

『だからそれは君と恋愛をして、一皮むけて――』

「また茶化しますね」


 どこまで本当の話なのかわからなくなってきた。


『あっ、そうだ、こんな話をするために連絡したんじゃないんだ。君、コミケ興味あるでしょ?』

「まぁそうですね。何回か参加したこともありますし」

『年明けに予定されてるコミケあるじゃん。それウチも企業ブースとして出るんだけどさ。イベント用の出し物を開発していた第二開発が、大規模な引き抜きにあっちゃって機能してないんだよ」


 あっけらかんと言ってのける遊人さんだったが、それってすごく大変なことなんじゃ?


「引き抜きって、大変じゃないですか」

「うん大変。今第二主任不在で、凄い困ってるのよ」

「御堂さんも引き抜かれたんですか?」

「いんにゃ、あいつは普通に過労で倒れた」

「大変ですね……」


 想像を絶する状況にあるのではないだろうか。


「第二は据え置きのPSDで出す新作と、イベント用のゲーム開発してたけど、両方生かすのはムリっぽいから、イベント用はもうやめるかって考えてたんだ。でもウチの隣のブースが、引き抜きかけやがったヴァーミットゲームっていうライバル社でさ。そこに負けるの癪じゃん?」

「そりゃまぁ、そうですね」


 ヴァーミットって、あの未完のDLC商法で悪名高い……。

 あそこに引き抜かれたのか。


『実は今回のコミケ、企業推しクリエーターコンテストってのがあるんだよ』

「企業推しクリエーターコンテスト?」

『そう、コミケに参加してる企業が、新人同人クリエーターとタッグを組んで商品を出すんだ』


 言いたいことが段々見えてきたな。


『君さ、ウチの推しクリエーターとしてゲーム作ってみない? それでコンテストで1位とってよ』

「んな無茶苦茶な」

『できるでしょ、開発経験者の君なら』

「経験者って、俺が水咲でやったことってゲームのデバッグと、ちょっと開発方針に意見を提案させていただいただけですよ」

『十分だよ。今回のコンテストで、君以上に現場を経験している人間はいない』


 確かにデスマーチは経験したが。


『多分君と争うことになるのは、ヴァーミット所属の推しクリエーター。摩周健人君だろう』


 摩周か……確かヴァーミットの社長息子なんだったな。

 あいつと最後に分かれたとき、第二のプランナーとして採用されたって聞いたが……。


「俺正確なプログラム組めませんし、美しい絵も描けないし、泣けるシナリオも描けないし、心打つサウンドも作れません。技術無しでクリエーターになんかなれません」

『別に君ができなくてもいいでしょ。できる人にやってもらえば』

「…………」

『思い当たる子いるんじゃないの?』


 俺は自分の周りにいる人物を、ゲーム開発の役職に当てはめてみる。


 プログラマー:雷火

 グラフィッカー:静、天、真凛亞

 シナリオ:月

 サウンド:真下、成瀬

 プランニング兼ディレクター:俺


「…………いけますね。彼女たちが了解するかは別の話ですが」


 しかもプロも混じってる、豪華なメンツ。


『了解するよ、君の頼みなら。天なんか多分、僕がゲームのために絵を描いてって言っても、嫌♡って笑顔で答えると思うけど、きっと君なら二つ返事でOKするんじゃない?』

「断られはしないと思いますけど……。そんなゲームのノウハウもないのに」

『ウチの開発室がサポートするさ。居土君辺り、多分面倒みてくれると思うよ』


 居土さんか。めちゃくちゃ怖いけど、あの人ならちゃんと完成に導いてくれるだろう。


『デバッグに関してもこっちで協力しよう。君はいいゲームを考えるんだ』

「あの、一つ思ったんですけど俺の今想像してるメンバー、一人一人のマンパワーが強いんで、俺いらないかもしれないです」

『そんなことはない。君はゲーム開発で知ったはずだよ、うまく部署を回す人間の重要性を。優れたクリエーターでも、パイプ役がちゃんとしてないと100%の力を引き出すことはできない。君はメンバーの力をうまくコントロールして、長所を引き出してあげることが必要な製作進行だ』

「製作進行……」

『開発は絶対に順調に進まない、クリエーターのトラブル、バグ、遅延、スランプなんかもある。それらに対処して完成に導くのが君の仕事だ』

「聞いてるだけできついですね」

『トラブルの大半は技術的なことより、人間関係だからね。ゲームが完成しなかったら全て君のせいだ。だが、完成して賞賛を浴びた時、君はクリエーターになるだろう』

「…………」

『やってくれないか?』

「あなたから初めてお願いされた気がします」

『そうかい? そういえばいつも決まったことばかり話している気がするな』


 珍しく自分のことで笑う遊人さん。


「俺の想定しているメンバーに声をかけてみようと思います。それで皆がやってくれるなら、このお話受けようと思います」

『良い返事を期待しているよ』


 そう残して通話は切れた。

 真下さんをいきなり送り込んできた次は、ゲーム作れだもんな。

 あの人の破天荒さが知れるよ。

 でもトップって、あんな感じでめちゃくちゃな人が多いイメージだ。


「卑怯だよな……こっちがオタクだと知ってて、そんな面白そうな話ふってくるんだもん」


 俺はこの話を、まだ名前も決まっていない同人サークルのメンバーに話に行くのだった。

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