第274話 開発費

 俺は遊人さんからコミケでのサークル参加を促され、メンバーとなる人物に声をかけている最中だった。


「一番参加してくれそうなところから声をかけていくか」


 俺はアパートの雷火ちゃんの部屋をたずねることにした。

 ボロい扉をコンコンとノックしてみるものの反応はなし。留守だろうかと思ったが、しばらくして声が聞こえてきた。


「はーい、ちょっと待って下さいね。今着替え中ですから」


 ガチャリと扉が開くと、雷火ちゃんは上はメイド服、下はパンツとニーソックスという凄い格好で姿を現した。

 俺と目と目があい、お互いしばし沈黙。

 

「や、やぁ、ごめんね。着替え中に……」

「すみません、大福だと思ったんです……」


 彼女はカーっと顔を赤らめると、バンっと凄い音をたてて扉を閉めた。

 大福が扉をノックしたと思って出てきたら、俺だったでゴザルってことか。

 申し訳ないことをしたな。そんなことを知らない肥満猫の大福が、俺の足元にすりよってきて「なー?」っと鳴き声を上げる。


「黄色の縞々か……」


 俺は特に深い意味のない言葉をつぶやいた。

 数分後、いつも通りのネクタイ付きのシャツに、赤チェックのミニスカに着替えた雷火ちゃんが部屋へと通してくれた。

 伊達邸宅とは違い、テーブルの上にあるレモン色のノートパソコンと、敷布団以外、特に目の引くものがない殺風景な部屋。

 改めていい環境じゃないなと思った。


「さっきはすみません、お見苦しいものを……バイト帰りだったもので」

「いえ、結構なおパンティを」

「”お”をつけるのやめて下さい、変態臭くなるので。それでどうしたんですか?」

「雷火ちゃんコミケって興味ある?」

「それは勿論。オタクなら誰しもが待ち望む、年二回の祭典ですよね」

「今年企業ブースと同人サークルがタッグを組んで出店する、コンテストがあるんだ。水咲の社長から、そこに出品しないかって話が来てるんだ」

「えっ、購入する側じゃなくて、売る側でですか?」

「そう」

「わたし、コミケ初参加になるんですけど、初参加でサークル参加ってことですか?」

「そう……なるね。一応ゲームを作ってくれって言われてて、まずプログラムを組める雷火ちゃんに声をかけてみた」

「あっ、わたし一番目ですか?」

「うん、一番引き受けてくれる可能性が高そうだと思って」


 雷火ちゃんは腕組みしてう~んと唸る。


「ダメかな?」

「依頼者が水咲というところに引っかかりが」


 確かに、今伊達と水咲は微妙な距離感だし渋るのはわかる。


「……卑怯ですね、わたしをオタクだとわかっててそんな面白そうな話してますね」


 俺も遊人さんに全く同じことを思った。


「ゲームのジャンルは何を考えてますか?」

「あまり開発期間がとれなさそうだから、多分ノベルゲーかな。まだ全然規模とか決まってないけど」

「なるほど……。わたしの中のオタクが、引き受けると言っているんですけど……」

「けど?」

「今わたしの使ってるノートPCが、スペックよわよわでして……。ゲームを作るには全然適してないんですよ。自宅につよつよデスクトップがあるんですけど、重量50キロはあるんで……」


 君のパソコンは超合金でできているのか。


「さすがにあれを持ち出すのはちょっと……」

「なるほど……容量が増えると、どんどん処理が重くなっていくもんね」

「多分コンパイルにめっちゃ時間かかっちゃうと思います」


 コンパイルとはゲームのプログラムやグラフィック、サウンドなど、ゲームに必要なものを全て合体させて、アプリとして起動できるようにする工程である。


 ゲームをプレイするのと、開発するのとじゃ必要なスペックが全然違うもんな。

 製作をする上で、開発機がないというのは大きな問題だろう。


「じゃあ俺の使う? それなりにスペックはあるよ」

「う~ん四六時中専有するのは悪いですし、わたしにパソコン使われてヒヤヒヤしません?」


 確かに見せられない動画や画像なんかは多数入ってるが。


「それに悠介さんも作業するわけですから、レンタルは効率悪いですよ」

「なら新しいのがいるな」

「そのお金がないんですよね」

「俺が出そうか? 俺が言い出したことだし、ゲーミングPCレベルならなんとか買えるよ」

「それはダメですよ。他のことで入用になると思いますし。それに他のメンバーで、PCない人全員に買ってあげなきゃいけなくなります」

「確かに……」


 そうか、メンバーが揃ったとしても開発費の問題にあたるんだな。


「PCの問題はありますけど、とりあえずわたしはOKですよ。ゲーム制作手伝います」

「ありがとう、でも先に言っておくけど、ゲーム制作って楽しいことだけじゃなくてきついことの方が多いからね」


 水咲で仕事して、ゲーム開発っていうのは楽しいけどめちゃめちゃ苦しいものだった。

 きっと友達同士で、ワイワイゲーム作りという風にはいかないだろう。


「大丈夫です。途中で投げ出したりなんかしませんよ。ただ、ちょっとだけご褒美とかあると嬉しいなと」

「例えば?」

「まぁ……休日デートとかあると、モチベ上がるんじゃないでしょうか」

「か、確約はできないけど善処するよ」


 とりあえず資金問題はおいておいて、プログラマーは確保。


 彼女の部屋を出ると、聞き耳をたてていたらしき火恋先輩と遭遇した。

 彼女はばつが悪そうに視線をそらす。


「あっ、いや、その、なんだ、なんでもない」

「今の話聞いてました?」

「聞いてはいたが、私にできることは何もないからね。ゲーム製作応援しているよ」

「まだメンバーすら集まってないですよ。俺火恋先輩にも、レイヤーとして参加をお願いしようと思ってたんです」

「レイヤーって、あの痴女みたいな格好で撮影しているあれかい?」

「コスプレね。ちょっと露出多い奴が目立つだけで、普通のもありますよ。先輩コスプレ好きですよね?」

「ま、まぁ嫌いではないというだけで、別に好きというわけでは……」


 俺はスマホを取り出し、昔撮った火恋先輩のノリノリコスプレ写真の画像を見せる。


「こんなに楽しそうなのに」

「まだ持ってたのか!」


 スマホをとりあげようとするので、それをさっとかわす。


「わかった! やる、やるよ! だからあまり見せびらかさないでくれ!」

「これは俺だけの楽しみにしておきます」

「個人使用以外禁止だからね!」


 個人使用はOKなんだな。


「だけど悠介君、問題があって雷火と同じなんだが、コスプレは衣装にお金がかかるんだ」

「そうですよね、かかりますよね」


 ごもっともと俺は眉を寄せる。


「ちょっと資金は考えます」

「すまない、私の口座が使えれば出せるんだが」


 剣心さんの嫌がらせで、彼女たちの口座は凍結されてしまっているからな。

 ただ無理やり伊達家に引き戻しにこない辺り、ここでの生活は黙認している感ある。

 火恋先輩にも協力してもらうことが決定し、俺は一人自室に戻って回らない首をなんとか回そうと考える。


 高スペックパソコン数台に、コスプレ衣装、ディスクROMで出すならプレス代。

 設備投資だけで3桁万するんじゃないのかこれ?


 気になってネットで、同人ゲーム、開発費と調べてみると『開発費300万で開発しました』と、めまいがする額が飛び込んでくる。

 最安値で50万というのもあったが、全て一人で2年かけて開発したという猛者だ。


「2年はかけられないよ……」


 静さんにお金貸してって言ったら、普通に300万くらい渡してきそうだけど、借用書の代わりに婚姻届に判を押すことを要求されそうだ。

 一応こういうときのために貯めたお金があるものの、使い方を考えないと一瞬でショートしてしまう。


「これを元手に開発費を稼ぐしかないのか……。しかしどうやって」


 俺は一番庶民感覚で金の流れが激しい、成瀬さんにラインで聞いてみることにした。


【成瀬さん、すぐに100万くらい稼げる方法って知らないですか?】


 数分後、返事が返ってきた。


【お前さ……競馬って、知ってるか?】


 ダメだこの女。

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