第15話 オタ決戦の日
翌日デート当日となった。予め火恋先輩には植物公園に行くので、10時に電気街の駅前でお願いしますとメールを送っておいた。
天気は晴れ、夕方頃から雲が出て気温がぐっと下がるとか。
駅前は休日ということもあり、肌寒い中人が多く活気を見せていた。
俺は白い息を吐きながら、頭の中で何度もデートコースを反芻させる。
「10時17分のバスに乗って、10時48分に植物園到着、冬なのに夏の花イベントを回り、昼にランチスペースに移動して弁当、午後1時半からはスポーツドームに移動してトランポリンバトミントンに参加、スポーツで一汗かいた後、夕方4時頃からアニマイトで布教&コスプレ体験、6時からメイド喫茶夕食、食後港公園で夜景を見ながら告白と……」
後半
最悪ウケが悪かったらアニマイトは早めに切り上げて、メイド喫茶には行かずボウリングやカラオケなど高校生らしいデートに切り替える予定。
「
これだけ詰め込んでも、お値段は大してかからずリーズナブル。
あまりにも隙がない。これぞ寝ずに考えた甲斐があるというものだ。
しかも手元には少し大きめのランチバック、昼食は手作り弁当を披露しよう。
「ラストチャンス、最後に賭けてみよう」
そう意気込んでいると時刻は10時10分前になった。
先輩の性格を考えれば、もう来てもおかしくはない。
これがカップルのテンプレ「ごめん待った?」「ううん、今来たところだよ」ってなるんだよな。
生きてるうちにデートのお約束が出来て嬉しい。
時刻は10時過ぎ、うむ先輩無事遅刻。
しかし息を切らせて「すまい遅刻してしまったよ」テヘっとなる、そういうシチュエーションもありなんじゃないか? いやありだ。
そんな妄想にふけりながら改札口をじっと見つめる。
10時40分、さすがに遅すぎない? 先輩の携帯にメールを何通か送ってみたが返信はない。11時になってようやく一通のメールが届いた。
『すまない、遅れる』
「キタ、寝坊展開」
これは寝坊して、先輩の家では「なんで起こしてくれなかったんだー」的なやりとりが起こっているに違いない。
俺はラブコメに詳しいからわかるんだ。
しかし今起きたとなると到着まで1時間はかかるな。
いや女の子だから準備には男の3倍はかかるだろう。早くて1時間半か? 2時間も十分ありえるな。となると心配なのは弁当だ。
火恋先輩到着が昼の1時なら、植物園に移動してからすぐに食べれば全然ありだろう。
デート後半、アニマイトの部分をカットすれば十分修正は可能。
まぁ待ちますとも。遅刻もデートの醍醐味でしょう。
それから昼を完全に過ぎ、時計は短針が2を長針は6を指そうとしていた。
待ち合わせ時間から4時間半が経過。
「さすがに遅すぎるよね」
何度かまたメールと電話をかけてみるが繋がらない。
どうやら電源を切っているようで、おそらくメールも見ていないだろう。
「ん~……事故に巻き込まれたとか、そういう可能性が出てきたな」
俺は先輩の実家の方に電話をかけると、田島さんが出て先輩はずいぶん前に家を出たと言われた。
不思議なことに、先輩は居土先輩に会ってくると言い残していたらしい。
「俺じゃなくて居土先輩ですか? そうです……か。あのもし戻られましたら、三石が連絡欲しいと言っていたと伝えてもらってよろしいですか? お願いします」
そう言って田島さんと電話を終えた。時計の短針は既に3を指そうとしている。
「曇ってきたし」
天気予報通り、日がささなくなった途端に気温が下がってきた。
「遅れると言われれば、待つしかないんだよね」
俺は未だに開封されることのないランチバックを見つめる。
せっかくいろいろ考えたので、一つでも活かせられればいいのだが。
俺は駅の支柱に寄りかかりながら携帯を眺め続けた。
腹、減ってきたな……。
時刻は午後6時を回り、空は暗くなっていたが電気街の明かりが昼間のように明るく照らしている。
鳴らない電話に、先輩への連絡はもはや諦めと化していた。
駅の支柱に寄りかかっていたが腰が、時間経過と共にズルズルと下がっていくと、気づけばしゃがみこんでいた。
「寒ぃな……」
夏場の暑いのも辛いけど、冬場の寒いのも辛いよね。
「流れたかなぁ……この話」
午後8時――
駅からは未だ絶え間なく人が行き交う。
その中に火恋先輩がいないか、未練がましく視線で探していた。
この頃には空腹も1周回って何も感じなくなっていた。
一言「遅いっすよ」「えっまだ待ってたの? 馬鹿じゃないのか?」と、そんなやりとりをしてやろうと考えていたが、冷え切った体は単純に動くことを拒否していた。
あのメイドの格好のお姉さん大変そうだなぁとか、看板からは何やってるか全く想像のつかないお店に大きなお兄さん達が行列作り始めたりして、視覚的に退屈はしなかった。
ただひたすらに寒くて、先輩にすっぽかされたっていう現実を見るのが嫌で残り続けていた。
時計の短針が二回目の10を指そうとした時、ようやく俺は帰ろうという思考に至った。
ただ一度ついた腰は上げるのが億劫で、体が今維持している以上のエネルギーを使う事を許してくれなかった。
星でも見えるかなと空を見上げてみたけど、見えるのは看板と電線と黒い雲だけだった。
あぁやばい、ちょっと泣きそう。
顔を上げた額に暖かい何かが置かれた。それはコーヒー缶で、いつぞや百貨店の屋上で貰ったものと同じラベルだった。ただあのときとは違い、缶は暖かかい。
「ちぃっす」
コーヒー缶を額に置いた少女は、恥ずかしげな目でこちらを見下ろしていた。
腰より長いロングヘアに、上は白のワイシャツにネクタイ。その上にモフモフした暖かそうな毛が首元を覆うコート。下は赤のミニスカートに黒のニーソ。
電気街で初めてあったときと同じ格好の少女が、こちらを見て「何してんス」かと呟いた。
その声は抑揚がなく、呆れを多分に含んでいた。
俺がこの場にいる理由を知っている上で「何で帰らないんですか」と言っているように見える。
「雷火ちゃん、何でここに?」
「たまたまっす。嘘です」
雷火ちゃんは白い息を吐くと、痛ましいものを見るような目で言った。
「お姉ちゃんなら来ませんよ」
「ん?」
「三石さんニブいっすね。火恋姉さんは来ませんって事ですよ」
「えっ?」
「三石さんですよね、これわたしの実家に忘れていったの」
そう言って差し出されたのは、トラブルブラッドネスの画集だった。
「もうちょっと早くに気がつくべきでした。まーさかお姉ちゃんの許嫁候補が三石さんだったとは」
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