第16話 オタはヒーローにはなれない
「あの、もしかして伊達雷火って、あの伊達さんとこの?」
「そうです。姉に火恋と玲愛、父は剣心の伊達さんとこの伊達雷火さんですよ」
彼女は行き交う駅の人々を見やる。
「場所かえましょうか。ここは騒がしいですし」
雷火ちゃんと俺は駅前から離れ、近くの公園に場所を移した。
電気街の隅に作られた公園は、一体誰がくるんだと言いたくなるくらい狭いが、ブランコやすべり台など遊具は一式揃っていた。
「本当は暖かいところに入って三石さんの体温を上げてあげたいんですけど、わたしからの嫉妬のせいで外です」
雷火ちゃんはよくわからないことを言う。
「三石さん幼稚園の頃、伊達家と仲良かったみたいですね。わたし子供の頃は体弱くてずっと病院にましたから、その時接点がなかったみたいです」
彼女は公園にあったブランコに座るとキコキコとこぎ始めた。
「驚きました? わたしがあの伊達さんとこの伊達さんで」
「うん、驚いた。ただいろいろ会話を遡ると確かに繋がることは言ってたなって思った」
「ですよね、わたしもそれ思いました」
「世の中狭いなぁ」
「わたしたちをつなぎ合わせたのが、トラブルブラッドネスの画集というのがまた」
「俺たちらしいよね」
苦笑しつつ、俺は画集の入ったビニール袋を見やる。
「さて三石さんが一番気にしているであろう、お姉ちゃんの行方なんですが。今、居土さんのところに行ってます」
「うん、それはご実家に連絡した時聞いたんだ」
「昨日チャットで話した通りなんですけど、お姉ちゃんがボロボロだったのを気にした居土さんが、謝りたいからという名目で連れて行ってます」
「なるほど」
「納得してる場合じゃないですよ。本人も居土さんも、今日三石さんとのデートがあると知った上での行動です」
「そっか……。連絡ぐらいは欲しかったかな」
「姉さんは三石さんと会うまでに、少し時間がほしいと言って呼び出されたそうです」
「あぁ、それで予定外に長引いちゃってるんだ」
本当は早く切り上げるつもりだったのかもね、とつぶやく俺を睨みつける雷火ちゃん
「あの、わかってますか? これもっとも最低なすっぽかしですよ」
「話が盛り上がっちゃって抜けられなくなることってあるよね」
そう言うと雷火ちゃんは、さっきより強い眼差し睨みつけてくる。
「はぁ、ほんとにお人好しと言うかなんと言うか。……居土さんのご実家って何やってるか知ってますか?」
「確か製薬メーカーだっけ?」
「はい、他にも中規模の病院も経営されていれます。多分わたしの予想ですけど、その病院に行ってるんですよ」
「病院?」
「自分のホームに引き込んで、夢とか情熱とか語って昨日お姉ちゃんに恥をかかせたことを挽回しようとしてます。それに病院って携帯使えないですよね? お姉ちゃんその辺真面目だから、使っちゃいけないところじゃ絶対使いません」
「なーるほどね」
だから電源が入ってなかったのか。
「じゃあしょうがない」
「何もしょうがなくありません。わたしからしたら何わけわかんないこと言ってるんだ? ってなりますよ。携帯が使えなくたって、いくらでも連絡手段はあります。にも関わらずしなかったっていうのは、単に三石さんを舐めてるだけです。どうせ今回の話断るから、
自分で言って腹がたってきたのか、怒りを噴出させる雷火ちゃん。
「んーそうかなぁ……」
「何か反論あります?」
「反論ってわけじゃないけど、火恋先輩は本当に来るつもりだったんじゃないかな? 一通だけメールが入ったんだ、遅れるから待っててくれって」
「三石さん優しすぎです、馬鹿です」
「厳しいなぁ」
「お姉ちゃんの為に頑張ったんですよね」
ランチバックを見て言う雷火ちゃん。
「三石さん、手袋とってくださいよ」
「寒いから嫌かな」
俺は拒否してみせたが、雷火ちゃんはかじかんだ俺の手を掴むとすぽっと手袋をとってしまう。
「わたしボイチャしてたんで知ってます。火傷いっぱいして、切り傷いっぱい作ってるって。ほら劇場版の綾波みたいな手になってるじゃないですか」
「恥ずかしいなぁ、やっぱりゲームのようにうまくいかないかな」
そう言って俺は雷火ちゃんから顔を背けた。
「あぁ、やばいっす。わたし三石さんの困り笑顔マジでツボなんですよ」
俺の表情を見て僅かに顔を赤くする雷火ちゃん。
「あの、これ食っていいですか?」
ランチバックを指す雷火ちゃん。
「ん? いいよ。出来上がりの写真は見せたと思うけど、これは真・三石スペシャルと名づけたスペシャルな弁当でね」
ランチバックを開くと少し寄ってしまっているが、俵おにぎりに色とりどりのおかずが並んでいた。
「すげームカつくっす……」
「どうしたんだい?」
唐突に低い声を出す雷火ちゃん。
「これ全部お姉ちゃんの為に作ったんですよね?」
「そう、だね」
「すげー綺麗です。料理できない三石さんの努力の成果っす。それを食べないお姉ちゃんにも、そんなお姉ちゃんを待ち続ける三石さんにも。だからこれは全部わたしの物です」
パクパクと一人では量のあるお弁当を平らげていく雷火ちゃん。
いい子だなぁ。
お弁当を食べる彼女を見守っていると、彼女は恥ずかしげに目を伏せる。
「そんな嬉しそうに見られると食べにくいじゃないですか」
「ごめんね。自分の作ったものを食べてもらえるって嬉しいんだなって」
「……ほんとは姉さんに食べてほしかったんですよね。わたしでごめんなさい」
「えっ?」
彼女の声が小さくて聞き逃してしまった。
「なんでもありません。何か話してください」
「難しいネタフリだね」
「別になんでもいいですが。そうですね、三石さんのこと聞かせてください」
自分のことか。何話せばいいんだろ。
「好きに自分語りする厄介オタクになっていいんですよ」
「やりにくいな」
苦笑すると、雷火ちゃんは微笑んで「冗談です」と言う。
「じゃあお言葉に甘えて」
「どうぞ。弱音でも愚痴でも出生秘話でも」
「……俺さ、すげー弱いからさ、すぐ強いものに憧れるのよ。火恋先輩もそうなんだ。すげーカッコ良くて女の人なのに堂々としてて、俺にはない強さをいっぱいもってると思う。ヒーローものに憧れ続けてるのもその延長かな」
「…………」
「強い人ってキラキラしてて、そんな人に近づくと俺も少しは強くなれるかなって思ったりする。自己投影が酷いんだ。ほんとはチキンだから何でも準備しとかないと心配で、だから準備時間があれば気合い入れて頑張っちゃうんだよ」
俺の話を何も言わずに聞いてくれる雷火ちゃん。彼女は弁当を平らげると俺を睨んだ。
「三石さん、なんか勘違いしてないっすか?」
「えっ?」
「普通の人はバイトのショーであんな頑張って演技しません。叶わない恋の為に、ここまで美味しい料理を作りません。貴方は間違いなく頑張る人なんですよ」
そうかなぁと首を横に傾け、曖昧に笑みを返す。
「だから三石さん、その表情は反則ですから。マジちゅーしていいですか?」
冗談とも本気ともとれる雷火ちゃんの言葉に困ってしまう。
その時俺の携帯に着信音が鳴った。
ディスプレイに踊るのは伊達火恋の名前。俺は恐る恐る通話のボタンを押す。
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