第17話 オタは既にフラれている

「もしもし三石です」

『悠介君、すまない。今……どこにいるんだろうか? 今日の件で謝罪が、たい……』


 火恋先輩はどこかを走っているようで、雑音も大きく、息遣いも荒い。


「いやぁ、もう遅いんで明日にしませんか?」


 時刻は既に午後11時を過ぎようとしている。


『そういう……わけには、いかない。君には謝罪しても、しきれない事をした』

「あまり気にしなくても大丈夫ですよ」

『本当に……お願いだ、謝らせて、ほしい』


 俺がのらりくらりとしていると、先輩はどんどん必死になってきた。


「でしたら電気街の駅近くに公園あるんですけど、そこにいます。妹さんも一緒ですよ」

『雷火が!? 何故!? いやいい、それよりも君が駅近くの公園にいる方が気になる。ひょっとして帰っていな……』

「三石さん、ちょっと借りますね」

「えっ?」


 通話していると、雷火ちゃんは俺の手から携帯を奪い取ってしまう。


「姉さん、今更何しに来るの? 三石さん12時間も待たせといて」


 彼女は眉を上げ、冷たい怒りを姉にぶつける。


「は? ……謝罪? 今まで居土さんと一緒にいてごめんなさいって言うつもり? そんなの姉さんが謝ってすっきりしたいだけの自己満足でしょ?」


 あぁなんかやばい感じになってきた。これは完全に姉妹喧嘩になりそうだぞ。

 そんな嫌な予感をひしひしと感じながら、姉妹のというか雷火ちゃんの一方的な攻めがスパークしていく。


「だから、そんなこと言ってなんになるのよ! 結局は三石さんを捨てる気なのに、何でそこでわけわかんない助け舟だそうとしてるの!」


 内容はよくわからないが、とりあえず喧嘩が悪化していっている事だけはわかる。


「来なくたっていいから!」


 段々火恋先輩もヒートアップしてきたのか『それを決めるのはお前じゃない!』と怒声が聞こえてきた。


「あぁなんかダメな感じに」


 携帯越しに10分ほど喧嘩が続く。

 俺があたふたアワワしながら真理の扉ポーズをとっていると、雷火ちゃんは「知るかボケー!」とキレて一方的に携帯を切ってしまう。

 一体何があったら知るかボケと叫ぶことになるのか。


「三石さん、ここから移動しましょう。悪い女が近づいてきます」

「えぇっ?」

「どこか暖かいところに入って体温を上げましょうそうしましょう」


 雷火ちゃんは弁当を直すと、俺の手を引いて公園を出ようとした。


「どこに……行く、雷火」


 そう声をしぼりだしたのは、美しいポニーテールを乱した女性。

 ぜぇぜぇと息を切らしながら、火恋先輩は公園の出口を塞ぐように立っている。


「足、早っ」


 どうやら電話で姉妹喧嘩をしている最中に距離を詰めたらしい。

 姉の異常な速度に驚いてるのか、雷火ちゃんは顔をしかめている。


「はぁ、はぁ、悠介君と少しだけ話がしたい」

「嫌」


 にべもなくそう答えたのは雷火ちゃん。


「お前には聞いていない。これは私と彼との話だ」

「あっそ、じゃあ言ってみてよ。三石さんとの約束ほったらかして、12時間も待ちぼうけにさせた理由。居土さんと会ってた時の話を」


 雷火ちゃんの尋常じゃない怒りっぷりに俺も火恋先輩も驚いた。


「どうしたんだ雷火? 私は本当に彼には謝っても謝りきれない事をした。これから彼が許してくれる、いや自分が許せるまで私は彼と付き合うつもりだ。なぜお前がそこまでムキになっている?」

「お姉ちゃんのやったことが最低だから。あと嫉妬」


 うわぁ、この子全く包み隠さず言うな。


「一応補足するとですね、俺と雷火ちゃんは実は1週間以上前に出会ってまして。今回のデートの話もしてたんですよ」

「そうか、お前と悠介君が知り合いなのは初耳だった。雷火にも大切な友人を傷つけたことを詫びる」


 そう言って、妹に頭を下げる火恋先輩。


「わたしに謝っても意味ないから」

「まぁまぁそのへんでいいんじゃないかな? 俺も別に怒ってるわけではないし。ただ連絡をもらえれば嬉しかったなぁと思っただけだから」


 なんとか仲裁を試みる俺。

 段々主旨がかわってきて、雷火ちゃんをなだめる話し合いになってきたぞ。


「じゃあお姉ちゃんこれだけはっきりさせて。三石さんに恋愛感情はないの?」


 おう、その質問は俺にもダメージあるよ雷火ちゃん。


「それは、その……」


 口ごもってしまう火恋先輩。

 そりゃそうだろう。デートすっぽかして謝りにきたのに、お前に恋愛感情はないと言うと、フォローしにきたのか傷つけにきたのかよくわからない。


「それだけ聞けば、わたしは引き下がるから」

「それは、その……」


 凄い重い空気になってきたぞ。


「あの、雷火ちゃん」

「三石さん、助けを出す必要ありませんから」


 なんというか、根っこのところで伊達家の人は皆頑固な気がする。

 全然はっきり言ってくれてもいいんだけどな。


「伊達先輩、別に気にせず言ってもらっていいですよ」


 笑いかけてみるが、あまり効果はなかったようだ。


「いや、それはその……」


 視線が彷徨ってしまう先輩。

 んーやっぱりダメそうだなぁ。仕方ない。


「あのね雷火ちゃん。伊達先輩とこの前電気街で会ったんだ。その時少し話す時間があって、恐らくデートをした後も俺を受け入れることは出来ないって答えはもう受け取ってたんだよ」


 それが全ての答え。最初から決まりきっていた結末。

 そして本当なら今日、正式に火恋先輩から言い渡されることで確定したルート分岐。

 ほんの僅かな逆転勝利を夢見た勘違いオタクが、無駄にから回った努力をしてしまった。そんな滑稽なお話。


 俺がもうフラれた後なんだよと言うと、雷火ちゃんはばつが悪そうに視線を下ろした。


「すみません、三石さん。嫌な事言わせて」

「気にしなくていいよ」


 俺はポフっと雷火ちゃんの頭に手をのせる。


「心が冷えてしまってますよ……。無理に笑わないでください。関係ないわたしが泣いてしまいそうです」


 そう言って彼女は俺の胸に顔をうずめた。

 それからしばらくして、雷火ちゃんは落ち着きを取り戻した。


「伊達先輩、じゃあ少しだけ話してもらっていいですか?」

「ああ」


 火恋先輩は今日起きたことを、時間を追って話してくれる。

 朝デートに向かうため外に出ようとした時、居土先輩から少しの時間でいいのであってほしいと言われたこと。

 彼の実家の病院に行き、そこで居土先輩のご両親と話して、病気の子供たちを見てほしいと言われたこと。

 時間が迫っていることに気づいていたが、高度医療機器のある部屋にいた為、連絡出来なかったこと。


「ここまで話をしたが、私が最初に断らなかったのが全ての原因だ。本当に申し訳ないことをした」


 先輩は深く俺に頭を下げた。


「まぁしょうがないよね」


 おおよその予想通り、居土先輩に捕まって身動きがとれなかったわけだ。


「やり方が汚いですね。親で囲って病気の子供をダシにするとか、手段を選ばなさすぎでしょ」


 それだけ居土先輩は焦っていたともとれる。

 土曜日のデートがうまくいかなくて、なんとか打開策を考えた結果、俺に合わせないという手段をとった。

 それに親が出てくるって事は、家族ぐるみの計画でもあったのだろう。

 むしろそう考えると、居土先輩の案ではなくご両親からの提案かもしれない。


「どっちにしてもアウトですね」


 雷火ちゃんは苦い顔を崩さない。


「ああ、そうだな」

「あの、アウトって何が?」


 二人して重い顔で納得し合っているが、俺だけ取り残されている。


「この許嫁を決める話は、一つだけ犯してはならないルールがあるんです。それは火恋姉さんに嘘をつかないこと」

「嘘を……」

「どうしようもないのは別ですよ。誰かを傷つけるものじゃなくて、庇うものや、サプライズに使うものであれば」


 雷火ちゃんは、俺の手にチラっと視線を向けた。


「今回のは完全に誰かが不幸になりました。アウトです」

「アウトになるとどうなるの?」

「単純に許嫁候補から外れます。ようは失格です」

「えっ?」


 なかなかショッキングな事を聞いてしまった。


「姉さんを思ってやったことはわかりますが、誰かが傷ついた上に手段も褒められたものじゃありません」


 交際する前から嘘をつくなんて、ロクでもありませんと付け加える雷火ちゃん。


「これ姉さんからパパに言うの?」

「当然だ。その上で話し合って、居土君の今後の対応と悠介君への償いを考える」

「あっそう。じゃあそれと一緒にわたしも今回の話に乗るって伝えて」

「えっ?」


 今度は火恋先輩の目が点になっている。


「今回の許嫁を決める話、わたしも参戦します」


 そう言って雷火ちゃんは俺の腕をとった。

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