第347話 会社買われた

 さて本日はコミケ最終日、これより我戦の準備に入る。

 ダウンロードコンテンツの当日配信の準備は既に完了しているし、何かしら通信で不具合をださない限りは準備万端。

 俺と火恋先輩、雷火ちゃん、綺羅星、真下姉妹は三日目が開場する約一時間前に会場に入る。

 チーム三石家は後ほど参戦予定、月と玲愛さんは今日来ると思うんだけど、今のところ連絡なし。

 天も緊急で用事が入ったとのことで、遅れてやってくるらしい。


「始まる前のコミケ会場って、ワクワクしますね。人でいっぱいの会場に、先に入るってちょっとずるしてるみたいで」


 連日人だらけのコミケ会場を悠々と移動できて、テンション上がり気味の雷火ちゃん。

 俺も気持ちはわかる、これだけ空いてたら好きなサークルに並び放題だし、自由に見て回れる。

 スペースを作っている同人作家さん達は、名刺交換をするようように自身の作品を交換しあっていた。


「どれくらいゲームが売れるか楽しみですね。悠介さん、わたしとどれくらい売れるか賭けしません?」

「それは怖い賭けだね。1000とか言って、100しか売れなかったらダメージ大きそうだ」

「さすがに企業ブースでそれはこたえますね」

「本来初のサークル参加で、100も売れたら大成功なんだけどね」

「ねぇねぇダーリン打ち上げどこ行く? 寿司行く? 寿司」

「いいね、売上で回らない寿司行こう」

「やったー」

「大丈夫ですか? 赤になる可能性も高いですよ」

「その時はラーメンだよ」


 まだ始まってもいないのに打ち上げの話をしつつ、会場内を歩いていく。


「「…………」」


 ほんの少し後ろを歩くドッペルゲンガーではなく、メイド服に黒マスク姿の真下姉妹は、その様子をどこか浮かない顔をして見ていた。


「大丈夫? 疲れてるかな?」

「い、いえ、そんなことはありません……」

「そう? 疲れてたら休んでていいからね。今日は水咲の企業ブースで販売することになるから、人手は足りてると思うし」

「あ、ありがとうございます」


 表情が暗い真下姉妹。そりゃそうか、必死にゲーム作ってほとんど休みなく夏コミ開始だもんな。

 今日さえ終わってくれれば、たっぷりと休みがとれるだろう。

 俺も今はゲーム販売やるぞって脳内アドレナリンが出てるだけで、今日が終わったらしばらく燃え尽きちゃうかもしれない。


「水咲ブース、水咲ブースと」


 俺はカタログに記載されている、自分たちの販売ブースへと向かう。

 全員で水咲ブースがあるはずの場所を歩くが、ブースどころか水咲スタッフも見つからない。


「あれ? ここだよね」


 地図ではヴァーミットブースの隣になっているのだが。

 今目の前で電気屋みたいなオレンジのベストを着た、ヴァーミット社員が搬入準備を進めている。


「悠介さん、ここじゃないですか?」

「そのはずなんだけどね、なんでヴァーミットブースがここに……」


 本来ヴァーミットのブースは、水咲アミューズメントの隣のはずである。

 まさか企業勢が場所間違えましたなんてありえないだろうし、直近で場所変更になったのだろうか?

 反対側に回り込んでみるが、そこには既に一般参加者がずらっと肩を並べて準備をしている。


「あっちは一般だし、何回見ても場所は間違ってないな」

「やっぱりヴァーミットがおかしいんじゃないかい? 明らかに販売スペースが大きすぎる」


 火恋先輩に言われてよくよく見てみると、確かにヴァーミットのブースは他に比べて倍くらいある。


「ヴァーミットが水咲のスペースを占領? そんな馬鹿な、それこそトラブルになってるはずだろう」


 しかしそんな様子は全くなく、皆淡々と準備をしている。


「あっ」

「あっ」


 場所がわからずウロついていると、俺はそこで見知った人に会う。

 きっちりと横髪が切り揃えられたショートヘア、毎日のようにデスマーチを行軍しているとは思えないパリッとしたスーツを着こなす、THEビジネスウーマン。


「神崎さんじゃないですか、コミケ来てたんですか?」

「あら、バイト君。え、えぇ……まぁね」

「どうかしました?」

「いえ、なんでもないわ」


 何かを隠すように神崎さんは視線をそらす。


「神崎さーん、ブース設営終わりました~」


 声がして振り返ると、そこには一之瀬さん、鎌田さん、阿部さんの姿があった。三人とも何故かヴァーミットブースから出てきて、オレンジのベストを着ている。


「ふぅ、拙者INT系でゴザルから、こういうのはVIT極振りの阿部君に任せるでゴザルよ」

「何言ってるんでふか、僕はDEFよりでふけどVITは初期値のままでふよ」

「HPないタンクとか最高に使えないでゴザルな」


 いつも通りのやりとりをしている鎌田さんと阿部さん。その二人が俺の存在に気づく。


「やや、そこにおられるのは三石殿ではないか」

「ヤッホー、おひさでふ」

「お久しぶりです」


 水咲開発チームと挨拶をかわす。よく見ると鎌田さん達だけでなく、第1、第2、第3開発の主要メンバーがヴァーミットブースに揃っていた。


「皆さんも来てたんですね。こんなにいっぱいきて大丈夫なんですか? 開発大変でしょう?」

「あ、あぁ……そうでゴザルな」

「三石君はまだ知らないんでふね……」


 鎌田さんと阿部さんは気まずそうに顔を見合わせた後、何かの承認を求めるように神崎さんの方を見る。すると神崎さんは無言で頷いた。


「気づいたかもしれないでゴザルが、水咲ブースがなかったでゴザろう?」

「あっ、それ聞きたかったんです。ヴァーミット間違ってません? 明らかに水咲ブースを侵食してますよね」

「いや、あれで間違いないでゴザル」

「えっ?」


 どういうこと? と首をかしげる。


「もしかして水咲ブース、出展を急遽中止したとかですか?」

「そうじゃないでゴザル。心して聞いてほしいでゴザル」


 鎌田さんはやたらと溜めを作ってから、絞り出すように声を出す。


「水咲はヴァーミットに買われたでゴザル」


 鎌田さんは神妙な顔つきで、苦々しく呟いた。


「はっ? えっ?」

「ヴァーミットが水咲株の過半数を取得して、実質筆頭株主となったでふよ。ゲーム事業部は、完全にヴァーミットの支配下になったでふ」

「臨時の株主総会で水咲遊人社長の解任が決定、取締役としては残っているでゴザルが、実質頭が入れ替わったでゴザル……。多分近いうちにネットニュースで出るでゴザろう」

「それって、つまりは」

「乗っ取りですね」


 雷火ちゃんが冷静に告げる。


「えっ、普通可能なの? 株の過半数を別企業が取得するって?」

「普通はムリですよ。自社株の過半数を売るなんて、よっぽど資金繰りに困ってるとこ以外絶対しませんし。ただ水咲って親族と幹部で株を分配してましたよね?」


 雷火ちゃんは綺羅星に問うと、首を縦に振る。


「う、うん。あんま詳しいことはしんないけど、パパとママ、月姉、後は副社長や水咲幹部の人間で6割は持ってたはず……」

「じゃあ多分、水咲の幹部が買収されたんだと思います」


 雷火ちゃんの予測は当たっているようで、神崎さんは目を瞑ったまま苦い顔でうなずいた。


「もしかして月と玲愛さんが未だに現れないのって、これが原因じゃないか?」

「天姉が用事入ったってのも……」


 ゲーム発売日に、親会社がなくなったと聞かされた気分だ。

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