第346話 新生ヴァーミットアミューズメント

「アニプREXブースからは、真下姉妹とお届けいたしました。皆さん、おつかれさまでした~」

「「おつかれさまです」」


 コミケ二日目のラジオ収録を終えて、一式と弐式は会場内にある企業ブースを出た。


「はぁ……緊張した」


 弐式が深い溜め息をつくと、一式はクスりと笑みをこぼす。


「自分とセカンドが分裂して、初めてのお仕事ですから。あっ見て見て、SNSのトレンドで3位に真下姉妹が入ってますよ」


 一式が嬉しそうにスマホを見せると、弐式は顔を背ける。


「ど、どんなことが書かれてますの?」

「ん~っと、皆びっくりだって」

「弐式殺すみたいなのは?」

「ないですよそんなの」


 妹のネガティブさを笑う一式。


「ラジオでゲームの告知と、自分たちの新曲も発表できましたし、明日はたくさんお客さんが来るかもしれませんね」

「じゃないと困りますわ。初の姉妹デュエットソングのお披露目ですから」


 明日はサークル三石家から、苦労して制作された同人ゲームと、水咲ミュージックレコードから挿入歌である『First:Driveファーストドライブ Second:Ignitionセカンドイグニッション』と、エンディング曲『W ∞ダブルインフィニティ』が同時発売される。


「明日は水咲ブースで売り子やるんですよね?」

「ええ、全員でやるとアレが言ってましたわ」

「アレって、ご主人さまのこと?」

「ええ」

「セカンド、ご主人様をアレ呼ばわりはよくないですよ」


 一式にたしなめられ、弐式は「う~ん」と呼び名を考え込む。


「じゃあ……みっちゃんとか」

「急にフレンドリーになりましたね……。我々はメイドなんですから、それに相応しい呼び方をしないと」

「ではマスターとか」

「使い魔じゃないんですから」

「なら主人と呼べばいいんでしょう」


 不貞腐れ気味に言う弐式に、今度は一式が「う~ん」と唸る。


「……主人だと、今度は嫁感が出てますけど」

「仕方ないでしょう、わたくしアレに様をつけるのは嫌ですわ」

「仕方ない、主人それでいいですよ。アレに比べれば大きな進歩でしょう」


 二人は主人の話をしながらラジオブースを出ると、外で待っていた人物に唐突に声をかけられる。


「真下」


 二人は驚いて振り返ると、そこには横流しの前髪にキリっと通った鼻筋、スーツを着ていてもがたいが良いことがわかる筋肉質な男性が立っていた。


「大越……先生」


 二人はコミケ会場に来ていたボイストレーナーの大越に驚き、表情が険しくなる。

 彼はヴァーミットの社長、摩周代表と共に弐式を海外へ売り飛ばそうとしていた人物だ。


「君らのラジオは聞かせてもらった。一時期と違って随分楽しそうだったな」

「一人じゃなくて二人でやって行くって決めたので」

「今は挑戦者の気持ちでやってますから、気分は晴れやかですわ」

「……オレの意見は聞かないのに、プロデューサー気取りの男の意見は聞くのか」

「わたくしは納得した上で、真下一式から分裂しました。後悔はありませんわ」


 反論する弐式に一式は驚いた。

 いろんな人に反抗しまくりな弐式だったが、大越にだけは頭が上がらなかったのに、こうやって言い返すことができるようになっていた。

 おそらくそれは、悠介を新たな主人と認めたことで、大越から卒業できたことを意味している。


「お前達二人に話がある」

「申し訳ございません、わたくし達にはありませんから」


 丁寧に礼をして弐式は立ち去ろうとするが、大越はその前に立ちふさがる。


「大事な話だ。君たちだけの話じゃない」


 大越の低い声は二人の足を止めさせる。


「それはどういう意味ですの?」

「水咲アミューズメントが、明日をもって消滅する」

「それってどういう意味ですか?」


 二人は言葉の意味がわからず首を傾げる。


「言った通りだ。水咲はヴァーミットの買収にあった。正確にはクーデターだな」

「クーデター?」

「株主の大規模な造反にあった。信用していた株主が一斉に水咲株を売り、それをヴァーミットが取得……。水咲遊人社長は、会社の支配権を摩周代表にとられた。いや、手段なんてものは君らにとってはどうでもいい話だ。大事なのは君らの雇い主が、明日からかわるということだけだ」


 一式と弐式は大越からカードを受け取る。


「これは?」


 カードを見ると、そこにはヴァーミットアミューズメント社員証と書かれており、彼女達の顔写真が貼られていた。


「見ての通り社名は”水咲アミューズメントウォッチャー”から”ヴァーミットアミューズメント”に変更になった。それが新しい社員証だ、明日コミケ終了後にヴァーミット新本社ビルにて説明会があるから出席しなさい」


 何かの冗談じゃないかと思っていた二人だが、社員証まで用意されるとさすがに信じずにはいられない。


「新本社ビルってどこなんですか?」

「旧水咲ビル、君らが水咲本社ビルと言っている場所だ」

「!?」

「普通乗っ取った瞬間、本社ビルにします?」


 弐式は呆れと軽蔑の声を苦々しく吐く。


「説明会は19時から23時を予定している」

「時間ながっ……」

「君らは”優待社員”になるから、説明会はそれほど時間がかからないはずだ」

「優待社員ってなんですか?」

「最初からヴァーミットにいたものとして扱われる、給与、手当に関してもすべて水咲から引き継ぎになる」

「ちょっと待って、それじゃあ、その優待社員にならなかった人たちはどうなるんですの?」

「4割のリストラと6割は新入社員として扱われる。もちろん社歴もリセットだ。明日は説明会の後に、希望退職者も募られることだろう」

「そんな……」

「君たち水咲姉妹の運用は、これから私と摩周代表からの指示が主となることを理解しておきたまえ」


 弐式は猛烈に嫌な予感にかられて、叫ぶように声を出す。


「ちょ、ちょっと待ちなさい! ゲームは!? ゲームはどうなるんですの!?」

「ゲーム? あぁ君らが明日発売する予定のゲームは、水咲のものではなくヴァーミットの商品として扱われる」


 言葉にはしなかったが、真下姉妹は心の中で今まで作り上げたものをヴァーミットにとられた気分になる。


「君らが何か心配する必要はない。トップがかわるだけであって、水咲にいた頃とさしてかわらない待遇になるだろう」

「社長の……水咲家の人たちはどうなるんです?」

「既に水咲社長に関しては社長職の解任が決定している。取締役の肩書はかわらないだろうが、会社のかじ取りは摩周代表が全て一人で行われるだろう」

「「…………」」

「質問はそれぐらいか? なら私は行く。明日までこの話はするなよ」


 どこか勝ち誇った笑みを浮かべる大越は、そのまま背中を向けて立ち去っていく。二人はどうしていいかわからず、無言になってしまう。


「どうしよう、このままじゃ水咲がなくなっちゃう……」

「おそらく相当前から準備をしていたのでしょう。ヴァーミットのクリエーター引き抜きは、もしかしたら買収への第一段階だったのかもしれませんわ」

「このことご主人様達に話そうか?」

「言ったところで、主人も困るだけでしょう」


 一式も弐式も苦虫を噛み潰したような表情になる。


「自分たちこれからどうなるんでしょう……」

「大越先生が我々の指導に戻るということは、また海外に飛ばされる可能性が出てきましたわね」

「先生、自分たちのこと怒ってそうですし」

「逆恨みされてる可能性は高いですわね」

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