第345話 モコモコ動画

 続 勅使河原真美


 webコスモスブースから人がはけて早15分。ブース内を通り際に見る人はたくさんいるものの、なかなかお客さんが入ってこない。


「な、なかなか人が来ませんね」

「そうね、やっぱり少女マンガコーナーは来づらいかしら」

「男の人はそうっすよね。ブースも全体的にピンク色ですし」


 冥先生と話していると、編集の伊勢さんが作家たちが並ぶスペースへとやってくる。


「今モコモコ動画っていう動画配信サイトのスタッフさんが来てて、企画をしてみたいって言ってるんだけどどうかしら?」

「企画ってどんなのですか?」


 愛山先生が聞くと、伊勢さんは概要を話す。

 どうやらモコモコ放送とモコモコカフェがタイアップした企画で、生放送中にカフェギフトを投げると、それがそのまま作家に渡されるとのこと。


「つまり配信を見ている視聴者が、お水ギフトを買うとお水がそのまま渡されるの。作家さん一人30秒くらい映してくれるらしいから、そこで作品の宣伝もしていいって」

「面白そうじゃない、あたしやりたいです」


 愛山先生がすぐに乗り気になるけど、わたしは恥ずかしくてダメだ。モコモコ動画はあんまり知らないけど、他配信サイトと比べて治安が悪いとはツイッターでよく聞く。


「お、面白そうですけど、一件もギフト来ないと凹みそうっすね」

「大丈夫よ、ここだけの話、サクラで水とお菓子セットが絶対に入るようになってるから。言っちゃダメよ」


 さすが敏腕編集者伊勢さん。売れない作家のことも考えてくれてるべ。

 それからすぐにモコモコ動画のスタッフさんがやってきて、順次コスモスの作家さんを撮影していく。

 その中でもやっぱり一番すごかったのが愛山先生だ。


「きゃる~ん♡ ゴブリンは恋をするのか? の作者愛山巫女でっす♡ モコモコ動画をご覧の皆様、巫女たそって呼んでね。ゴブ恋5巻が来月発売、WEBの更新は25日なので見て下さいね♡ ツイッター、インスタのフォローよろしくおねがいします♡」


 さすが愛山先生、たった30秒にウインクとWピースまで決めて完璧な宣伝だべ。

 わたしもスマホでモコモコ動画をチェックしていたら、すんごい勢いでお水ギフトが流れてくる。


『お水ドゾー(・∀・)旦』

『巫女タソ可愛い』

『あざとい』

『クソ早口で笑う』

『ゴブタソって今何歳?』

『母乳出る?』


 さすがモコモコ動画、Mutyubeは比較的肯定コメが多いけど、聞きにくい年齢コメやセクハラコメントの方が多い。


「こ、怖ぇべ、モコモコ動画、一瞬でゴブタソって変なあだ名つけられてるし……」


 わたしが批判されるのは別にいいんだけど、書いてる作品が批判されるのが一番怖ぇべさ。

 マンガ家殺すのにナイフはいらねぇ、作品が面白くねぇって言われるだけで死んでしまう。

 愛山先生の宣伝タイムが終わると、ギフトが計算され500mlの水20本、お菓子セット✕1、モコおじ人形✕4が動画スタッフから手渡される。


「す、すげぇべ愛山先生、たった30秒の宣伝で1万円分もギフトを貰うなんて」

「水20本も貰っても困るわよ。あとこの変なおっさんの人形何? 一つ2000円らしいけど……」


 愛山先生は、モコおじというメガネをかけたおっさんの人形をみて顔をしかめる。

 さすがモコモコ動画、センスがよくわかんねぇ。


「では次、勅使河原先生お願いします」

「は、はい……」



 わたしの宣伝は無難に終了。終始『誰?』というコメと、多分お世辞かサクラの『かわいい』というコメが飛んでいた。

 ギフトは水4本と、お菓子セット2つで終了。サクラ含めて1000円分くらいで、知名度のない新人の自分ならこれで十分だと思う。


「では最後に三石先生お願いします」

「は~い」


 カメラが冥先生の前にセットされ、スタンバイが行われる。

 その様子を、わたしと愛山先生は少し離れた位置で見守っていた。


「冥先生は、どれくらいギフト貰えるんでしょうね?」

「まぁ三石先生は視聴者に媚びたりしないから、5000円くらいじゃない? モコ生視聴者は、よその配信サイトに比べて甘くないわよ」

「なるほど」


 愛山先生の読みに頷いていると、三石先生の宣伝がスタートする。


「みなさーん、三石冥です。恋する夜が来るの作者です。え~っとアニメ化してます、ん~と……新刊が来月か再来月に出ます……あとは、なにかあったかしら?」


 笑顔のまま、我が神の終始フワッフワな宣伝が続く。

 それを見て、愛山先生が苦い顔をする。


「ダメね、モコ生に生息するモコおじは、こういう要領を得ないフワフワした女を毛嫌いする傾向があるわ」

「な、なるほど……」


 どうか我が神を荒らさないで欲しい、そう思っていると


「えっとカップサイズは……Lカップです」


 冥先生がモコ生特有のセクハラコメを読み上げ、それに応えてしまう。すると


「三石先生、ブルーアイズバハムートドラゴン入りました!」とスタッフが声を上げる。


「「ブルーアイズバハムートドラゴン?」」


 スタッフが持ってきたのは、ぬいぐるみのドラゴンなのだが、その瞳に青い宝石が埋め込まれている。

 ギフト価格を確認すると――


「あ、愛山先生、ブルーアイズドラゴン5万だべ。目玉の宝石は本物のトパーズだそうっす」

「さすが中年が集うというモコ生……。フワフワした女の嫌悪感より、エロいLカップの女への性欲が勝ったわけね」

「コメントも”ママ”と”母乳出る?” しかないっす」

「コメント欄終わってるわね」

「あの、愛山先生が貰ったモコおじ人形って、もしかして視聴者の擬人化っすか?」

「多分そうね……。このさえないおっさんが5万投げてくるんだから恐ろしいわ」


 スマホで配信画面を見ていると、再び青い目のドラゴンが画面に登場して火を吹く。


「ブルーアイズドラゴン追加きました!」

「あらあら、皆もうダメよ。お金は大事にしないと」


 冥先生が慌てて手を振って止めようとすると、爆乳がたゆんたゆんと揺れモコおじ大興奮。最終的にブルーアイズドラゴンは5体降臨した。


「冥先生、30秒で25万だべか……」

「その他もろもろ入れると30万超えてるわね……」

「1秒で1万……」


 企画が終了し、モコモコ動画のスタッフさんは、冥先生の前に大量のギフト品を置いて立ち去っていく。

 残されたのは、店でも開くのかと言いたくなる量の水とお菓子とブルーアイズドラゴン。


「どうしましょう、これ……」

「とんでもない量っすね……。お菓子もわたし達が貰った奴よりランクが上っす」

「お水はスタッフさんに配って、お菓子は皆で食べましょうか」


 我が神の優しさに震えそうだべ。

 その様子を見て、愛山先生が深く考え込んでいた。


「どうかしましたか?」

「あたしロリータ系作者から、豊胸手術してお色気系に移ろうかと思うんだけど、勅使河原先生どう思う?」

「二番煎じはよくないと思うっす」

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