第344話 あなたが神か
時刻はコミケ2日目の朝に戻る――
私の名前は
苦節6年、高校時代から少女マンガを書き続けようやくWEBコスモスに連載が決定。
半年の連載を経験し、引っ越し資金がたまって先月田舎から上京。
なんとか自分の作品【初恋みるふぃ~ゆ】の人気は、打ち切りラインのギリギリ上くらいで、描いているものは甘い恋愛ものだが、毎月薄氷の上で激しい戦いを繰り広げている気分だ。
今日はコミケ、昔は同人誌を出しては100部も売れず、すごすごとウチに帰っていた自分が、今回は
あまりこんなイベントに作家が顔を出すってのはないんだけど、今はセルフプロモーションの時代、打ち切られた時一人でもやっていけるように顔を売っていかないと。
「勅使河原さん、今日はよろしく」
「よ、よろしくおねがいします」
WEBコスモス担当の伊勢恵子さん、できるOLという感じでカッコいい。
私が今掲載を続けられているのは、この人のおかげと言って良いかもしれない。
「勅使河原さんは2番のスペースに座って、(初恋)ミルフィーユのグッズを購入してくれたお客さんが回されてくるから、サイン入りクリアファイルを渡してね。握手くらいのファンサービスをしてもらえると嬉しいわ」
「は、はい、頑張りますっす」
「
別のスタッフさんの声が聞こえ、真っ白いお姫様のようなファッションをした女性が、私の隣の3番の席に座る。
(こ、これが愛山先生。コスモス人気ナンバー3、【ゴブリンは恋をするのか?】通称ゴブ恋で一躍有名になられた。なんだろロリータ・ファッションって言うんだべか。お姫様みたいで可愛い)
「よろしくおねがいします。え~っと……」
「勅使河原です。勅使河原真美」
「よろしくお願いしますわ。愛山巫女です」
(なんて可愛い笑顔なんだべ……。やっぱり少女マンガ家って天使みたいな人が描いてるんだろうな)
「三石先生入られます」
スタッフさんの声に、わたしの背筋がビクッとなる。
三石先生と言えば、WEBコスモス初のアニメ化も大成功した大御所。【恋する夜が来る!】 はわたしの
「や、やばい、緊張してきただ」
三石先生は自分の憧れだから、できる限り情報を集めないようにしていた。わたしみたいな田舎もんが、神様を詮索なんかしちゃいけないんだ。
でも気になる、三石先生ってどんな姿なのか。
愛山先生みたいな可愛らしい天使のような方なのか、それとも実際は30歳くらいの恋のベテランみたいなのか、はたまた40歳オーバーの歴戦のマンガ家のような方なのか。
できれば天使のような、いやベテランでも……。
頭の中で、三石先生の容姿の妄想がとまらない。
「すみません、失礼します」
艶のある美しい声を聞いて振り返ると、一番最初に見たのは尻だった。
いや、それが信じられないほどの爆乳の谷間だと気づくのに数秒かかった。
「えっ? 巨?」
「三石
胸の谷間が露出した、白のワンピース姿のお姉さん。
一応素顔隠しにマスクをしているものの、優しい糸目をしていて絶対に美人とわかる。
できる女性と言うよりかは、どこか隙があり、それがまた色気に繋がっている。
なんか……想像の斜め上をいって、爆乳の色気ムンムンの女性が来たんだけど。
「て、勅使河原です」
「今日はよろしくおねがいします。勅使河原先生の恋のみるふぃ~ゆ読んでます」
「あ、ありがとうございます!」
神がわたしのマンガを読んでる!? 嬉しすぎて今すぐ三点倒立土下座したい気持ちだべ。
歓喜で頭の中がパニックになっている中、コミケ二日目が開始しお客さんがコスモスのブースへとなだれ込んでくる。
凄まじい数のサインを書くことを予想していたが、お客の入りは緩やかで待機列も10数名が並ぶくらい。
開始1時間半もすると、ぷっつりと客が途切れてしまった。
「い、意外とお客さん来ないんですね」
愛山先生に小声で話しかけると、天使みたいな少女はけだるげに伸びをする。
「ほとんど少年誌の方に行くからね。コミケでエロも腐(BL)もない少女はジャンル的にはきついわ。まともに戦えるのはアニメ化した恋夜くらいじゃないかしら」
「そ、そうなんすね」
「WEBコスモスがコミケに参入したのも、たった2年前だし地盤も弱い。ファンサで顔を売るためのものと考えるしかないわ」
「な、なるほど」
「あなた新人でしょうけど、この業界連載されたら終わりじゃないから。むしろそこからが始まり、編集はよっぽど力のある作者しか囲わないから、あたしでも人気落ちて連載終了したら野に放たれるわ。傭兵と化した時どれだけファンが付いてるかで、次の仕事とれるかがかわる」
あ、愛山先生、めちゃくちゃ可愛い顔してるのに、めちゃくちゃ業界にシビアだべ……。
「あなたもそんな地味な格好だと、読者に顔覚えてもらえないわよ」
「それで愛山先生は派手な格好を。勉強になります」
「まぁ一部、普通の格好でも顔覚えてもらえる先生もいるけど」
愛山先生がわたしの奥を、眼球だけを動かして見やる。
そこでは三石先生の前に立った高校生くらいのファンが、驚きの声を上げていた。
「三石先生美人ですね!?」
「うふふ、ありがとう♡」
女子高生は顔と三石先生の胸を交互に見ている。
口には出さないが「でっか!」と心の中で叫んでいるだろう。
事実私も三石先生は、一度見たら二度と忘れられないボディをしていると思う。
お客さんが完全にはけて、暇な時間が訪れたので私は改めて三石先生に自己紹介を行うことにした。
「す、すみません、ご紹介が遅れました。勅使河原真美と言います」
「ご丁寧に、三石冥と言います。本名は三石静です」
「えっ? よ、よろしいんですか本名を公開されても」
「ええ、同じ作家仲間ですから」
なんて優しい方なんだべ……。天使ではなく、あなたこそ神。
「えっと、あの冥先生はご結婚なされているんですか?」
先生の薬指で光る指輪を指差すと、彼女はポッと頬を赤らめた。
「まだ……なんだけど、もう指輪は貰っちゃってて」
「な、なるほど、甲斐性のある方なんですね」
「うふふ、まだ高校生なの」
「高校生!?」
「ええ、同居してるの」
「高校生と同棲!? あの、それ大丈夫でしょうか、昨今児童なんとか法っていうやつが」
「うふふ、大丈夫よ。だって(義)弟だもの」
えっ、近親!?
「冥先生、自分口から泡拭いて倒れそうなんですが」
「どうしてかしら?」
「あっ、いや自分全然そういうの否定派じゃないんですが、もう本人がよければそれでいいと思いますし。社会が厳しい目で見てくるかと思いますが、負けないでください!」
「そうね、確かにちょっと厳しい目で見てくるかも……」
あぁ冥先生は、実はそんな凄い恋愛をされている方だったのか。
なんで冥先生が売れてるか理解してきた、わたしのような一般ピーポーがする恋愛と次元が違う。そりゃ作品にも経験が生かされてくるわけだ。
本当は立ち入っちゃいけないことだけど、一体どんなことをされているのか気になる。
「あ、あの……ご両親はどのような反応をされてるのでしょうか?」
「ん~彼が他の女の子とうまくいかなかったら結婚してもいいって」
「滑り止め感覚!? 冥先生、それ都合の良い愛人なのでは!?」
「違うわ~。家族だから」
「家族とはそんな関係になりませんよ!?」
「うふふ、でもねもし彼が違う女の子と結婚しても、私もついてきて良いって言われてるの」
「どういう状態なんですそれは!? 冥先生の立ち位置はどこなんです!?」
「第二夫人?」
はわわ、都会の恋愛がこんなにも進んでるなんて知らなかったべ。
近親、一夫多妻は当たり前だったのか。そりゃわたしの作品がのびねぇわけだ。フッツーの恋愛描いてるもん。こんな恋愛経験の方にマンガ描かれたら一生かかっても勝てないべ。
「大丈夫、勅使河原先生? 目の中が渦巻きになってるわ」
「だ、大丈夫です。カルチャーショックを受けただけなんで」
※勅使河原と愛山はヒロインではありません。
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