第343話 黒マスク

 コミケ2日目――

 1日目を大勝利で終え、2日目が開始。

 快晴の夏空の下、今日も熱い戦いが始まる。と言っても本日は俺はほとんど買う予定のものがないので、一日中静さんと真凛亞さんの手伝いをする予定だ。


「最初は真凛亞さんの同人誌売りを手伝いに行こう」


 俺が真凛亞さんの販売スペースに向かうと、ゴシックパンク? というファッションなのか、リアルな髑髏が描かれた黒のシャツに、チェックのスカート、つけすぎでは? と思わずにいられないほどシルバーのアクセサリーをじゃらつかせた真凛亞さん。

 いつも通り黒のマスクをつけ、成瀬さんと共に接客を行っていた。


「あざまーすあざまーす」

「あり……がとう」

「すみません新刊ください!」

「こっちはセットお願いします!」

「アクリルキーおいくらですか?」


 成瀬さんはスピーディーに、真凛亞さんは一人ひとり丁寧に客をさばいていく。しかしながらかなりの列が出来上がっており、客にジリジリとおされてきている。


「おはようございます、手伝いますよ」

「ゆっ君来た、これで勝つる」


 古のネット用語を使う真凛亞さん。今どきブロントさんネタなんか誰もわからないぞ。

 俺はすぐにスペース内に入って、接客を行う。


「新刊500円、旧作本セットが1000円です! アクリルキーは1000円ですが、同人誌との同時購入で500円となってお得です! お並びの方は、購入物の代金を用意してお待ち下さい!」


 3人でやると回転が早く、次々に客をさばいていける。

 開始1時間半ほどで、なんとかラッシュを捌き切って俺たちは息をついた。


「ふぅ、なんとかなりましたね」

「あり、がとう……在庫、昼前にほとんどはけちゃった」

「助かるぜ、あっちゃんが雇ったバイトの子が急にこれなくなったんだ」

「それでこんなに忙しかったんですね」

「なる先輩……飲み物買ってくる」

「あっ、じゃああたしも行こうかな」

「俺ここ見ときますよ、二人共休憩行って下さい」

「わりぃな」


 二人は揃ってスペースを立つと、コミケ会場を出て外のコンビニへと向かう。


 ◇


 それから30分程経過するが、二人が戻ってくる様子はない。


「おかしいな、コンビニ混んでるのかな?」


 混んでるのは当たり前なのだが、この時期のコンビニは精鋭が揃っていてレジ打ちが恐ろしいくらい早い。

 すぐに戻ってこられると思うんだけど、知り合いにでも捕まったのだろうか。

 そんなことを考えていると、雷火ちゃんと火恋先輩がBL本を引っ提げてスペースにやってきた。


「悠介さん、援軍にやってきましたよ」

「おぉありがとう。でも肝心の真凛亞さんたちが、休憩から帰ってきてないんだよね」

「そうなんですか?」

「ごめん、ちょっと探してきてもいいかな?」

「わかりました、店番してればいいんですね」

「ごめんね、お願い」


 俺はトラブルだと困るなと思い、急いでコミケ会場を探す。

 二人は会場の入り口前ですぐ見つかったが、嫌な予感は当たりコミケには似合わないウェーイ系二人に絡まれていた。



 今から15分前――


 成瀬と真凛亞は、飲み物を買った後コミケ会場に戻ろうとしたところ、金髪の青年二人に絡まれていた。

 男は手ぶらでずっとウロウロしており、明らかにグッズや同人誌目的ではなく、ナンパ目当ての出会い厨。

 人が多くなりオタクのビジュアルも昔と比べて向上したこともあり、このような連中が沸いてきてしまっているのである。


「ねぇねぇ、君可愛いよねコスプレイヤー? 胸でかくない? 何カップ?」

「うっせあっち行け」

「超冷たウィじゃん、ギャハハハハ!」


 何がおかしいのか、ゲラゲラと笑いながらついてくる下品な男たち。

 無視されても話を続けていたナンパの一人が、成瀬の顔を見て気づく。


「君なるるじゃない? ムチューバーのなるるだよね? ってことはこっちはお友達のマンガ先生? 二人共可愛ウィーねー」

「オレたちとオフパコしようよオフパコ」

「しね」

「……人待たせてるから」

「えー誰だれ? その子も女の子? 女の子なら一緒に楽しんじゃおうよ」

「男だよ、くたばれ」

「えーなるる厳しい、そんな暴言吐いちゃって炎上してもイイのぉ? そっちの黒マスクのマンガ先生、前に炎上してた人でしょ。また炎上しちゃうとまずいんじゃなウィの?」

「…………」

「ねーねー無視しないでよー、スペースまでついてっちゃうよぉ? 遊ぼうゼぇ」

「ついて来んじゃねぇよ」


 いつもの成瀬ならぶん殴って黙らせるところだったが、コミケで問題を起こせば一瞬で拡散され、また燃やされるのは目に見えている。

 燃えやすい成瀬はまだいいとしても、以前燃やされたことがある真凛亞に火がつくとまずい。

 せっかく鎮火した炎なのに、再び燃え上がると今度はなかなか消えてくれないだろう。

 わりと絡まれることには慣れている成瀬だったが、今回のはしつこい上にこっちが強くでれないことをわかっている。振り切ろうと早足で歩くが、とうとう前に回り込んで進路を封鎖してきた。


「ねぇねぇそんな邪険にしないでさぁ。オレたちとワソピの話しようよ」

「四公知ってる四公?」

「どけ、邪魔だ」


 成瀬が立ちふさがるナンパを押すと、しびれを切らした男の顔が曇る。


「お前、こっちが下手に出てたらチョーシのんなよ。テメェのスペース行って、めちゃくちゃに荒らしてやろうか?」

「くっ……あたしのラインやるからそれでいいだろ」

「オッケー、じゃあ交換――」



 やばい、ライン交換しようとしてるぞ。

 急いで妨害しないと。

 俺は何かないかと思い、自分の手に真凛亞さんの同人誌が握られていることに気づいた。


「げっへっへ、いいだろう。先生は最初からお前のことを狙っていたんだ。(ダミ声)いや、先生やめて!(裏声)」


 成瀬さんたちを取り囲んでいた二人が俺の方を見やる。

 俺は構わず、真凛亞さんの同人誌をデカい声で朗読する。


「ほら、お前もうこんなにも■■■してるじゃないか(ダミ声)いや、先生そんなところ触らないで(裏声)」


 ダミ声と裏声を交互に使い分け、エロ同人を朗読していると、金髪ウェーイ系の男がこちらに近づいてくる。


「オタクキメぇんだけど。エロ本読むなら便所でも行って来いや」

「オタクの祭典で女ナンパしてるテメェの方がよっぽどキメェだろ」

「んだと!?」


 オタクに噛みつかれて相当イラついたのか、ナンパ男が拳を振り上げる。

 俺はその瞬間ビターンと倒れ、床をのたうち回る。


「痛いぃ! 殴られました!」

「は!? オレはまだ殴って」

「腕が折れたぁ! なんて酷いことをするんだぁ、あぁ痛いぃ!」


 自分で言うのもなんだが、俺は死ぬほど情けなく仮病を使うことが得意だ。

 あまりの俺の情けなさに、人が集まってくる。


「あぁ、何もしてないのにこの人たちに殴られました! 腕と脚の骨がバキバキに折れてます!」

「ふざけんな、触ってすらねぇよ!」

「ひぃ、もう殴らないでください!」


「えっ、なに喧嘩?」

「ヤンキーがオタク殴り倒したんだって」

「ほんとに骨折れてるの?」

「傷害事件じゃん。誰か警察呼んだの?」


 俺はチラッとナンパ男を見やる。ほら、警察呼ばれる前にどっか行けと視線で促すと、カチンと来たのか再び拳を振り上げる。


「こんの野郎、仮病使いやがって!」

「やめろ、めちゃくちゃスマホ向けられてんぞ」

「くそっ! 覚えとけよ」


 覚えとかない。

 ナンパたちは尻尾を巻いて逃げ出していく。

 俺は立ち上がって、スマホを向けている参加者に謝る。


「皆さん嘘ついてすみません、骨は折れてません! でもあいつら悪質なナンパなので注意してください!」


 その後、やってきたコミケスタッフにも事情説明を行った。

 そういう場合は、速やかに運営を呼ぶようにと怒られてしまった。



 スペースに戻ってきて、雷火ちゃんたちにも同じ説明を行う。


「許せませんね、こんなところまで来て」

「後で身体的特徴を教えてくれ、私から伊達のセキュリティに伝えてマークしておこう」


 そこまでしなくてもいいんじゃないかと思うが、スペース荒らしに来るって言ってたし頼んでおこう。

 どうせ彼らの写真もSNSに上げられているだろうし。


「ゆっ君……ありがとう」

「すまねぇな、あたしがいたのに」

「いえ、全然大丈夫ですけど、成瀬さんダメですよライン交換しようとしてたでしょ」

「あの場はそうした方が丸く収まると思ったんだよ」

「コミケでナンパ男に脅されてホテル行った話とか、エロ同人じゃないんですから」

「う、うるせぇよ。そんなことにはなんねぇっての」

「成瀬さんも意外と押しに弱いところあるからな」

「んだこの野郎、わかった口ききやがって」


 成瀬さんからヘッドロックされたが全く痛くなかった。

 ただの照れ隠しのようだ。


「真凛亞さんも大丈夫でしたか?」

「うん……大丈夫。ゆっ君」

「なんですか?」


 真凛亞さんはいつもの黒マスクをとり、ピンク色の唇を見せると


「ゆっ君、好き」


 と微笑んだ。

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