第342話 木藻田 後編
夏コミ1日目――
俺と火恋先輩、天はメイ奴隷のコスプレをして屋外コスプレ会場を歩いていた。
そこでは強い日差しと熱気の中、皆汗だくになりながらポーズをとったり、シャッターを切ったりしている。
「キョロロちゃん目線くださーい」
「はーい」
「キョロロちゃんポーズください」
「はーい」
やたらと人が集まっている場所があって、なんだろうなと三人で覗き込む。
するとそこには、やたらと露出度の高い格好をしたレイヤーさんの姿があった。
「あれはなんのコスチュームなんだい?」
「ええっと、多分エバーのプラグスーツかな……。あんなハイレグ水着みたいな形じゃないんだけどな」
原作はもっとぴったりとした全身スーツのはずなのだが、プラグスーツレースクイーンバージョンとか、フィギュアバージョンとかあって全ては把握していない。
あのキョロロと呼ばれているレイヤーさんのコスは、やたらといろんなところが透けたり、布面積が少なくなっていた。
「原作と違うコスチュームでも、コスプレとして成り立つのかい?」
「まぁあそこで熱くカメラを光らせている方々は、エロい写真を撮りたいと言う方が多くてですね……」
その証拠に同じようにエバーのマリーの制服コスプレをしている眼鏡の女性がいたが、そちらには全然人が集まっていない。
マリーの方が原作通りのコスをしているのに、カメラレンズが向いている数は圧倒的にキョロロさんの方が多かった。
「ボクとしてはマリーコスの方が完成度が高いと思うし、顔もあっちの方が可愛らしいと思うけどね」
天の美的感覚は至極まっとうで、俺もマリーのレイヤーさんの方が美人だと思った。
どうやらコミケではエロコス>美女になってしまうようだ。
「まぁ皆さんエロに弱いですから」
「なんだか納得がいかないな」
「楽しみ方はいろいろですからね、コスチューム着るだけで幸せな方もいれば、コスプレは人集めてこそだろって思う人もいます。あそこでカメラ集めているキョロロさんは、後者の意見なんでしょう」
事実、天と火恋先輩がメイド服で歩いていると言うのに、特に声をかけられることもなかった。
つまり天と火恋先輩は、このコミケのコスプレ広場という固有結界の中ではキョロロさんに負けているのだ。
「なんかボク、キョロロさんに負けてるの腹立ってきた」
「私もだ。悠介君、あれに勝つには私も脱げばいいのか?」
「キャラクターを大事にしてあげてください」
かと言って対抗策も見つからないし……。
なんとなく釈然としないなと思っていると、不意に30代くらいの女性に声をかけられた。
「あの、写真いいですか? 性メイ奴隷学園のコスですよね?」
「あ、はい、どうぞ」
カメコって男性が多いイメージだが、意外と女性も存在する。
というか、彼女も鬼METUのコスプレをしてるっぽいので、レイヤー兼カメコなのだろう。
3人並んで写真を撮った後、女性と少し話をする機会があったので、コスプレ歴を聞いてみると、高校から始めて15年の猛者とのこと。
せっかくなのでコスプレガチ勢に、俺たちの何が良くないのかアドバイスを求めてみることにした。
「あの、俺たち聖メイ奴隷学園のコスプレをしていて、自分たちで言うのもなんですが結構クオリティ高いと思うんですよ」
「そうね、木藻田さんなんか本当にモニターから飛び出してきたようです」
褒められてるのにちょっと凹むな。
「あの、何か俺たちに足りない部分ってありますか? 感じたところで結構です、ここが似てないとか、こうすればいいのにとかありましたら教えてほしいんですけど」
「ん~そうですね、女の子に羞恥心が足りないかな。聖メイ奴隷ってやっぱ凌辱ゲーだし、多分ロールプレイとして”お散歩中”ですよね」
「は、はい」
ロールプレイとはゲームのことではなく、そのキャラクターになりきっている最中という意味である。
一応今現在火恋先輩と天の首輪にリードをつけて、俺が握っているのだが、なんとなく見た目だけでやってる感はある。
「それじゃあやっぱり羞恥心が足りてないと思いますね。女の子は今木藻田に嫌なことをされている、でも逆らえない調教中みたいな雰囲気があると良いと思います」
「なるほど、ありがとうございます」
コスプレガチ勢の話を聞いて、なるほどと頷く。
「やっぱり見た目は十分だし、後は精神的な作品に対するリスペクトが必要なのかな」
しかし羞恥心と言われても難しい。安易に露出すればいいというわけでもないし……。すると火恋先輩が何か閃いたのか、ポンと手を打つ。
「アンスコを脱ごう」
「と、言いますと?」
「今我々はスカートの下に、下着とアンスコを穿いてるんだ」
火恋先輩がスカートをぺろんとめくると、下着を見せないためのショートパンツが履かれている。
「この下に下着を穿いてるが、かなりエグいものだ。それなら羞恥心が出るんじゃないだろうか」
「いや、ちょっと待って火恋ちゃん、ボクらの下着かなりやばいやつだよ!」
珍しく天が慌てている、そんなにすごいのか?
「兄君、貞操帯ってわかる?」
「あぁ、あのベルトになってて鍵がついてる下着」
自分で外せないようにする為のもので、ハードなエロゲやエロ漫画によく登場する金属ベルトみたいな下着だ。
それ以外では、もっぱらSM器具として使用されることが多い。
「コスチュームは水咲が用意してくれてるんだけど、原作準拠の下着で、これは上にアンスコはかないとダメだよねってコス前に火恋ちゃんと話し合ったんだ」
「あぁ、だから我々に羞恥心が出るだろう」
火恋先輩は、それでこそ意味があると既にやる気満々である。
「兄君、貞操帯ってコミケの規定的にどうなの?」
「難しい事を聞くね……。一応下着を着用していればOKだったと思う」
スカート履いてるし、意図的に露出してなければいける……と思う。
「さぁやろう!」
ノリノリの火恋先輩は、あっさりとその場でアンスコを脱ぎ捨ててしまった。
天も「怒られてもしらないよ!」と言いつつ、物陰に隠れてアンスコを脱ぐ。
まぁ露出する意図がなければ、どんな下着履いてようが人の勝手だもんな。
◇
それから俺たちはコスプレ会場を再び歩き回る。
「ボク、すっごい落ち着かないんだけど」
「あぁ、ここにいる全員が野獣のような瞳で我々を見ているようだ」
両者ともに間違ってもスカートが舞い上がらないよう、スカートの前を押さえながらゆっくりと歩く。
羞恥で頬が紅潮しており、本当に”お散歩中”のようだ。
すると
「あ、あの……写真いいですか?」
「はい」
「すみません、こっちも」
ちょっとずつ人が声をかけてくるようになってきた。
次第にその数は多くなり、気づけば俺たちを中心にしてカメラの集団が出来上がっていた。
それは先程、キョロロさんを撮影した人たちも多く混じっていた。
◆
その頃、キョロロは露骨にカメコが少なくなっていくのを感じていた。
(なんでよ、スタッフに注意されない限界まで露出してるってのに。カメラは一体どこに行ったって言うの? もっと私を撮ってネットで拡散して、SNSのフォロワー呼んできなさいよ)
彼女が周囲を見渡すと、新たに多くの人だかりができているのを見つける。
キョロロは敵情視察するため、一旦休憩と断り円形の人だかりの中へと入っていく。
そこではメイド服を着た美少女二人と、キモオタの姿があった。
「なによ、メイド服でコスプレって衣装激弱じゃん!」
確かにメイド二人はとんでもない美人だが、メイド服なんかアキバに行けばいくらでも見ることができる。
様々なコスプレが集うコミケで、メイドのコスプレは弱いと言わざるをえない。しかし、何かがこのグループを引き立てている。
「すみません、座ってもらえますか?」
「すみません、座りNGです」
「足をちょっと開いてもらえますか?」
「女性足関係NGです。俺ならいくらでも開きますけど」
「いえ、結構です」
「すみません、撮影の方それ以上近づかないで下さい」
キモオタが次々にポーズの要求にNGを出していく。
更に一定以上、絶対近づかせないように気を配っている。
普通NGばかり出されたらテンションが下がるはずなのだが、カメコたちは熱心にシャッターを切っている。
「一体どうなって……」
その時、強い風が吹いた。
あまりにも一瞬すぎた上に、キモオタが即座に前に出てきて確認できなかったが、スカートの下に貞操帯が見えた気がした。
(くっ、まさかこのカメコたちは見えもしない貞操帯の為にこれだけ集まって、シャッターチャンスを狙ってるってわけ!? そっちがその気なら!)
対抗意識を燃やしたキョロロは更衣室に帰ると、プラグスーツを脱ぎ捨て、ニプレスと海水パンツを履いた姿でコスプレ会場へと戻ってきた。
「ほーら皆さん、あんな見えないものより私を撮ってくださ~い!」
体をくねらせポーズをとってみるも、カメコたちは見向きもしない。
「ちょっとあんた、なんでわたしを撮らないのよ!」
キョロロがカメコの一人を捕まえると、カメコは苦い表情を浮かべる。
「あからさますぎる露出は下品で……あっちのはお上品な女性二人が、スカートの下に何はいてるのかってワクワク感が」
「ふざけんじゃないわよ! あいつらちゃんと角度計算してカメコ並べてるから絶対見えないわよ!」
「それでもいいんです、チラリズムに夢があるから」
「わけわかんないこと言ってんじゃないわよ!」
キョロロが発狂していると、コミケスタッフ二人が過剰露出で彼女の両脇を掴む。
「すみません、規約違反ですので更衣室に戻ってもらいます」
「あそこにいる女もエロい格好してるわよ!」
「ただのメイド服でしょ」
「違うのよ! スカートめくって確認して!」
「そんなことしませんよ」
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