第348話 あーKAね・・・
水咲買収の話に言葉もでなかった。
あまりの展開に沈黙する俺たちに、鎌田さんと神崎さんは補足を続ける。
「水咲が実質消滅したから、今回のイベントはヴァーミットと同じブースになってるでゴザル」
「合併した直後にこのコミケ出展よ。ユーザーたちには、敵対買収じゃなくて最近流行りのゲーム企業の合併に見せたいわけ」
そう言いつつ、神崎さんの機嫌は悪そうだった。
そりゃ幹部が裏切って買収されたわけだから、社員として気分はよくないだろう。
□ソフトとエニスクが合併したときは「えっFFとトラクエが合体したの!?」ってちょっとテンション上がったけど、水咲とヴァーミットが合併したって聞くと「えっ……なんでヴァーミット? もっといいとこあるのでは?」と思ってしまう。
「三石殿のゲームも既に搬入されて、準備はできてるでゴザル」
「ありがとうございます」
ゲームのこともそうだが、今は水咲の事が気になってしょうがない。
どうするべきか困っている綺羅星に俺は声をかける。
「一旦帰って、状況把握した方がいいんじゃないかな? コミケっていう気分でもないだろうし」
「う、うん……。そうっすよね……」
天も月もいないし、彼女を家に帰してあげたほうがいいだろう。
しかし
「帰んなくていいわよ。今話聞いたとおりだし」
振り返ると、疲れた表情をした月と天の姿があった。
「月姉!」
「なにそんなに慌ててんのよ、販売の準備できてんの?」
「慌てるよ! こっちに何の連絡もないし、いきなり会社買われたとか、やばたんっしょ!」
「あまりピーピー狼狽えないで。水咲はヴァーミットの下に入ったというだけ。パパも社長職から外れただけで、解雇になったわけじゃない。今すぐ路頭に迷うって話じゃないわよ」
「そ、そうなの?」
「ええ、まぁ水咲家はそのうち追い出されるでしょうけど」
「全然安心できないじゃん!」
月はため息をつくと、小さく首を振る。
「幹部数人に裏切られて乗っ取られったって言う、わりとよくある話よ。水咲立ち上げから一緒にやって来た人たちだったけど、やっぱ身内以外信用しちゃダメね」
諦めなのか、自嘲気味な笑みを浮かべる月だったが、腹の中は煮えくり返っていることだろう。
「本当に会社の方はいいのか?」
「ええ、できる手は打ったけど、まぁそれが通用するかはしばらく後の話」
彼女のことだしタダで引き下がるとは思えないが、この様子から見るとあまり勝算があるように思えない。
「さっ、もうじき開場の時間よ。この日の為にホームページだけでなく、アキバに街宣車を送り込んだりして、広報に力は入れてきたわ。皆心してこの最終日を乗り越えましょう」
彼女は自身の心を表に出すことなく、イベントを頑張ろうと言う。
なんだか俺たちサークルのゲームが、水咲アミューズメントから出る最後のゲームみたいで嫌だな。
「よし、じゃあ皆準備しよう。全員分のゲームキャラのコスチュームがあるからそれ着てきて」
「悠君……」
「あっ、静さん」
遅れてきた三石家の姉三人が合流。皆眉間にしわをよせ、難しい表情をしている。
「その、今そこで水咲家の執事さんに会って」
「藤乃さんかな」
「話を聞いたんだけど、水咲が大変なことになってるって」
「……企業、買収」
「よくわかんねぇけど、いけすかねぇ奴に会社買われて、水咲全員ピリってんだろ?」
成瀬さんのあまりにも簡潔なまとめに頷く。
俺は軽く静さんたちにも事情を説明する。
「……ジーザス」
「ライバル企業にクーデター起こされちまうって、ドラマみてぇな話だな」
「とりあえず、今のところできることはないからブース手伝ってもらえます?」
「うん、わかったわ」
「何すりゃいいんだ?」
「コスプレで売り子と宣伝をしてもらいたいんです。全員分コスチュームがあるから、それを着てきてください」
俺はダンボールに入った、ウチのゲームのキャラクターのコスを出していく。
本当なら自分の作ったゲームのキャラのコスプレするなんて、最高にオタクやってるなって盛り上がりたかったところだったのに。
全員に順次コスを渡していって、綺羅星の前で止まる。
「綺羅星は……」
どうしようか、月程彼女はメンタルが強くない。
多分販売も手につかないだろうから、休ませた方がいいかもしれない。
「綺羅星、ブースの奥で休んでても――」
「やる、あーしもやる」
「いいの? 無理しなくてもいいんだよ」
「動いてる方が楽そうだし、メンタル限界つらみ祭り開催中だけど、
「お、おうKAね、KAわかるよ」
「すっごく楽しみにしてたコミケ、変な感じにされて超ムカつくけどウジってもしょうがないもんね。それなら今を楽しむ!」
綺羅星はコスチュームを受け取って、雷火ちゃん達と更衣室に向かう。
「綺羅星はやっぱ強くなったよな」
俺も同じ状況なら、コミケ楽しむなんて言えないと思う。
全員がコスプレをしに更衣室へと向かうが、天が一人衣装を持ったままこちらを見つめていた。
そこにいつもの飄々としたイケメン顔はなく、雨に打たれる小犬のような沈んだ彼女の姿があった。
「天?」
「…………あのさ兄君」
「ああ」
「やっぱりなんでもないや」
急にスイッチを切り替えたかのように笑顔を浮かべ、更衣室へと入ろうとする天の手を掴む。
「悪いクセだぞ、すぐに感情を押し殺して役者スイッチ入れるの」
「…………」
「不安でつらみがやば谷園なんだろ?」
「綺羅星の言葉うつってるよ」
天はほんの少しだけ笑みを浮かべると、不安な心情を告げる。
「…………昨日水咲のアナリストと経営コンサルの人を交えて話をしたんだけど、多分ウチはヴァーミットに食いつぶされるって言われたんだ」
「…………」
「会社を取り戻せる可能性は低くて、多分取り戻せても格下のヴァーミットに買われた企業の信用は戻らないって」
「天、別に会社失っても死ぬわけじゃない。だから――」
「ボクらが水咲から追い出されたら、もう君と許嫁続けられないじゃないか!」
「…………」
「今までずっとパパが守ってた社員も、早々に見切りをつけて退職していってるし。兄君もそうならないとは言い切れないでしょ」
俺は情緒不安定になってる天の体を押して、ブースの壁際に追い詰める。
「お前本気でそんなこと思ってんのか?」
「……だって、貧乏な女は嫌でしょ」
「俺が金の有り無しで友達決めてると思ってるのか? 今まで一緒にいた俺はそんな薄情な男だと思うか?」
「…………でも、信用してた人でも裏切るんだよ。ボク、君に見捨てられたら本当に耐えられない」
天の瞳に涙が滲む。
水咲三姉妹の中で、一番強そうに見えて、実は一番メンタル弱いのが天だ。役者の仮面を被ってATフィールド張るのは得意だが、本体は脆くてすぐにヘラってしまう。
「もし会社も家も全部とられちまって住む場所もなくなったら、あのアパートに住めばいい。皆いい人だし、お前たちのことを受け止めてくれる」
「兄君も?」
「勿論、甲斐性があるわけじゃないが俺を頼れ」
「……やめよう、そういう嬉しくなること言うの。ボクすがっちゃうもん」
「俺はお前の兄君だからな。抱え込まずになんでも言ってこい。沈んだときは俺が引き上げてやる」
そう言うと、赤面した天は伏し目がちにこちらを見やる。その大きな瞳は、熱っぽく潤んでいた。
「……もう……君しか見えないよ」
「なんか言ったか?」
「スイッチ……入ったからね。君がいけないんだよ」
「?」
「コスしてくるから。よかったら褒めてね」
天は熱い吐息と共に俺の耳元で囁くと、瞳に怪しい光を灯しながら更衣室へと向かう。
「元気になった……のかな?」
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