第349話 依怙贔屓

 皆が着替えに行った後、ブースにいるのは俺と忙しなく動く水咲、ヴァーミットのスタッフだけとなった。


「ヴァーミットを毛嫌いする人は多いけど、別に社員の人達が悪いわけではないしな」


 そう自分に言い聞かせながら販売物をデスクの上に並べていると、隣にどかっと別のゲームを置かれる。


「そこはオレ様のスペースだ、場所をあけろ」


 なんだ? いきなり横柄なスタッフが出てきたな。

 そう思いゲームを置いた人物を見ると、浅黒い肌に色眼鏡、オールバックのチャラ男。まるで寝取られ系同人誌の竿役に見えるこの男は。


「摩周兄」

「おっ……おおっ!? ミッチーじゃん、なんでここに!?」


 盛大に後ずさりし、オーバーリアクションをとる摩周兄。

 いや、俺が推しゲームコンテストに出ること知ってるだろ。


「水咲が合併したから一緒にやるんだろ」

「あっそっか、水咲ってヴァーミットの養分になっちまったんだっけ」


 嫌な言い方するなよ。元水咲のスタッフが、今の発言でかなりピリついたぞ。


「見てみろミッチー、これがオレ様たちのゲーム、”ファイナルファイティングアクションファンタジー”だ」


 摩周兄は、虹色の光を放つディスクROMをこちらに見せる。

 どうでもいいが、タイトルが長い割には特徴がなくて覚えにくい。


「……完成……できたんだな」

「なんで完成できたことが意外みたいな顔してんだよ!」

「いや、すまん。お前の性格上、間に合わなかったとかありそうだし」

「フハハハハ、オレ様の天才的な指揮で未完などということはありえない」


 すると後ろを通りかかった、インセクター歯我ではなく摩周弟がボヤく。


「兄さんはゲーム作り始めたら、ジャソプ読んでるだけじゃないか」

「オレ様は遊んでいるように見えて、ちゃんとやってるか監督してたんだよ」


 まぁそんなことだろうとは思っていた。

 摩周のやりたいことってゲーム作りたいじゃなくて、ゲームを利用して有名になりたいだからな。


「ブレイクタイム工房お得意の格ゲーじゃなくて、アクションゲームにしたのか」


 ゲームディスクのケースには、アクションゲームのスクリーンショット画像が印刷されている。


「ウチには総監督の居土さんがいるからな!」

「そうか、あの人アクションゲームづくりのエキスパートだもんな……」

「今回の作品はプロと一緒に作ってるから、アマとはレベルが違うぜ」

「言ってなかったが、ウチもプロはいるぞ。マンガ家とプロ声優」

「はっ? ミッチー卑怯じゃね?」


 プロゲームクリエーターを使っておいて、どの口が卑怯などとほざくのか。


「オレ様たちのサークルは、そんじょそこらのザコサークルと違ってプロ数十人体制で作ってるからな」

「ちょっと待て、数十人もいるのか? 居土さんだけじゃなかったのか?」

「あぁ水咲から引き抜いた連中を使って、っておっとこれは言っちゃいけないんだった」


 危ねぇ危ねぇと口を押さえながらも、目は笑っている摩周兄。

 どこまでも誰かにマウントとってないと気がすまないようだ。


「部下が優秀すぎて、正直オレ様が何もしなくても完成したぜ」


 ドヤ顔してるが、それだとお前いらんやん。

 こいつ自分がサークルにとって必要ない存在だと気づいているのだろうか?


 摩周兄と話していると、神崎さん御堂さん居土さんの旧水咲主任チームが、ブース前に揃って何やら話をしていた。

 丁度居土さんと目と目が会うと、居土さんはジーンズのポケットに手を突っ込み、軽く背中を曲げた因縁つけてくるチンピラのような歩き方で俺の前にやってくる。


「総監督じゃないっすかぁ、順調に出来上がって良かったっすよね。これでオレ様たちのゲームバカ売れ間違いないっすよぉ」


 唐突に媚びた声を上げ、ハエのように手をこすり合わせる摩周兄。

 多分居土さんの前ではいつもこんな感じなんだろう。二面性のある奴って怖い。


「ちょっと来い」

「よろこんでー!」


 居酒屋みたいな返事をする摩周兄だったが。


「お前じゃない、三石テメェだ」

「えっ、俺ですか?」

「早くしろ、もうじき開場すんぞ」

「は、はい」

「なんでミッチーが……」


 呼ばれて俺は居土さんの後をついていく。

 ブース裏に連れて行かれると、居土さんは人払いをして、俺と二人だけになった。


「時間がないから簡潔に言うが、これからお前は酷い目にあう。心を強く持て。以上」

「えっ? 意味わかんないんですけど」

「じきにわかる。その時心折れるな」


 曖昧な預言者みたいなことを告げて、居土さんはさっさと行ってしまう。

 なんなんだ、さっぱり意味がわからん。


「なんだろ、摩周のサークルに負けるとかかな……?」


 それはショックだが、あの感じからするともっとなにか……悲壮感のあることが起きそうな気がする。


 腑に落ちないまま、ブースへと戻る。

 するとそこには摩周と共に綺麗なお姉さん数人が、レースクイーンみたいな水着を着て立っていた。

 視線が集中する胸のあたりにヴァーミットのロゴが入っていて、どうやら会社が呼んだコンパニオンらしい。


「どうだミッチー、これが売れるゲームの最強布陣。有名レイヤーで話題性抜群作戦だ!」

「レイヤーの方なのか。こっちのゲーム売るのも手伝ってくれよ」

「あーダメダメ、ミッチーのとこは自分達でやってくれ。この人たちは全員オレ様のゲーム売る為に呼んだんだから」


 そんな優しいやつじゃないとわかってたからいいけど。

 しかし、まずいな……。


 ブースを確認すると、摩周たちのファイナルなんとかっていうゲームを全面に押し出している。

 対して俺たちのゲームはブースの隅にちょこんと置かれていて、ポスターの一つもない。これもう合併した相手に対する嫌がらせだろ。

 有名レイヤーで話題性抜群作戦ってバカバカしいと思うが、ここまで露骨に贔屓されるとさすがに売上に影響がある。


「悪いなミッチー、またオレ様の勝ちなんだわ」


 お前に敗れた記憶はないが。

 販売スペースだけは本当にボロ負けだと思っていると、こちらも売り子が到着する。


「着替えましたけど、これちょっとスカート丈が……」

「ダーリンどうどう似合ってる?」

「悠君、これちょっとサイズが小さいわ」

「……結構いい素材でできてる」


 伊達家、水咲家、三石家、それぞれ全員がゲームに登場するヒロインのコスをして登場。

 雷火ちゃんはミニスカの軍服で、火恋先輩、綺羅星は真っ赤なパイロットスーツ。

 静さんは機動戦艦の艦長服、真凛亞さんは白衣の研究者、成瀬さんはタンクトップにスパナ片手のメカニック。

 天と月はエリートパイロットが着る白のパイロットスーツ。

 真下姉妹は、戦争を止める歌姫のドレス姿。


「グッド」


 俺は両手の親指を立てる。


「恥ずかしいですけど、皆とやるっていいですね」

「なんかテンション上がるっすね、コスプレって」

「大丈夫かしら、ずっと胸のところがギチギチいってるんだけど……」

「ねぇ兄君、誰のコスが一番良いか教えてよ」


 キャイキャイとはしゃぐ我が開発チーム。

 その様子を見て、摩周兄は……。


「卑怯だぞ、ゲームに関係ない女の子連れてくるなんて!」


 コンパニオン連れてきてるヴァーミットに言われたくないわ。


「いや、彼女ら全員ゲームの開発者だから」

「ば、バカな」

「軍服の子がプログラム、ツインテの白パイスーがシナリオ、ショートの方がグラフィック、タンクトップと白黒ドレスの子がサウンド」

「なん……だと。ハーレムスタジオじゃねぇか!」


 今まで見た中で一番悔しそうな顔をする摩周兄。


「……あのさミッチー、これ終わったら合コンしねぇ?」

「しない」


 ウチはコミケ終わったら寿司行くって決まってるんで。

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