第248話 静とかくれんぼ 前編

 喫茶鈴蘭――


「ほ~ん、それでユウ坊はしばらく死んどったわけかい」

「まぁね」


 俺は店掃除をしながら、鈴蘭オーナーの妖怪ではなく婆ちゃんに今までの経緯を話していた。


「まぁ仕方ないことだね。あたしゃあの髪の長い女の子に老後を見てもらいたかったけど、あのパツキンのぎゃるでも構わないよ」


 ばあちゃんの言う髪の長い子は雷火ちゃんで、パツキンぎゃるとは綺羅星のことだ。


「ばあちゃんあっさり諦めないでくれよ」

「伊達家当主の資産額は3兆5千億円、人生100回は遊んで暮らせる金じゃ。それをユウ坊にくれてやることはせんじゃろ」

「3兆!? ……いや、俺は剣心さんの資産なんかに興味ないよ。俺もちゃんと働くし、普通に暮らせればそれで」

「ユウ坊が拒んだところで、伊達姉妹が資産を引き継ぐじゃろ。そうなると姉妹と婚約関係にあるユウ坊に流れるのと一緒じゃ」

「そんな使い道に困るお金、勝手にポケットに入れられても困るよ」


 3兆円なんて途方もないお金、手を付けるなんて怖すぎる。


「まぁ本当の問題はそこじゃなくて、跡取りの方じゃがね」

「跡取り?」

当主剣心はそのうち引退する。その後跡継ぎ赤子が生まれるまでは、長女玲愛が当主代行として引継ぐじゃろう。引退後、伊達の主導権を握った長女が跡継ぎを出産したらどうなる? 当主剣心から一気に長女玲愛に権力が集中するじゃろ?」

「世代交代ってそういうもんじゃないの?」

当主剣心はな、跡継ぎの父親を自分の息のかかったものにしたい。そうすれば引退後も父親を介して、自分の意見を通すことができるからじゃ」

「悪の黒幕じゃん」


 マンガでもあるよね、本当に悪いのは子供でもなく親でもなく、裏で操っている祖父だったって話。


「じゃが、種馬のユウ坊が三姉妹を孕ませたら完全長女派の跡取りが出来上がる」

「種馬って嫌な言い方だな」

「恐らくじゃが、伊達は旧当主剣心派と当主代理玲愛派に割れる。分家の何割かも当主剣心を裏切って、長女玲愛とお主につくものが出てくるじゃろう」


 そりゃ伊達の今後を担うのは玲愛さんだし、剣心さんの影響力が落ちるのは道理だ。

 剣心さんとしてはその状況を防ぐために三姉妹のうち誰か一人でも、剣心さん派の男と結婚してほしかった。でも全員俺を選んだせいで、今後の予定がめちゃくちゃになってるわけだ。


 父親として倫理的に姉妹全員と婚約なんて許さんというのならわかるのだが、引退後の権力が危ういからやめろって言われるとなんだかなって感じだ。


「跡継ぎの父親が剣心さん派だったら、剣心さんの意向を反映した跡継ぎ教育が出来るけど、俺と三姉妹の子供だったら、完全に玲愛さんの意向を反映した跡継ぎになるってことだよね」

「そういうことじゃな。長女玲愛の経営方針はわかりやすく無能は切るじゃが、当主剣心は付き合いのある企業は赤字を出してても存続させておる。長女が主導権を握った時困る連中は多いじゃろうな」


 癒着というのか利権と言うのか知らないが、あまりクリーンな話ではないだろう。


「それを剣心さん派の許嫁でブレーキをかけたいのに、俺が邪魔でしょうがないってことか」

「そういうことじゃ」

「産まれてくる赤ん坊ですら駒なんだな」

「怒るでないぞ、それは伊達というマンモス企業の子供に産まれた宿命じゃ」


 子供は生まれを選べない。貧しい家庭もあれば、金はあるがずっと親の操り人形にされる家庭もあるってことだ。


「俺は……自分の子供を、そんな親の操り人形にしたくないな」

「三姉妹も同じ気持ちじゃろう。だが勘違いするなユウ坊、今伊達があるのは紛れもない当主の力じゃ。黒い部分も処理してきたからこそ今がある。綺麗事だけで伊達はつとまらん」


 剣心さんも伊達を守りながら世界レベルにまで成長させてきたわけだから、その苦労を知らず綺麗事だけで批判するのは違うってことだな。

 剣心さんの行う教育方針を操り人形育成と捉えるか、偉大な祖父の経験に基づく英才教育と捉えるかは人によるだろう。


「伊達家に戻る自信なくなること言わないでよ」

「水咲はどうなんじゃユウ坊?」

「水咲は伊達ほどじゃないけど大金持ちだよ。お父さんの遊人さんがかわってるかな」

「金持ちは変人が多い。悪いことは言わん、静と結婚せぇ。あの子は母乳がドバドバ出るぞ」

「セクハラだぞ妖怪ババァ」

「誰が妖怪じゃ」


 重い話は終わりにしようと掃除に戻ると、カランコロンと音を立てて静さんと成瀬さんが休憩から帰ってきた。メイド服姿で。


「なんかこの格好落ち着かねぇな」

「そ、そうね皆の注目集めちゃうし」


 丈の長いロングスカートをひらひらさせる成瀬さんと静さん。

 この格好にしたのはババアの思いつきで、時代はメイド喫茶、ウチでもメイドデーをやるとブームを3周くらい遅れたことを言い出したのだ。

 駆り出された成瀬さんと静さんはメイド姿で接客することになったが、女性客ばかりの鈴蘭ではあまりウケが良くなく、得しているのは俺だけだった。


「婆さん丈がなげぇよ。地面こすっちまう」


 成瀬さんの言う通り二人共スカート丈が長く、靴すら布で覆い隠されていた。


「発注ミスだね。どれババが今直してやるか」


 でかい断ち切りばさみをシザーマンのごとくジョキジョキする婆ちゃん。


「今はいいって! 婆さん目が怖ぇ!」

「あゔぁんぎゃるどなミニ丈にしてやるよ。フォッホッホッホ」


 成瀬さんが妖怪バルタンババァから逃げ惑っていると、静さんがパンと手を打つ。


「そうだユウ君、外でこんなビラ配ってたんだけど」


 手渡されたビラを見てみると、冬の柊商店かくれんぼ大会と書かれていた。


「あぁ商店街の催し物か。最後まで見つからなかった人には豪華景品有りと」


 裏面を見てみると詳細が書かれており、旅行券や8kテレビ、松阪牛や貴金属など様々で、中にはレア物のプラモデルも含まれている。


「うわ、このプラモもう流通してないやつだ。ほっしぃ」


 これを景品に持ってくるとは、商店街役員でプラモに知識がある人間がいるな。

 かくれんぼのルールは、この町内限定で私有地、建物の中以外ならどこに隠れてもよく、制限時間2時間を隠れぬけばいいらしい。


「この町内結構広いから、2時間くらいならなんとかなりそうだけど」


 景品は最後まで生存した参加者で山分けらしく、古いプラモを欲しがる人は少なそうなので、最後まで残れば十分チャンスはありそうだ。

 いつ開催なのだろうかと日にちを確認すると、まさかの1時間後である。


「なぁ婆ちゃん、俺これ出てきていいかな?」

「いいけど、出るなら旅行券とってきな。あたしゃ熱海っちゅーとこ行ってみたいんじゃ」

「おう、任せといて」


 絶対プラモとるけど。

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