第249話 静とかくれんぼ 後編

『柊商店かくれんぼ大会参加エントリーはこちらです!』


 景品に釣られた人が多かったのか、参加受付が行われている駅前では、老若男女問わず約50人くらいの参加者が集まっていた。

 俺は受付を済ませると【55番】のゼッケンを受け取り身につける。

 するとメイド姿の静さんが後からやってきて、俺と同じように【60番】のゼッケンを受け取っていた。


「あれ、静さんも出るの?」

「えぇ、お店はなるちゃんがやってくれるって。悠君、おばあちゃんが秘密兵器を貸してくれたから一緒に隠れましょう」

「秘密兵器とな? わかった、二人で景品を手に入れよう」


 開始時間となり、主催者の商店街会長、肉屋田所の田所誠治(43)が拡声器でルール説明を行う。


『制限時間は2時間で、参加者の皆さんは鬼に見つからないように隠れて下さい。私有地、建物内、一般的に立ち入れない場所に隠れると失格です。鬼ごっこではありませんので、見つかってゼッケン番号失格と宣告されたら速やかに駅前に戻って待機して下さい』


 ルール説明が大体終わり、会長が『鬼の登場です!』と言うと鬼と書かれたハチマキをつけた3名の商店街役員が現れる。


「おいおい、マジかよ」


 その姿を見て、参加者全員がどよめいた。

 なぜなら鬼は全員リードを握っており、賢そうなシェパード犬3匹をお供に引き連れていたからだ。


『鬼はたった3人ですが、元警察犬のワンちゃんをそれぞれ一匹ずつ連れて参加者を捜索します。皆さん見つからないように頑張ってください!』

「バウバウバウバウ✕3」


 マジかよ。元警察犬なんか絶対見つかるだろ。

 主催者の絶対に景品はやらないという強い意志を感じる。


『15分後に鬼が捜索を開始します。それでは皆さん、かくれんぼ開始です!』


 会長が笛を吹き鳴らすと、参加者全員が弾かれたように駅前から走り出し、各々隠れ場所を探す。

 俺も静さんと共に、駅前から少しでも離れた場所へと移動する為駆け出していた。


「どうしよう、警察犬だと隠れてもすぐ見つかっちゃいそうだね」

「悠君、公園に秘密兵器を隠してるから、そっちに行きましょう」

「わかった!」


 静さんと共に、商店街近くにある公園へとやってきた。

 俺たちと同じように公園に来る参加者もいて、木の上やトイレに隠れている人もいる。


「悠君、これを見て」


 静さんは公園内にある公衆トイレの後ろから、畳まれたみかんの段ボール箱を取り出す。


「おばあちゃんがかくれんぼするなら、これを使いなさいって渡してくれたの」


 静さんはダンボール秘密兵器を組み立てると、ひっくり返しておく。


「まさかとは思うけど、このダンボールに隠れるとか言わないよね?」

「そうよ、昔お爺ちゃんが潜入ステルス工作に使っていた、由緒あるダンボールなの」

「ステルス工作?」


 三石家の爺何者なん?

 とりあえずダンボールの中に二人で入る……というより被ってみると、当たり前だが狭すぎる。


「静さん、これ一人用だ。並んで入るのは無理があるよ」

「そうね、じゃあ重なってみたらどうかしら?」


 ダンボール内で俺は仰向けに寝転がって膝を立てる。俺の腰を静さんが太ももで挟むようにして馬乗りになり、スペースはなんとか確保できた。


「どうにか二人入れたのはいいけど……」


 これダンボールどかされたら、完全に騎○位してるようにしか見えないんだが。

 お互いの吐息が聞こえるくらいの狭い空間で密着し、静さんの甘い匂いが漂う。


「ん……悠君あんまり動いちゃダメよ」

「う、うん」


 ちょっと身を捩っただけで、静さんの柔らかい部分に触れてしまうから気をつけなくては。

 頭をぶつけてキスなんてことになったら婚姻届を叩きつけられてしまう。


 ダンボールには持ち手の部分に穴があいており、そこから光が差し込み外の様子が見えるのだが、今のところまだ鬼の姿は見えない。


「静さん体勢きつくない? もっと俺に体重預けていいよ」

「ありがとう、そうするね」


 俺の腰に乗った静さんが体を折ると、彼女の爆乳が俺の顔を包む。

 なんて暖かく柔らかいのだろうか。さっきまで喫茶店にいたのでコーヒー豆とミルクの匂いがする。


「すーすー」

「ゆ、悠君、そこで深呼吸されるとお姉ちゃん困っちゃうな」

「す~~~~~~~~」


 静さんを困らせるのは楽しい。

 この体勢で2時間は幸せ(✕)大変だと思っていると、10分ほどで鬼役が警察犬を引き連れてやってきた。


「バウバウバウ!!」


 警察犬は鋭い嗅覚で木の上にいた参加者を発見すると、鬼役が「9番失格!」と声を上げる。

 それからトイレの中にいた参加者も発見し、あっという間に二人が失格になった。


「警察犬賢すぎるだろ」


 このペースだと1時間足らずで全滅するんじゃないか?

 鬼は警察犬を連れて公園を巡回すると、当たり前だが俺たちの入った段ボール箱を発見する。


「スンスンスンスン」


 まずい、犬がめちゃくちゃダンボールの臭いを嗅いでいる。

 そりゃそうだよな、結構でかいみかんの箱がトイレの裏に置いてあるんだもん。犬じゃなくても不審に思う。

 終わったか? と思ったが、意外なことになかなか吠えてこない。


「ク~ン……」


 犬は2,3度首を傾げると興味を失い、尻尾を向けて立ち去っていく。

 鬼も犬が反応しないなら誰もいないのだろうと、一緒に遠ざかっていった。

 なにこのダンボールの隠密性、爺さんってもしかしてコードネームは蛇じゃない? 

 なんとか難所は通り過ぎたと思っていると、急に静さんが俺に抱きついてきた。


「きゃ!」

(むぐ、どしたの静さん?)

(虫が服の中に入ったみたい。もぞもぞ動いてるの)


 静さんは虫が大の苦手で、ちっちゃな蜘蛛でも悲鳴を上げてしまう。


「ひぐ」


 必死に悲鳴をあげないように頑張ってくれているものの、犬が声に気づいたのか引き返してくる。


(まずい、静さん虫どこ? とってあげるよ)

(多分胸のあたりにいるわ)


 なんていやらしい虫だ、許せん。

 かすかに差し込む光を頼りに、メイド服の首元のリボンをシュルリと引き抜き、パツパツに張ったブラウスのボタンを外していく。

 どこだ虫め! ここか! 俺は白いブラジャーに包まれた、たわわな胸をわし掴む。


「んっ……あ……」


 たゆんたゆんと爆乳が上下に揺れ、静さんから甘い声が漏れる。まずい、このままではイッヌに気づかれてしまう。

 俺は早く出て行け卑猥な虫めと、1ミリも下心のない正義しかない心で胸を揉みしだく。


「ゆう……君」


 静さんの吐息がどんどん荒く艶めかしくなっていく。

 仕方あるまい、俺はブラジャーの隙間から手を差し入れ、ずっしりとボリュームがあるすべすべの胸を揉む。

 するとぴょーんとバッタらしき虫が、胸の谷間からジャンプするのが見えた。


「やった出ていったよ!」

「ありがとう悠君!」

「バウバウバウバウ!!」


 しまった、声が漏れてイッヌにバレてしまった。


「あちゃあ、ごめん静さん」

「悠君、大丈夫。お姉ちゃんに任せて、ここに隠れて!」


 ダンボールが鬼に持ち上げられ「60番失格」と宣言を受けた。



 駅前、失格者待機所――


 さて、今現在俺はどこに隠れているでしょうか?

 公園で失格になったのは静さんだけで、奇跡的に俺は見つかっていなかった。

 なぜかと言うと、静さんはダンボールを持ち上げられた瞬間、俺をメイド服のロングスカートの中に匿ったのだ。

 俺は静さんのスカートの中に隠れたまま駅前へと移動し、今現在バレないように、じっと彼女のお尻を眺めながら時がすぎるのを待っていた。

 警察犬も失格者を調べることはせず、この作戦はびっくりするくらい刺さっていた。

 レースのTバックってエロすぎん? 何時間でも見てられるわと思っていると、ホイッスルが鳴り響いた。


『制限時間終了、終了です! 隠れている参加者は速やかに出てきてください! 生き残ってるのは55番だけです!』


 終了の合図を聞いて、俺は他参加者にバレないようこっそり静さんのスカートから出て、会長の元に行く。


『55番おめでとう! 凄いね! 今までどこに隠れてたんだい?』

「それは……秘密です」


 失格者のスカートの中ですとはさすがに言えない。


『では55番、くじ引きで景品を選んで下さい』

「くじ引き?」

『景品はくじ引きで選ばれるって言ったよね?』


 しまった聞いてなかった。

 いや、でも最後まで隠れぬいたのは俺だけだし、当たる可能性は十分ある。


『ちなみに欲しい景品はあるのかな?』

「プラモです」

『当たるといいね、ではレッツくじ引き!』


 俺は用意された回転式のガラガラくじを回すと、金玉が転がり落ちる。

 それを見て主催者が目を丸くする。


『大当たりぃ!!』

「えっ、もしかしてプラモ!?」

『豪華ダイヤモンド入りリングです!』

「…………」


 い、いらねぇ……。

 俺はその日のうちに商店街の貴金属店からダイヤモンド入りのリングを受け取り、複雑な表情をしながら指輪ケースを眺めていた。

 こいつを換金して、プラモを探すという選択肢もあったが……。


「ゆ、悠君元気だして」

「静さん手出して」

「えっ?」


 俺は差し出された白い指に、ダイヤモンドリングをはめる。


「悠君?」

「あげるよ。こういうのは静さんの方が似合う。いっぱい協力してもらったし、景品もらえたの静さんのおかげだから。……大好きだよ、お姉ちゃん」

「…………」


 あっ、薬指にはめちゃったけどまずかったかな。まぁ特別な意味合いなんて気にしないだろう。

 その後静さんは、ずっと悩ましい吐息を吐きながらダイヤモンドリングを眺め続けていた。


「悠君……このままじゃお姉ちゃん、お姉ちゃんじゃいられなくなっちゃう」

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