オタオタ A6
第301話 スランプ
開発が始まって数日――
俺と雷火ちゃんは1話目だけ完成した、ビジュアルノベルゲーム【ブレイド(仮)】をテストプレイしていた。
ゲームはほとんどフリー素材を使って作られており、登場人物のヒロインに関してはヒロイン1と書かれた棒人間である。
まるで完成していないアニメのようなプレイ画面で、唯一しっかり完成しているストーリーを読み進めていく。
「どうです?」
プログラマーの雷火ちゃんが心配げに聞いてくるが、俺は大きく頷く。
「まだα版とも言えないけど、ストーリーの雰囲気はつかめる。雷火ちゃんが担当した
「大丈夫ですか、SAVEの文字とか大きすぎないですか?」
「うん、いいと思う」
今現在、ゲームの骨組みができただけであり、ここからグラフィックや音楽が揃ってゲームの体裁が整っていく。
月から2話目と3話目の原稿と、4話目のプロットが上がってきてるし、天からもキャラデザのラフがポンポン上がってきて、滑り出しは好調だ。
「悠介さん、これ大体何話目で終わりにする予定なんですか?」
「1話平均30分くらいのプレイ時間を予定してて、全12話予定かな。最終話だけ、ヒロインの数だけ分岐するから実質の作業量は12話分以上になるけど」
「なるほど、アニメの1クールと同じくらいなんですね」
俺がPC画面に表示された工程管理表を見ていると、イラスト項目の『軍事基地背景』が作業中から精査待ちにかわる。
今現在リアルタイムに皆作業してくれていて、担当場所を終えるとゴーグルドライブ内のスプレッドシートが更新されていく。
背景は静さんと真凛亞さんが担当してくれており、今回の背景は真凛亞さんが描いてくれた。
完成した背景の画像ファイルを開くと、最初の舞台である軍事基地が映し出される。
「おぉ、メカメカしくていい感じですね。わたし、このよくわかんないけどピカピカ発光してる照明好きです」
「俺も好き。真凛亞さんスチームパンクとか好きらしいからSFもいけるみたい」
俺は画像サイズや保存形式等細かくチェックをして、ゲームのイメージに合っていることを確認してから精査OKにする。
すると真凛亞さんの作業が一つ終わり、スプレッドシートのチャートの一つがグリーンに塗りつぶされる。
「うんうん、いい感じだ」
「悠介さん、この工程管理表、作業完了は緑で作業中は黄色で表示されるんですよね?」
「そう。他にも作業中止で黒もあるよ」
「じゃあ赤はなんですか?」
「…………遅延発生だね」
俺は赤く光るフローチャートを開くと、サウンド部門だった。
昨日のうちにタイトルBGMが上がってくるはずなのだが、まだ上がってきていない。
「あっ、また赤が増えた」
雷火ちゃんの見てる前で、サウンド項目の作業遅延が3つ増える。
本日上がってくる予定の、効果音1、2、3が連続で遅延へと変化する。
「成瀬さん作業はしてたから、多分大丈夫だと思うけどね」
とは言うものの、開発直後に遅延というのもちょっと気になる。
「俺、成瀬さん見てくるよ」
「わかりました」
俺は地下室にある成瀬さんの防音部屋へと向かった。
「成瀬さーん、いますー?」
作業してんのかな? と思って、中を覗いてみると真っ暗な部屋の中でPCの明かりだけがぼんやりと光っていた。
防音効果のある地下室なので、窓の光りはないのだがそれにしてもなぜ真っ暗に……。
成瀬さんはヘッドフォンをつけ、デスクにかじりつきの状態で何かをしている。
ゆっくり後ろから近づいていくと、成瀬さんはタンクトップ姿でグズグズと泣いていた。
どうしたんだろう、何かトラブルでも起きたのだろうかと思ったが、PCに映し出されているものが泣きエロゲーだった。
「くそっ、なんで死ぬんだよ……死ぬなよぉ、生きろ」
「めちゃくちゃ良いシーンやってるな……」
これは俺が参考になるゲームの一つとして上げたタイトルだ。
作業の空き時間にでもやっといてと言ったのだが、どうやら作業を忘れて没頭していたらしい。
「成瀬さん」
「うぉっ、びっくりした! どうやって入ってきたんだよ、あたし鍵かけてただろ」
「あなたほうっておくと生活リズムすぐにぶっ壊れるんで、朝起こしにきてるでしょ」
俺は成瀬さんの部屋の合鍵を見せる。
「そういや向こうのマンションにいたときから合鍵持ってたな」
「俺のことどんだけ信用してるんですか」
「あたしの本当の家族より信用してる」
それは闇が深そうなので深くは聞きませんが。
「あの、ゲームに熱中されていたと思うんですけど」
「あ、あぁ、お前が何言いにきたかはわかってるよ」
どうやら作業遅延は把握しているようだ。
「タイトルBGMは時間かかると思うんでしばらく待ちますけど、効果音はすぐ上がりませんか?」
「え、えぇっとどんな音だっけ?」
「選択肢をクリックしたときに鳴る電子音と、メニュー画面開いた時の音、セーブが完了したときの音ですね。主にシステム系メインなので、3つ合わせてもそんなに時間かからないと思うんですが」
「あぁ、あれね……まぁやっとくわ」
「今日中にできます?」
「今日はちょっと無理かもしれねぇな」
たははと苦笑いを浮かべる成瀬さんだったが、めちゃくちゃ目が泳いでいる。
「いつ頃とかわかります?」
「あ、明日かなぁ……」
「まぁ明日でも構いませんが……」
成瀬さんがゲームを終了させると、ウインドウの裏に音楽作成ソフトと、メディアプレイヤーが起動していることに気づく。
タイトルに、クリック音と表記されていて、どうやら試作品を試し聞きしていたようだ。
「あれ、もしかして効果音できてるんですか?」
俺が気づくと、成瀬さんは慌ててメディアプレイヤーを最小化する。
「ば、バカちげぇよ、これはダメな奴なんだ」
「ダメな奴とは?」
「こう、なんか違ぇんだよ」
「そんな陶芸家みたいなこと言ってないで、一回聞かせてくださいよ」
「ダメだダメだ、あたしがダメって言ってんだから」
「α版の音素材ですから、多少納得いってなくても大丈夫ですよ」
「とにかくダメなんだよ、こんなんじゃ全然!」
俺は眉を寄せ、成瀬さんの言動を怪しむ。
僅か一秒足らずのクリック音で、そこまで職人気質ださなくてもいいと思うのだが。
俺は彼女の隙をついてマウスを奪い、メディアプレイヤーを再生する。
『ピロン』とクリック用の電子音が再生される。
「これでよくないですか?」
全然普通だと思うのだが、成瀬さんは裸を見られたときより恥ずかしそうに赤面している。
「こ、こんなんじゃダメなんだって……」
「いいじゃないですか」
俺は更に効果音と書かれたファイルをたくさん発見する。
その中にはタイトル用BGMと命名されたファイルもあった。
この人ゲームしてたから作業してないのかと思ったら、めちゃくちゃ進んでるじゃん。
「ほとんどできてるじゃないですか」
「ち、ちげぇんだって。ほんとこれは試しに作っただけで」
順次ファイルを再生してみたが、どれもちゃんと作られているし、ゲームに実装しても違和感ないと思う。
「これでいいじゃないですか、なんでそんなに嫌がってるんですか?」
「そ、その……他のイラストとかの進捗、共有ファイルから見れるだろ?」
「そうですね」
「なんか、すげぇ絵とかいっぱい上がってきてんのに、あたしが作ったのはしょっぺぇフリー素材みたいな効果音だし……」
「成瀬さんゲームってそういうもんですからね。クリック一回するだけで、壮大な音楽流れたらおかしいでしょ?」
「そりゃそうなんだが」
多分成瀬さんは、天たちの仕事を目の当たりにして、自分の中のハードルがぐんっと上がっちゃったんだろうな。
イラストレーターとかでも、うまい人の絵をいっぱい見た後自分の描いた稚拙な絵を見ると、その差に絶望してしまい、絵が描けなくなってしまうことがある。
脳がプロの絵を覚えてしまい、自分が描きたいものと描けるものに大きく差ができてしまうとこういうことが起きる。
今まで楽しくお絵かきできたのに、急に描くのが苦しくなったという人も大体このパターンである。
成瀬さんはプロとしての仕事経験が少ないので、自分の作った音楽なんか通用しないと思い込んでしまったのだろう。
この人見た目イケイケの爆乳ギャルのくせして、自分の成果物に関してはめちゃくちゃ豆腐メンタルだからな。
そういう場合は……とにかく褒める!
「俺は良いと思いますよ。全然普通に使えると思いますし、違和感ないです」
「そ、そうかぁ?」
「タイトルBGMもかっこよくできてますし。これディスコードで全員に聞いてもらいましょう」
「お、おいやめろって!」
「ほい、全員に送信と」
タイトルBGMをディスコードに添付すると、いち早く反応したのは雷火ちゃんで『ロボアニメのOPっぽくていいですねヾ(๑╹ヮ╹๑)ノ” 』と返ってきた。
その後天も『ちょっと物悲しい雰囲気があっていいね』と返ってきた。
「ほら、皆違和感ないって言ってますよ」
「ん、ん~」
「これ一旦実装して、それでも違和感あるって言うのなら差し替えましょう」
「そ、そうだな。なんか悪いな」
「何がですか?」
「あたしのメンタルまで見させて」
「協力してもらってるのはこっちですし、俺は皆の技術を信用してますから」
「あのさ……挿入歌の話なんだけど、今度個人的に聞いてくれ。いきなり作って皆に聞かせるって度胸いるからよ」
「はい、じゃあ俺が個人的に聞いて、いけそうでしたら皆に聞いてもらいましょう」
「た、助かるぜ」
◇
悠介が去った後、成瀬はPC画面で
「年下に死ぬほど甘やかされてる年上ってどうなのよ……」
PCモニターに映る赤面した自分の顔に腹が立ち、長い髪の毛をかきむしる。
「くそぉ、マネージャーに恋愛感情もってるアイドルみたいになっちまってるじゃねぇか」
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