第37話 オタは義父の暗躍に気づかない

 剣心さんの通話を受ける玲愛さん。


「はい、玲愛です。……はい、今から? 急すぎる。……本当に私が必要なのですか?…………わかりました」


 彼女は眉をひそめると、険しい表情をつくる。


「私から伝えます。父さん話し長いんだから、あまり若い人間を拘束しないでください。はい」


 通話が終わり、玲愛さんはスマホをポケットにしまう。


「火恋、雷火、少しの間私は海外に出る」

「海外? 急すぎない? どこ?」

「ロシアだ。伊達の半導体事業部が、新規の工場を作ることになっているのだが、契約関係でトラブルが起きているらしい」

「それ姉さんが直接行かなきゃならないの?」

「いや、生産ラインを稼働させるのは数年先の話だから、私が出る必要はない。が、私が出たほうが早く解決するだろう」

「ほんとパパって姉さんに頼りっきりよね」

「じゃあすぐ用意しないと」

「もう準備はできているそうだ。私は空港に向かうだけでいいと」


 トラブルのわりには用意がいいな。

 玲愛さんはビジネススーツに着替えると、最低限必要なものをつめたキャスター付きのバッグを持って俺たちを見やる。


「数日で戻るつもりだが、はしゃいで子供を作るなよ」


 ブラックジョークだと思うが、火恋先輩と雷火ちゃんは視線を逸らした。


「あと悠、今日父さんが面談するらしい」

「面談ですか?」

「ああ、急遽行いたいらしい」

「姉さんにトラブル押し付けておいて面談って、パパも気楽ね」

「それとこれとは話が別だからな。昼過ぎぐらいに家に戻ってくるらしいから、外には出るなよ」

「はい、わかりました」

「えー、また悠介さんとられちゃうの?」

「そうだね、今日は撮影が……」


 いや、剣心さんがいるところで撮影とか無理です。


「父さん一人だと無駄に長いからな」


 確かに面談は剣心さんが長話をしかけたら、玲愛さんがぶった切るのがいつもの流れになっている。

 今日はそのブレーキが存在しないので、おそらく長話確定。


「どうせ、伊達に入る心構えがとか、精神論を並べるだけだと思うから耐えろ」

「パパ根性論とか好きだよね。げんなりするわ」

「そうか? 私は父上の、男は男気を女は女気を磨けという話好きだが」

「古い、というか意味わかんない」


 インテリ系の雷火と体育会系の火恋の差。

 おそらくこの価値観の差は一生埋まらないだろうな。


「父さんはまだお前のことを快く思っていない。変なことを言って怒らせるなよ。私はフォローしてやれないからな」


 玲愛さんって気づいてるのかわからないけど、言葉の端々が優しいよね。


「わかりました」


 ほどなくして玲愛さんは、ハリウッドスターが乗ってそうな真っ赤なスポーツカーに乗って出かけていった。


「フェラーリかな、良い車乗ってるな……」

「税金対策だそうです」


 身も蓋もない。



 それから俺たち三人は、剣心さんが家に戻るまでコスプレ写真撮影をしていた。


 昼前頃にキッと車のブレーキ音がして、火恋先輩の部屋から外を見ると黒塗りのリムジンから剣心さんが出てくるのが見えた。


「嘘、やばい。もうパパ帰ってきた!」

「早すぎる!」


 しまった、まさか予定より1時間以上早く帰ってくるとは。

 二人共急いで着ていたIS学院の制服を脱ぎ始める。


「うわ、二人共、着替えるのちょっと待って!」


 赤と黄色の下着が目に映り、俺は急いで部屋を飛び出した。

 中からドタドタバタバタと激しい音が響いている。


「あれ、姉さんわたしの服は!?」

「知らん、そのコスチュームの山の中だ!」

「えっ嘘、どこ!?」

「それより私の下着はどこだ!?」


 あれでもないこれでもないと、二人で大騒ぎしている。

 これではまるで、情事中に親が帰ってきたみたいになっている。


「ただいま」

「まずい!」


 ガラッと扉が開く音がして、剣心さんの低い声が聞こえてきた。

 俺は少しでも時間を稼ぐために挨拶に向かう。


 玄関では海○雄山ではなく、靴を脱いでいる最中の剣心さんの姿があった。

 

「どうもお邪魔しております! 三石家の三石悠介です!」

「うんむ。初対面以外でフルネームで自己紹介する奴を初めて見た」

「お早いお帰りですね」

「玲愛が思っていたより早く家を出たから、好都ご……ウォッホン。仕事が早く片付いたからな」

「そ、そうなんですね。タチの悪い仕事ですね」


 お互いなにか隠し事があるような、気まずい表情を浮かべる。


「娘達がどこにいるか知らんか?」


 剣心さんは険しい顔で俺を見やると、首を左右に振る。


「え~っと、二人共おトイレに行っているところでして」

「ふむ、客人に気を遣わせるとは最近タルんでおる。厳しく言う必要があるな」


 剣心さんは眉間に深いシワを寄せ、貫禄のあるプレッシャーを放つ。


「あっ、あの皆さんよくしていただいていますし、そこまで厳しくする必要はないのではないかと」

「三石のせがれよ……これはワシら伊達の話。”部外者”のそちには関係なきこと。けじめをつけられぬ人間は伊達に不要だ」


 剣心さんは厳しい眼のまま、客間の方へと向かっていく。

 今日の剣心さんは機嫌が悪いのかもしれない。

 だとすると今の状態コスプレを見られるのはまずい。自分にも他人にも厳しい剣心さんだ、物凄いスパークが飛ぶぞ。

 そう思っていると、ひょこっと雷火ちゃんと火恋先輩が顔を出した。

 何故か雷火ちゃんは仮面5の萌葉ちゃんの格好で、火恋先輩は仮面4の吹雪ちゃんの格好コスだった。


「お、おかえりパパ」

「雷火よ、何故そんな大きな眼鏡をしている?」

「えっ、ファッション! ファッションなの!」

「そうか……火恋はなぜ制服を着ている?」

「えっ? 制服が新しくなったので、つい着てしまいました」


 二人共苦しすぎる。雷火ちゃんはまだ私服っぽいが、火恋先輩は真っ赤なカーディガンが目立ちすぎている。


「そうか……」


 明らかに疑いの眼差しを向ける剣心さん。


「か、可愛いでしょ」

「に、似合ってますか?」


 そう言って雷火ちゃんと火恋先輩は、ぎこちなくその場でターンした。

 まずいぞ。剣心さん、なんかうなり始めたぞ。


「雷火、火恋……」

「な、何?」

「何ですか?」

「かわいい……、可愛い!!」


 クワっと怒鳴るような迫力で叫ぶ剣心さん。

 その顔はだらしなく緩みきっており、さっきまでの厳しくせんとどーたらこうたらとか言ってた人物とは思えない。

 剣心さんの親バカぶりに安堵しつつも、コスプレ写真撮ってたなんて言ったら殺されそうだ。

 なんとか首の皮一枚で助かったと思っていると、剣心さんは後ろを見やる。


「そうだ客人が来ておる。火恋、茶をいれてくれんか?」

「客人?」


 俺たち全員が剣心さんの後ろを見やると、そこにはつば広の帽子を被った少女が佇んでいた。

 剣心さんのお客にしては随分と若く、育ちの良さそうなお嬢様という感じが――


「2年ぶりかしら?」

「?」


 少女の呟きに、俺は頭に疑問符を浮かべる。

 ピンと来ていない俺に、少女はつば広の帽子を取り、その顔を明らかにした。


「久しぶりですわね、オタメガネ」






―――――

明日は多分休みです。

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