第38話 オタはシンクロする
剣心さんの後ろから出てきた少女を見て、俺は驚きに目を見開く。
「久しぶりですわね、このオタメガネ」
「メガネかけとらんわ!」
反射的にツッコミが出てしまった。
この唐突なオタクいじり。やはり……。
「まさか本当に君なのか……
俺は目の前にいる少女に戦慄する。
金色のツインテールを、軽く縦に巻いたツイン縦ロールヘア。
整った顔立ちで、ハーフなのか瞳の色は青。
目尻は若干釣り上がり、気の強そうな雰囲気がする。
服装は青のブレザーにミニのスクールスカート。見た目Theお嬢様という感じなのだが、両手の人差し指にでかい宝石のついた指輪をつけている為、成金っぽく見えてしまう。
彼女は雷火ちゃんと火恋先輩ににこやかな笑みを作る。
「久しぶり伊達姉妹。雷火ちゃんは3年ぶりかしら?」
「ヒ、ヒカリさんじゃないですか、お久しぶりです」
どうやら彼女たちとは知り合いらしい。
しかしながら雷火ちゃんが警戒しているように見えるのは気のせいだろうか。
「積もる話もあるんだけど、今日はちゃんと話さなきゃいけない奴がいて。ねぇ?」
仲よさげな雰囲気から一変し、彼女は親の仇でも見つけたように、挑戦的な笑みを俺に向ける。
「ウフフフ、よくもアタシのこと捨ててくれやがりましたわね。オタメガネ」
「捨て……えっ? どういうことなんですか悠介さん!? まさか元カノなんですか!?」
ガクガクと俺の体を揺さぶる雷火ちゃん。
「ち、違うよ! き、君も人聞きの悪いことを言わないでくれ!」
「事実じゃない」
「誤解だ! 彼女は中学の頃ハマってた対戦型
「そう、毎回アンタとは決勝戦で当たり、あたしは大会ごとに負かされ続けた。来る日も来る日もアンタを倒すことだけを考えていたのに。なのにある年から突然大会から姿を消した……」
「えっ、ヒカリさん、もしかしてフッたって……それだけ?」
だとしたらとんだ被害妄想野郎だと白い目で見る雷火ちゃん。
「あたし金持ちだから調べたの。なぜ大会に出なくなったか。そしたらコイツ、ギャルゲーにハマって出なくなったのよ……」
ギリッと奥歯を噛みしめる月。
そういえばそんなこともあった。あの頃はいろんなオタクコンテンツの沼に足をとられていて、特にギャルゲ沼にはどっぷり頭までつかっていたことを覚えている。
「アタシの心血注いで研究したデッキより、ギャルゲを優先されたのよ? 完全に寝取られじゃない!?」
「わたしも乙女ゲーの沼にハマってたことあるので、深くつっこめないです」
申し訳なさげに俯く雷火ちゃん。
「アンタを倒すことだけを考えていたのに、俺はこの世界になんの未練もない。みたいな感じで消えられた、あたしのプライド考えたことあんの!?」
「いや、全くない」
「キーーッ!」
即答するとツインドリルをかきむしる月。昔からそうだが、感情表現豊かな子だ。
「悠介さん、さすがにそれはあんまりでは……」
「だ、だってさ、よく大会の後に突っかかってきたのは覚えてるんだけど……」
毎回「次こそはあんたを倒す。首を洗って待ってなさい!」とか言われてたけど、勝負の後にいきなりそんな絡まれ方したら「なんやコイツこわっ……」って思うくらいだろう。
「積年の恨み……今こそ晴らすわ。アタシと
彼女は腰のホルスターからデッキを取り出すと、かっこよくポーズを決める。
月の持つカードは、5年前から登場し未だ根強い人気を見せる対戦型TCG【ヴァイス&シュヴァルツ】通称ヴァイスカード。
ヴァイスプレイヤーは対戦することを、エンゲージと呼んでいる。
「しょ、勝負って、剣心さんを待たせてるし」
「ワシは構わん」
いいの!?
意外と寛容な剣心さんだった。
「月さん、そんなこと言っても悠介さんはデッキを持ってませんし」
「ならこれを使いなさい」
彼女はどこから取り出したのか、銀色のアタッシュケースをドンと置く。
ロックが掛けられたケースを開くと、1000種類以上のカードが並べられていた。
「好きなのを使いなさい。ヴァイスカードのほぼ全てがあるわ」
「うわ、すごっ……」
俺と雷火ちゃんはケースからカードをとる。
「キラキラしてるカードがいっぱいありますね」
「レアカードのオンパレード……よく集めたな」
「金持ちだから当然よ」
ふふんと、自慢げにツイン縦ロールを弾く月。
「それで好きなデッキを組みなさい。今日こそあんたを倒して、わたしがヴァイスの王となるわ」
「むぅ……もう長いことやってないからな。どんなデッキ組んでたか忘れちゃったよ」
「忘れないでよ! そんな奴を目の敵にしてたアタシがバカみたいでしょ!」
そんなこと言われても知らんがな……。
やってないこの数年で、知らないカードが山のように増えてるし。もうどうやって組んでいいかわかんないや。
「君スターター持ってない?」
「スターター? あるけど……」
スターターとはヴァイスカードを始める上で、このカード使うとすぐに遊べるよと初心者向けカードをセットにして発売したものである。
「アンタ、まさかスターターでアタシとやり合う気?」
「うん、一応ザゼルカードだけ持ってるから」
俺は財布の中から、スリーブケースに入った一枚のカードを取り出す。
彼女はそれを見てゴクリと喉を鳴らす。
「大会10連覇を達成させた、
カードにはピチピチのレザースーツを着た、男性声優の写真が写っている。
「そのカード実写なんですね……」
「今はもう手に入らないプレミアなんだよ」
俺はスターターデッキから一枚抜き、ザゼルカードを加えてシャッフルする。
ふぅ……久しぶりで緊張する”ぜ”。
俺は鬱陶しい前髪をかきあげて、山札をセットすると無謀にも勝負を挑んできた月を見据える。
「さぁ……始めようか。俺とお前の
「悠介さんがラノベのサブタイみたいなこと言ってる……」
「な、なめないで! スターターデッキにカードを一枚足したくらいで、あたしのロイヤルドラゴンデッキに勝てるわけないでしょ!」
「御託は良い……。かかってこい」
「ゆ、悠介さんのキャラが」
「くっ……こいつ、完全にザゼルとユニゾンシンクロしてる。今のコイツは三石ザゼル悠介よ!」
「三石ザゼル悠介!?」
「何をグダグダと喋っている、始めるぜ……」
「来なさいオールドキング! あんたはもう過去の王なのよ!」
お互いのデッキをシャッフルし、5枚の手札を配り終える。
俺の手には、当然のようにやってくるザゼルカード。
「ククク、やはり運命の
「は、はったりよ! あたしは今日こそあんたを超える!」
「悠介さんの厨二病がやばい」
「では……征くぞ。セット、スタンバイ」
「セ、セット、スタンバイ」
「「
20分後――
「くっ、どうして勝てないの!」
月は、バラバラになったカードを叩いていた。
結果は俺の大勝。彼女はわずかに俺のライフポイントを削ったが、まだまだこれでは俺の首はとれないZE。
「カードに当たるなよ。
「ザゼルだけを何年も研究したデッキなのに、スターターなんかに負けた……」
「泣くな。カードの女神が、ほんの少しだけ俺に微笑んだだけだZE」
「くっ……」
俺はザゼルカードをケースにしまうと、勝負の緊張がとけた。
「ふぅ、あれ? 俺またなんかやっちゃったかな? カードゲームすると、人格がおかしくなるってよく言われるんだけど」
「完全に闇悠介さんに体乗っ取られてましたよ。月さんも即落ち2コマみたいになってましたし」
どうやらまたいらない恨みを買ったらしい。
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