第39話 オタはパパに嫌われている
部屋は畳敷きの和室で、調度品の木彫りの熊と鞘に収められた日本刀が並ぶ。
真っ黒い漆塗りの座卓を挟んで、俺と剣心さんは向かい合って座りあった。
「急で驚かせたな」
「い、いえ。水咲さんは良かったんですか?」
「まずお主と二人で話をしたい。水咲の話はその後だ」
「は、はぁ」
私室に通されたのは俺だけで、雷火ちゃん達は客間で待たされている。
珍しく完全な
剣心さんは机の上にグラスを二つ置くと、一つに緑茶を、もう一つに甘い匂いとアルコール臭のする琥珀色の液体を注いだ。
「飲みなさい」
「ありがとうございます」
当然俺に渡されたのはお茶だった。
俺はお茶をちびちびと飲みながら、剣心さんの出方を伺う。
「甘いものは好きか?」
「はい、人並みには」
剣心さんは戸棚を開けると、中から金平糖の入ったお椀皿を取り出す。
「食べよ」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
室内に響くのはポリポリと金平糖を食べる音だけ。
金平糖は甘いが、対面から常時放たれるプレシャーが胃に悪い。
剣心さんはブランデー? を一口飲むと、腕を組み重々しく告げる。
「三石のせがれよ……お主は火恋と雷火、どちらと仲が良い?」
やっぱりこの話か。
「そうですね、雷火”ちゃん”とは非常に仲良く……」
「らぁぁぁぁーいかちゃーん?」
ライディーンでも呼びそうな、底くドスの利いた声で紡がれる雷火ちゃんの名前。
「ら、雷火さんとは非常に仲良くさせていただいています」
「火恋はどうなのだ?」
「火恋さんとも仲良くさせていただいています」
「二股かぁ!!」
薄く閉じられた瞳がカッと見開かれ、剣心さんは調度品の刀を手に取り鞘を引き抜く。
抜身の刃が俺の首筋に突きつけられ、ガタガタと震える。
「ち、違います違います違います! まだ清いお友達関係です!」
「貴様! お友達感覚で娘をたぶらかしておるのか!」
「違います! 真剣です!」
「真剣にたぶらかしておるのか!」
何この人めんどくさいんですけど!
こぉ↑ろぉ↓すぞぉ→とヤクザ顔負けの眼光と、
「娘とはどこまでいったのだ?」
「ど、どこまでとは?」
「手を握ったとか一緒に散歩したとかあるであろう!」
手を握ったとか昭和か!
「て、手を握らせていただいたことはあります!」
「なぁにぃ!?」
剣心さんは血走った目をして、突きつけた刀をチャキと鳴らす。
一緒にお風呂に入って、三姉妹一緒に寝たよ。とか言ったらロデオに乗った剣心さんに、市中引き回しの刑にされるんだろうな。そして役所の前に俺の首が吊られると。
「ら、雷火さんも火恋さんも非常にお優しい方で、僕みたいな人間でも丁寧に扱っていただいています。そのため手が触れる機会がございました」
「そうか、娘は優しいからな……。娘をどう思う?」
「火恋さんは非常に真面目で責任感が強く、何事も正面から向かっていく姿勢に感服しています! 雷火さんは卓越した技術を持ちながら気さくな一面もあり、誰かの為に一生懸命になれる優しさも持っている、そんな素晴らしい方たちだと思います!」
よく噛まずに言えたと思うくらいの早口で言い切る。
刀が恐くて目を瞑っていたが、反応がないのでそっと開けてみる。
すると剣心さんはニカーっと狂気(✕)満面の笑み(○)を浮かべて頷いていた。
「やはりお主は見所があるな」
うん、わかった。この人超ド級の親バカなんだと思う。
「そうだ、ワシの娘達は非の打ち所がないほどに可愛い。それは事実だ」
「そ、そうであります」
「今回呼んだのは他でもない、お主の事をしっかりと見定めようと思ったからだ。この前の居土の件、話は全て娘から聞かせてもらった。真に感謝する。ワシの眼力が衰えていたとしか言い様がない」
そう言って剣心さんは頭を下げた。あの、頭はいいですから刀下げてもらっていいですか?
「あのような者に、ワシの可愛い娘を渡すことになったかと思うと怖気が走る。だから今後は、ワシが直接この目で候補者の人間性を確かめる事にした」
いやーそれは参ったな、いやマジで真剣に勘弁して下さい。
「ワシとしては大事な娘は、社会的地位と財力がある人格者の下に送りたいと思っているのが本音だ。正直お主などにやりたくはない」
すごくはっきり言うな……。
「しかし玲愛と火恋からの猛反対にあった。それほどまでにお前を買っているのだと」
「あ、ありがとうございます」
「安心するな。娘はお主を買っているかもしれんが、居土という前例がある以上ワシはお主を疑ってかかる」
剣心さんは厳しい目で俺を見やる。
「は、はい……」
「お主はしっかりと未来を持っておるか? その点においては居土の方がしっかりしておった。……まさかとは思うが、婚約して簡単に伊達のトップになれるなどと思っているのではないだろうな?」
「…………」
「伊達の看板……軽くはないぞ?」
威圧感たっぷりの視線に、胃を鷲掴みにされた気分になる。
確かに自身の未来が見えない。なんなら最終的にどちらかに絞れるかどうかすら疑問だ。
「自分の未来も見えん若造に、ワシは娘をやることが出来ん。悠介よ……」
初めて俺の名前を呼ぶと、剣心さんは重々しく話す。
「この話、降りるつもりはないか?」
あーなるほど、それが目的か。
「お主が娘を幸せにしてやれるとは到底思えん。伊達は主には荷が勝ちすぎる」
「ご心配をおかけして申し訳ありません。僕は剣心さんの言う通り、力不足な面が数多くあります。しかし誰にも負けないくらい、本気の好意を寄せています。だから自分から降りる事はしません」
「……今ならば迷惑をかけたとして望む物を与えよう。金であろうと、女であろうと好きなだけくれてやろう。勿論お前だけでなく三石家にもな」
願いを叶えるドラゴンみたいなことを言う剣心さん。
「必要ないです」
なんら考えることなく、きっぱりと言い切った。
「………………ふむ、そうか。その心意気だけは買ってやろう」
「ありがとうございます」
「勘違いするでない。そこまで言い切るならば、お主が本当に娘に相応しいか証明してみせよ」
「証明ですか?」
「あぁ、子供の戯言ではないとワシに証明するのだ」
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