第36話 オタと朝食Ⅱ

「♪~♫~♪」


 さして大したものを作ったわけではないが、姉妹は鼻歌交じり朝食をテーブルに並べていく。

 全ての配膳が終わり、後は玲愛さんを待つだけになった。


「姉さん遅いし、先食べちゃいましょうか?」

「そうだな。冷めてしまうし」

「玲愛さん待たなくていいんですか?」

「休日の朝風呂は長いですから」

「後30分はかかると思うよ」

「なるほど。じゃあ、いただきましょうか」

「はーい」


 いただきますと、朝食に手を付ける。

 二人はそんなに手間のかかっていない料理を、美味しいと言ってくれたので嬉しかった。


「悠介さん、見て見てラピュタ食いですよ」


 雷火ちゃんはベーコンエッグをトーストの上に乗せ、卵だけをはむはむと食べていく。

 しかしその途中半熟だった卵が破け、どろりとした黄身が皿に落ちる。


「あらら、失敗しちゃいました」


 彼女の口端から黄色い雫が糸を引く。

 俺はハンカチを取り出して、黄身のついた彼女の口元を拭う。


「あっ……」

「ん、綺麗になったよ」

「ありがとうございます……。悠介さんって、結構不意打ちできますよね……」


 彼女は恥ずかしげにゴニョゴニョともにょる。


「なにか言った?」

「嫁に来て下さいと言いました」


 あながち間違ってるとも言えない雷火ちゃんの言葉に苦笑いする。


「君さえ良ければまた作ってほしいね」

「いいですね。わたしの為に毎日味噌汁を作って下さいよ」


 雷火ちゃんそれ昔のプロポーズだよ。


 その後デザートにフルーツヨーグルトを食べていると、玲愛さんの分を取り置きしていないことに気づく。


「火恋先輩、玲愛さんの分がなくなってしまいました」

「大丈夫だよ、姉さんのは私が作ろう。姉さんは朝はご飯が多いから、多分トーストは食べないかもしれないし」

「そうなんですか?」


 玲愛さんの分のパンを焼いてなくてよかった。

 程なくして、サラッサラな髪をなびかせた玲愛さんがキッチンに入ってきた。


「珍しいな、今日は全員パンか?」

「ええ、悠介さんが作ってくれたの、美味しかったよ」

「そうか……」


 玲愛さんの視線が、朝食の準備をしている火恋先輩に向く。


「…………私のはどこだ?」

「今火恋姉さんが作ってる。悠介さんのは全部食べちゃった」


 雷火ちゃんがテヘペロと舌を見せると、突如周りの気温が下がった気がする。

 氷水のような視線が、なぜか俺に向けられる。


「私のはどこだ?」


 なぜだろう氷の女帝魔王が、今日の供物はどこだ? と訊いているように思える。


「あの、火恋先輩が今作ってますが……」

「私のはどこだ?」


 あかん、これ無限ループ入ってる。しかも玲愛さんが聞き返す度に、声のトーンが低くなっていく。


「わかったわよ。姉さんは味より速度重視だもんね」


 雷火ちゃんは冷蔵庫の中から、3秒チャージと書かれた飲料ゼリーのパックを取り出す。


「違うこれじゃない!」

「カ□リーメイト最強、ウィダーゼリー最強っていつも言ってるじゃない」

「私は今トーストが食べたいんだよ!」


 唐突に駄々をこね始める玲愛さん。


「火恋姉さん、トーストがいいって」

「えぇ? しょうがないな」

「お前らわかっててやってるだろ!」


 雷火ちゃんは、溜息をつきながらこちらを見やる。


「悠介さんごめんなさい。(悠介さんの)トーストが食べたいそうです。もう一回作ってもらっていいですか?」

「大丈夫だよ」


 俺は苦笑しつつ再びキッチンに立つと、熱したフライパンにベーコンと生卵を落とした。


「多少焦がせ、その方が愛情を感じる」


 伊達の暴君は何食わぬ顔で、愛をこめろと無茶な注文をつけてきた。

 これ思いっきり焦がしたら怒るのだろうか?

 まぁそんなことを試す度胸もなく、意図して失敗しなくても70点くらいの朝食が出来上がる。


 若干焦げたトースト&ベーコンエッグを出すと、玲愛さんはいつもどおり無表情で食べ始めた。

 この人美味いと思ってるのか、不味いと思ってるのかほんとにわからん。


「ど、どうですか?」

「まずい」


 一刀両断。


「が……嫌いではない」

「姉さんってほんと素直じゃないよね」

「姉さんは口にあわないものは食べないからね」


 結局玲愛さんは朝食を残さず食べきり、皆で火恋先輩の淹れてくれたコーヒーを啜る。


「お前、伊達に入ったら火恋と二人で料理したらどうだ?」

「あっ、いいですね。わたしもそれ賛成です」

「そんなことしたら、毎日剣心さんにちゃぶ台ひっくり返されますよ」


 ただでさえ海○雄山みたいな人なのに、「女将を呼べ!」って毎朝叫ばれるのは精神衛生上良ろしくない。


「私は悠介君がキッチンに入るのは反対だ。食は妻に任された重要な役目」

「火恋姉さんってほんと考え古いわよね。そんなのじゃグローバル社会じゃやっていけないわよ?」

「これは日本の伊達家の話だ。勝手に話を世界基準にかえるな」


 どっちの言い分もわかるな。家事に誇りを持つ女性もいるだろうし、女が家を守るなんて古いって考えもわかる。

 どちらが正しいかなんて、それぞれの家庭によるとしか言えないだろう。

 軽く姉妹喧嘩が起こりそうなのを尻目に、玲愛さんは我関せずで新聞を広げる。


「ま、ウチは家政婦さんがいるからな。そもそも我々が家事をやる必要はないが……。そういえばこんな話を聞いたことがある。とある男を二人の女がとりあっていた。一人は美しく、裕福で、身の回りの世話を全て雇った人間がやっていた」

「わたしじゃん」


 美しい女を自分と言える雷火ちゃんがすごい。


「もう一人の女は、容姿は普通、金は持っていなかったが、とにかく家事ができて気立てが良かった。男はその二人のうち、どちらかを選ばなければならなくなったとき、家事のできる女を選んだ」

「えっ、なんでですか?」

「最低限、身の回りのこともできない女と一緒になりたくなかったそうだ」

「ぐっ……正論すぎる」

「家事に関しては納得してやるなら誰がやってもいいと思うが、恥をかくレベルで開き直るのはやめろ」

「ぐぅの音も出ない」


 玲愛さんの話に、ぐぬぬぬと唸る雷火ちゃん。


「悠介さんはどっちがいいんですか? わたしと結婚したら、わたしがバリバリ稼いで養いますよ! 家事は家政婦さんにお任せなのでネオニートさせてあげます!」

「ネオニート……だと」


 ※ネオニート:働かなくてもお金が入ってくる環境にいるニート。

 全ダメ人間が憧れる存在で、エリートニートとも呼ばれる。


「わ、私と結婚したら家事育児は任せてくれ! 毎日君の為に愛情を込めた料理を作ろう!」

「火恋先輩の毎日の料理……」


 家庭的な女性もイイよね。


「わたしと毎日ゲーム三昧しましょう!」

「私と幸せな家族を作ろう!」


 雷火ちゃんと結婚したら、毎日楽しくゲームで対戦。彼女とイチャつきながらするゲームは幸せな時間だろう。少しエッチな罰ゲームも交えたりすると尚グッド。


 火恋先輩と結婚したら、毎日仕事を終え家に帰ると、エプロン姿でお出迎え。お食事にしますか、お風呂にしますか、それとも……。


 広がった妄想の翼がはためく。

 友達のような、甘え上手の雷火ちゃん

 気立てがよく、尽くしてくれる火恋先輩

 今夜のご注文は――


「俺には選べないぃぃぃ!!」


 テーブルに頭をガンガンと打ち付ける。


「朝からうるさい男だ」


 呆れ顔の玲愛さん。

 そんなことをしていると、唐突にスマホが鳴った。


「ん……父さんだ」


 玲愛さんは、一瞬眉を寄せてから通話ボタンを押した。

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