第35話 オタと朝食Ⅰ
時は伊達家お泊りへと戻る。
朝目を覚ますと、姉妹三人が入り乱れて眠っている。……というより転がっていると言ったほうが正しいかもしれない。
一緒に寝ていたはずの玲愛さんはベッドから落ちているし、ソファーから誰かわからない生足が覗いている。
かくいう俺も床に転がり落ちて、玲愛さんに覆いかぶさっていた。
彼女が起きてなくてよかった。起きてたら別の意味で床に転がされていたことだろう。
とても日本経済を牛耳る、伊達財閥のお嬢様の寝姿とは思えない。
「どうしてこうなった?」
確かこの部屋は電子ロックだと言っていたが、どうやって開いたのか。
周囲を見渡すと、机の上に昨日はなかったはずの小型のノートPCが置かれていることに気づく。
「ってことは雷火ちゃんの仕業か」
電子ロックをクラッキングしたのだとしたらすごいな。
しかしその高度な技術も、姉の部屋をピッキングする為に使われたと思うと技術の無駄遣い感が……。
そんなことを考えつつ彼女たちの寝姿を眺めていると、一番最初に覚醒したのは玲愛さん。ゆらりと立ち上がるとポテっとベッドの上に座り込んで、ユラユラと体を揺らしている。低血圧なのか意外と朝は弱いようだ。
「あー……んー?」
なんだかよくわからないうめき声を上げている。レアな光景だと思い観察していると、段々再起動が完了してきたようで目が開いていく。
「おはようございます」
「んー?……んー…………ん?」
寝ぼけていたようだが、彼女はパチパチと目を数度瞬かせると、周囲を確認した。
「あー、何でこいつらはここにいる?」
「鍵破って侵入してきたんじゃないですか?」
「呆れた奴らだな、そこまでして一緒に寝たいか」
玲愛さんは髪をワサワサとかくと、妹を一人一人起こしていった。
こういう日常的な光景を見ると、お姉ちゃんだなって感じがする。
「起きろ、朝だ。雷火パンツ丸出しで寝るな、色気の欠片もない。火恋、お前にネグリジェなんて早い。いつものパジャマはどうしたんだ」
「ふぁ……」
「あふ……」
妹二人が覚醒すると、半開きの目で俺を見やる。すると唐突に慌てはじめた。
「わっ、悠介さん!? 寝起き見ないでください。姉さん鏡どこ!? 悠介さんは早く出てください!」
「しまった寝てしまった……。あんなに苦労して入ったのに……」
慌てふためく雷火ちゃんと、落ち込んでいる火恋先輩。
「全く……。とにかく”悠”、お前は外に出ろ」
「ユウ?」
「YOU?」
そういや玲愛さん、俺と二人の時は昔の呼び方に戻ってるなと今更気づいた。
「んっ、ん!」
玲愛さんは大きな咳払いをすると、俺を部屋から放り出した。
着替えを終え朝が始まった伊達家は慌ただしく、一般家庭よりはるかに広い洗面所は姉妹で渋滞。皆ハネハネの髪を元に戻す為に、ドライヤーをゴーゴー鳴らす。
三姉妹とも綺麗な長い髪をしているので、手入れには相当時間がかかるだろう。
玲愛さんにいたっては朝風呂に入り始めたので、一時間くらいかかりそうだ。
男の俺は朝の身支度なんて大してかからず、手持ち無沙汰となった。
多分朝食の準備なんてできてないだろうし、待っているのもなんなので手伝おう。
そう思い玲愛さんに一声かけてから、キッチンで朝食の準備を始める。
「冷蔵庫の中のもの勝手に使いますよー」
お風呂場から「勝手にしろ」と聞こえてきたので、勝手にやらせてもらうことにする。
パンをトースターに放り込み、ベーコンをフライパンで焼きながら卵を割る。
目玉焼きを作ってる間に野菜を洗い、レタスをバリバリとむしりながら器に並べる。その上に瑞々しいキュウリとトマトを切って並べていく。
「サラダは完成。バターどこだろう」
人の家の調味料ってマジでどこにあるかわからん。
デザートにりんごとバナナを一口サイズにカットして、ヨーグルトと混ぜ、冷蔵庫に入れておく。
「料理も多少出来るようになると便利だな」
切る焼く煮る程度しか出来ないが、出来ると出来ないでは大きな差がある。料理だけはこれからも継続してやっていこう。
「あっ、皆にパン派かごはん派か聞くの忘れた」
今更ご飯を炊く時間もないので今日はパンで我慢してもらおう。
そう思ったが、よく見るとトースターの隣に炊飯器が置いてあり、中に出来たての米があった。
「うわ、皆ご飯派っぽい」
やっべと思っていると、トースターから「焼けたよ!」と言わんばかりに、きつね色のパンが飛び出してきた。
よし、見なかったことにしよう。
炊飯器をパタンと閉じると、火恋先輩がピンクのエプロンを結び、スリッパをペタペタ鳴らしながらキッチンにやってきた。
「おはよう」
「おはようございます。キッチンお借りしてます」
あっ、やばい卵焦げた。これは俺のにしよう。
「いや、それは全然構わないが、これは君が?」
まだきちんと並べておらず、適当に置かれた朝食を見る火恋先輩。
「泊めてもらったお礼と言うとショボイですが、恩返しということで。あっ、皆ご飯派ですよね? 俺トーストにしちゃったんですけど大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ、ご飯は昼に回せばいい」
「なら良かったです。あとはお口に合うかですが」
「君が作ってくれたものなら皆喜ぶと思うよ」
この程度で喜んでもらえるのなら、やった甲斐があるだろう。
俺と火恋先輩は肩を並べて食器の準備をする。
「お姉ちゃん、わたしも何か手伝おうか?」
火恋先輩から遅れてキッチンに入ってきたのは、雷火ちゃんだった。
「あれ悠介さん何してるんですか?」
「ちょっとお手伝い」
「お手伝いどころか、朝食は全て悠介君が作った」
「えっ、マジですか?」
「そんな大げさなものじゃないけどね」
あまりハードルを上げられるとこちらも苦しい。
「やった悠介さんの手作り~……でもなんかお姉ちゃんと二人並んでるとムカつきますね」
「な、なぜ?」
「火恋姉さんと悠介さん、二人並んで食事を作ってると新婚感があります」
「な、何を言ってるやめないか雷火。そんな新婚だなんて……」
火恋先輩は顔を赤くして俺の肩を叩いた。パワーコントロールを間違ったのか、脱臼しそうなくらい痛かった。
なんなのこの人サイヤ人なの?
照れり照れりと嬉しそうにする火恋先輩と、痛いけど痛いと言えない俺の引きつった笑み。
本当に結婚したら生活は大変かもしれない。
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